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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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27/66

27.この町で、もう一度

「お前はクビだ! このパーティから……いやこの町から出ていけ!」

「――っ!」

 耳元で反響する声に驚いて、ブライアンは意識を急浮上させた。

 目の前に広がるのは、太陽の下で開かれた市場。買い物客が世間話に興じながらあれこれ買っていく。たまに子どもが駄々をこねる声が聞こえてくる。

「……夢、か」

 口に出して自覚して、ようやく息をつく。

 同時に、昨夜遅くにこの町に辿り着いて、宿に行くだけの体力もなくて野宿をしたのも思い出した。

(……とりあえず、ギルドに行ってみるかな)

 パーティを追い出されても、冒険者自体をクビになったわけではない。次はソロで行くか、と思いながら立ち上がろうとして、自分の横の気配に気づいた。

 金の髪の少女が一人、ちょこんと座っていた。大きな瞳でブライアンを見つめてきている。

「……えーと、お嬢ちゃん? どうしたの?」

 無言で見つめ返すわけにもいかなくて、ブライアンはそう訊ねた。

 少女は首にかけていた紙束になにか書きつけて、彼に見せてきた。

『元気ない。お腹すいた?』

 見抜かれてドキッとする。分配されるはずの依頼報酬も貰わないまま身一つで追い出されたから、ここのところロクに食べていなかった。

 だからといって、それを素直に言えるようなプライドは持ち合わせていなくて。

「いいや、大丈夫だよ。ありがとう」

 笑顔を作ってそう言った次の瞬間、腹に飼っている虫が盛大に鳴って裏切った。

『ちょっと待ってて』

 少女はメモを押し付けて立ち上がると、市場の方に駆けていった。連れ合いらしい男女のところに行くと、なにやら話をしている。

 少しして、少女が戻ってきた。手には真っ赤なリンゴが大事そうに抱えられている。

 彼女はそれをブライアンに向けて突き出した。

「……俺に?」

 驚いて訊ねると、少女はにこりと笑って頷く。

「……いいの? もらっても」

 さらに訊ねれば、また頷き返される。

 ずいっと押し付けるようにリンゴを差し出されたので、おそるおそる受け取る。ずしりと重みがあった。

「ネリー、そろそろ帰るよー」

 連れの女性に呼ばれて、少女が振り向く。

 去り際に手を振る彼女に手を振り返して、去っていく後ろ姿を見送る。

「……不思議な子だ」

 起き抜けにまとわりついていた嫌な気持ちが消えていた。

 抵抗もなく、リンゴにかじりつく。

 みずみずしさが口いっぱいに広がった。


 リンゴを食べて、ギルドで再登録して(幸運なことに、協会から登録抹消の処分は受けていなかった)、簡単そうなモンディールを一体討伐した。

 それで得た金で向かったのは、銀のカナリア亭だ。ギルドでネリーと呼ばれた少女について訊ねると、そこの従業員だと教えてくれたのだ。

「いらっしゃい、こんばんは」

 ドアを開けるとすでに盛況だった。出迎えてくれた女将がにこりと笑いかけてくれる。

「はじめましてかしら? ようこそ、銀のカナリア亭へ」

「ど、どうも」

「ちょうどカウンター席が空いているわ。よかったらどうぞ」

「はい」

 促されるままカウンター席に向かう。

「おっ、新入りか?」

「初めましてだな! とりあえず飲め!」

 両側の冒険者たちから酒を勧められる。

「いや、俺、酒は……」

「かてえこと言うなって。おーい料理長ー! おすすめ一個、こいつに!」

 あれよあれよと注文までされてしまった。というか、この店がどういう店か、ブライアンはよく分かっていない。

「あれ? お兄さん、市場にいた人?」

 後ろから覗き込んできたウェイトレスが声をかけてきた。

「そ、そう。……もしかして、あの子と一緒にいた人?」

「そうよ。あたしはフラヴィ。よろしくね」

「なんだなんだ? フラヴィちゃんたちともう顔見知りだったのか?」

 冒険者たちがブライアンとフラヴィを交互に見やる。

「そうなの。先にネリーが見つけたんだよね。で、この人にリンゴ奢ってあげたの」

「へー。珍しいこともあるもんだ」

「よかったね、お兄さん。ネリーが選んだものって絶対に美味しいんだよ」

「う、うん」

 それはあのリンゴ一つで十分に理解できた。

「そのお礼もあって、ここに来たんだ。……その子、どこにいるの?」

「今お皿を運んでったから、ちょっとしたら戻ってくるよ」

「フラヴィ、そろそろ注文がさばききれないー!」

「はいはーい。じゃ、あたしは行くね」

「う、うん」

 女将の悲鳴を聞きつけて、フラヴィがそちらへ向かう。そうしている間に、目の前に皿が一つ置かれた。

 顔を上げると、料理長が目の前に立っていた。

「お客さん、魔物の肉を食ったことは?」

「……ないです」

「そうか。今日はモンディールのステーキだ。美味いぞ」

 そう言って料理長は肉を焼く作業に戻っていった。

 魔物肉。それを提供している店があるという噂は聞いていた。だが、出てきたのがあまりにも普通――大きさは普通じゃないが――のステーキで面食らった。言われなければただの特大ステーキだと思っていた。

「どした? 魔物肉食えねえ感じ?」

「いや……びっくりした」

「たしかに、最初はびっくりするよな。でも美味いぞ。冷めないうちに食べるといい!」

「うん」

 冒険者たちにせっつかれ、おそるおそるナイフを入れる。水を切っているのかと思うくらい抵抗なく切れた。一切れ口に入れると、さっぱりしているのに肉の味がガツンと来る。ほろほろとほどけた繊維の一つ一つに旨味が凝縮されているようだった。

