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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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26.タマゴの使い道

 朝。カウンターにどん、と置かれた大きな白いタマゴ。

 それを囲むディアナたちは一様に難しい顔をしていた。

「さて……。どうしようかしら、これ」

「まさかコカトリスがタマゴを持っているとは思いませんでしたね」

 ディアナとスタニスラフが腕を組む。

「今日限定のメニューに使えない?」

「使えたとしてもせいぜい三人前がいいところだ。限定品としては少なすぎる」

 フラヴィの問いにアルベルトが首を振る。

 たまにディアナが親鳥と一緒にタマゴをいくつか持って帰ってきた時は、限定メニューを作って酒場に出される。だがタマゴ一つでは圧倒的に足りなかった。

 ネリーがメモ帳をみんなに見せる。

『このタマゴ、生きてる?』

 その問いかけに四人とも固まった。

「…………。捌いた時に出てきたから、たぶん生卵……」

「抱卵もしていないし、涼しい地下に保管していたから大丈夫、だと思いたい」

 ディアナとアルベルトが顔を見合わせる。タマゴからヒヨコが生まれる原理は、一応全員知っている。だが、それが魔物のタマゴにも適用されるかどうかはわからない。

「……割ってみます?」

「いやいっそ茹でるか?」

「この際だからクレープ作ろうよ、クレープ。それならタマゴでもヒヨコでも使えるんじゃない?」

「中身が成長途中の鶏とか生理的に無理」

「うっ」

 鶏になる途中のよくわからないクリーチャーを想像して、全員絶句した。

「こほんっ」

 気を取り直してディアナが音頭を取る。

「生卵を前提に、ひとまず割ってみましょう。中身が卵黄じゃなかったら裏に廃棄、でいいかしら」

「「「賛成」」」

 方針その一が決まったら、その二の議題に移る。

「で、なにを作ります?」

「美味しいものがいいなあ。どうせなら甘い奴」

「……となると、プディングか?」

「プディング!」

 アルベルトの呟きにフラヴィとネリーが目を輝かせた。

「お城の人が毎日食べてる奴!?」

「毎日かはわからんが……まあ、上流階級の食べ物だな」

 なにしろ砂糖は高級品。材料も辺境で集められるものとは天地も質が違う。

「料理長、レシピとかわかるんですか?」

「昔の知り合いが愚痴がてら教えてくれたものを覚えてる。……うろ覚えだが」

「やってみる価値はあるんじゃない?」

 ディアナが言った。

「お菓子なんて久しぶりだから、わくわくしてきちゃった」

 このあたりで食べられる甘味と言えば、ラチカの実をはじめとした果物や、パン屋が前日のあまりで作ったラスクだ。お菓子はよっぽどの才能と暇と富がなければ作れない。

「なら、早速タマゴを割るぞ」

 アルベルトが言った。

「中身がわからないなら、手の施しようがないからな」


 タマゴが大きいので、ボウルではなく底の浅い鍋が代用された。少し勢いをつけて淵で割ってみると、中から鮮やかな卵黄が落ちてくる。

「やった、ちゃんとした黄身よ!」

「俺がタマゴを混ぜるから、フラヴィとネリーは森の入り口でラチカの実を取ってきてくれ。スタニはミルクを、女将さんはマグを五つ出してくれ」

「わかったわ」

「はーい!」

「わかりました」

 四人がそれぞれ行動に出る。

 卵黄と卵白がきちんと混ざったら、皮を剥いたラチカの実を十個ほど潰して投入する。皮も食べられるのだが、皮の色素が混ざると美味しくなさそうなので除外された。

「もう一つの鍋に浅く水を張って、沸騰させてくれ」

「わかりました」

 スタニスラフが水を沸かしている間に、ラチカの実がちゃんと混ざったのを確認する。マグカップの中に卵液を均等に流し入れる。

「ねえねえ、女将さんや料理長ってプディング食べたことあるの?」

「私は残念ながらないわねえ。昔、感謝祭かなにかで配られたクッキーくらいよ」

「俺もないな。愚痴をこぼした知り合いいわく、甘さが足りないとかでほとんど手つかずだったらしい」

「えー! もったいない! その残った奴食べたかったー!」

「まったく同じことを城の侍女がこぼしていたらしいぞ」

『食べれないの、なんで?』

「毒見役以外が王族の食べ物に手を出したら、良くてクビだからだろうな」

『ひどい。ずるい。もったいない』

「同感ね」

「同感だ」

 お湯が沸いたら、そこにマグを入れて蓋をかぶせる。

「このまま蒸し焼きにして、さらに粗熱を取って冷ますそうだ」