「……美味しい」

「「だろ!?」」

 両側から思い切り叩かれてむせた。

「っと、わりいわりい」

「でもこういう反応を見たいから、ついつい新人を奢りたくなるんだよな」

「げほっげほ……。し、新人というほど、日は浅くないんですけどね」

「へー。ってことはよその町で冒険者やってたのか?」

「はい。……まあ、追放されちゃいましたけど」

「え」

 両側の二人が固まる。

「つ、追放って……クビってことか?」

「パーティをクビになっただけですよ。ギルドの登録は抹消されていなかったので、こちらでの再登録は簡単でした」

「っつったって……。追放とか穏やかじゃねーぞ?」

 冒険者パーティが結成と解散を繰り返すのは珍しい話ではない。戦略について考えが違っていたり、高いランクを目指すうえで成長を見込めない仲間と泣く泣く別れたり。

 だがパーティを追放となれば、仲間内で侵してはならないタブーを侵したという印象が強い。隣に座る気弱そうな青年がそんなことをする度胸の持ち主には見えなかった。

「……まあ、言いがかりですよ」

 ブライアンはそう言って、目の前にあるジョッキを傾けた。

 酒の力を借りないと、この話はできない。

「俺のギフトは魔法系なんですけど……その中でも気配に関するものに特化しているんです」

「気配? 自分の気配を消したりとか?」

「はい。あとは、魔物の気配を探知出来たりします」

「すっげー便利じゃん! なんでそいつらお前を追放したの?」

「そのギフトを悪用して、仲間に無体を働いたから、だそうです」

「え」

 再び、両側の二人が固まる。

「俺はそんなことしていません。神にだって誓えます。でも、宿の個室にいた俺に、それを証明してくれる人はいません」

 無実の証明ほど難しいものはない。どれだけ言葉を尽くしたところで、「やった証拠」を見せられたら誰だってそちらを信じる。

「だから追放されました。無一文だったので、馬車も使わずふらふらしながらここに来た感じです」

「「…………」」

「ん? あれ? どうしました?」

 いつの間にか、両側の二人が黙ってしまった。というか、酒場が気持ち静かになっている。そんな大きな声で話したわけじゃないのに。

「お兄さん」

 女将が声をかけてきた。

「辛かったわね。でも、ここにはもうそいつらはいないわ。今日は美味しいものを食べて飲んで寝なさい」

「そうだそうだ! 悩みや愚痴ならいくらでも聞くぞ!」

「俺が代わりにそいつらをぶっ飛ばしてやりてえ!」

「やめとけ、不毛だ。それより飲もうぜ! 女将さん、おかわり!」

「あなたはそろそろやめときましょう。また二日酔いになるわよ?」

「二日酔いが怖くて冒険者やってられっか!」

「どういう理屈だよ!」

 ドッと酒場が笑いに包まれる。

 酒を頼んだ酔っ払いには水が差しだされ、まだ飲めそうな冒険者がおかわりを要求する。

「……そうだ! お前、気配遮断の魔法が使えるんだよな?」

「う、うん」

「なら、魔物の位置とか今までより正確にわかるマップとか作れんじゃねえか?」