「……って、それ何時間後?」

「さあな」

 アルベルトが肩をすくめた。

「早くて酒場が開く直前かな」

「うーわー。バタバタしてて味わう余裕がない……」

「じゃ、いっそ閉店後にする?」

 ディアナがそう提案した。

「今日のお仕事お疲れ様のご褒美で」

 勢いよくネリーが両手を上げた。賛成の意味らしい。

「いいと思いますよ」

「あたしも賛成!」

「なら、今夜のお楽しみだな」

 全員がニヤリと笑った。


◆   ◆    ◆


「フラヴィちゃん、機嫌いいね。なんか嬉しいことでもあったの?」

「え~? えへへ、内緒~」

 その日、銀のカナリア亭ではそんな会話がよく聞かれた。

「女将さん、フラヴィちゃんなんかいいことあったの?」

「うふふ、どうかしら?」

「なあスタニー。なんか知らねえの?」

「さあ? 教えてくれないもので」

「うっそだあ~!」

 のらりくらりと躱されながら、酔った頭では思考もままならない。結局誰も真実にはたどり着けず、皆ベッドでいびきをかいていた。

「……嬉しいからって顔に出すぎだろ」

 閉店後の掃除中、アルベルトが渋面になった。

「ごめんなさーい♪」

「プディングが待っていると思うと、どうしてもねえ?」

「ねー」

 笑顔が隠し切れない女性陣に、アルベルトは小さくため息をつくだけに留めた。誰にも気付かれなかったから問題はない。

「で、例のプディングはどこにあります?」

「下に隠してある。肉の処理の前に食べるか」

「やっ……!」

 大声を出しそうになったフラヴィの口を慌ててディアナが塞いだ。スタニスラフが耳をそばだてる。

「…………。宿の方から気配はないですね」

 それを聞いて全員が安堵のため息を吐いた。

「フラヴィ」

「ごめんなさーい」

 小声でやり取りして、みんなで地下に向かう。

 プディングは、空いている棚の一角に布巾をかけて保管されていた。一緒にお盆に乗っていたスプーンを手に、一人一つずつマグを取る。

「おお、これがプディング……!」

 マグの中に黄色い固体が鎮座していた。スプーンの腹で軽く突いてみると、柔らかい弾力が返ってくる。垂直に突き立ててみたら、驚くほどすんなりと入った。

 一口すくって、食べる。

 ラチカの実と思われる甘みが口の中に広がった。十個も使っているからか、普通に食べるよりも甘みが強い。舌の上で滑るプディングを上あごに押し付ければ、わずかな抵抗だけで潰れてしまう。

 ――未知の食感だった。

「……! ……!」

「――! ――!」

「な、なになに? どうしたの?」

 ネリーとフラヴィが、二人してディアナの腕を叩く。目をキラキラさせているので言わんとしていることはなんとなくわかる。が、二人とも意外と叩く力が強い。

「美味しいですね、これ」

 スタニスラフも目を見開いた。

「これを食べられるなんて……ちょっと嫉妬してしまいそうです」

「本物がどれほどのものかは知らないけどな」

 アルベルトはそう言いつつ、初めて食べたプディングの感動を分かち合う女子二人を見やる。

「作った甲斐はあったな」

「…………」

「あれ? 女将さん?」

 急に黙りこくったディアナに気付いて、スタニスラフがそちらを見る。

 ディアナはスプーンを加えたまま、目を閉じてプディングを味わっていた。

「固まってる……? 女将さーん?」

 肩を軽く叩くと、ようやくディアナが目を開ける。

「…………」

「女将さん? 大丈夫ですか?」

「ごめんスーくん邪魔しないで」

 ノンブレスで言われた。スタニスラフが固まるのをよそに、ディアナは困ったように手の中のプディングに目を落とす。

「ああ……食べるのがもったいない……」

「え、女将さんそれいらないの?」

 小さな呟きを耳ざとく拾ったフラヴィとネリーが、両側からディアナの手元を覗き込む。ディアナがハッと我に返った。

「い、いる! 食べるの! あげないからね!」

「え~! ちょうだ~い!」

「ダメよ! ちょっと、ネリーも叩かないで!」

 すでに自分たちの分を食べきってしまったらしい二人から、自分の分を守りつつディアナはプディングを頬張る。

「……俺は甘いもの、そこまで得意じゃないからあげるぞ?」

「あ、料理長のはいいです」

「ぶふっ!」

 アルベルトの助け舟はフラヴィにぴしゃりと叩き落とされた。ネリーも一緒になって掌を突き出して拒否している。

 肩を震わせるスタニスラフをなんとも言えない顔でひと睨みして、アルベルトは残りのプディングを食べた。

 甘いものは当分いらないくらい甘かった。

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