 ハッ! と冒険者たちの視線が集まった。

「え……いいの? そんなことで」

「そんなこと!?」

 冒険者がブライアンの肩をガッと掴んだ。

「俺らが毎日必死こいて魔物の痕跡を探しているんだぞ!? その苦労が減ったら依頼がずっと楽になる!」

「ああ、なるほど……。向こうにいた時は、最初のマッピングを終えたらちょっとの報酬でお役御免だったから」

「おいちょっと前の町の名前教えてくれ。ギルドを通じて抗議する」

「だから不毛だからやめとけって。明日ギルドに相談してみれば? そうすれば、B級C級入り混じるあのダンジョンでのダメージ率がずっと減る!」

「いいわね」

 女将も賛同した。

「生存率を上げる工夫なら、ギルドも賛成してくれるはずよ。私もその地図欲しいわあ」

「えっ、女将さんが?」

「ああ。ここの店の肉、女将さんが調達してるんだよ。ダンジョンに行って」

「はああ!?」

 今日一番の大声が出た。それがおかしい冒険者たちがまたドッと笑う。

「ちょ……えっ? ええっ!?」

「びっくりするだろ!? その肉も女将さんが獲ってきたんだぜ」

「いやねえ、照れるわあ」

 頬を赤らめるディアナと、自分の目の前にあるモンディールのステーキを何度も見比べる。

「……本当ですか?」

「本当よ。もしかしたら明日、出会えるかもね」

「はは……」

 狩りの様子を見たいような、見たくないような。

「あ」

 ディアナの横にちょこんと、少女――ネリーが現れる。配膳が終わったらしい。

「あら、ネリーちゃん。どうしたの?」

 ディアナが訊ねると、ネリーはメモを書いて彼女に見せる。その間にもう一枚メモを破って、そこに書きつけたものをブライアンに見せた。

『元気になった?』

「……うん」

 メモを見たブライアンは頷く。

「あのリンゴ、とても美味しかった。ありがとう」

 礼を言うと、ネリーは花が咲くような笑顔を見せた。

「なるほどね」

 メモを読み終えたディアナが頷く。

「元気になってくれたらなによりだわ。うちは毎日営業しているから、疲れてても疲れてなくてもいらっしゃい」

「ありがとうございます」

「女将さーん、注文いいー?」

「はーい。じゃ、ごゆっくりね」

 テーブル席の注文を取りに行ったディアナや、配膳に向かったネリーを見送って、ブライアンはステーキに齧りついた。

「いい人たちだろ? 女将さんたち」

「そうですね」

「ついでに俺らとの出会いに乾杯しようぜ! 料理長、もう一杯!」

「待って俺まだ飲み切ってない」

 慌てるブライアンだったが、不思議と悪い気分ではなかった。


 ――翌日、ギルドに相談してブライアンは森のマッピングに取り掛かる。

 その正確な魔物の分布図は冒険者たちの好評を博し、「ブライアン・マップ」と呼ばれるようになる。当然のようにディアナもこれを愛用した。

 半年に一度の更新で森を歩いていたブライアンと、地図を片手に獲物を探すディアナが出くわすのは、もう少し先の話。

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