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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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25/66

25.夏の新メニュー

 その年の夏は、過去に類を見ない暑さだった。

「あっっっ……つぅ~」

 フラヴィがイモの皮を剥く手を止めた。

「おかしい。窓、全開にしているのに」

「風通しが悪いわけじゃないんですけどね。気休めですけど、精霊たちにも呼びかけてるんですよ?」

「本当に気休め程度だが、ないよりマシだ」

 アルベルトの言葉に頷くように、ネリーも足元のタライをちゃぷちゃぷさせる。

 四人の足は水を張ったタライにつけていた。最初のうちは冷たくて助かるとはしゃいでいたが、時間が経つと次第に温くなってくる。それに比例して気温も上がってくるから嫌になる。汗が目に入らないよう、四人ともタオルを額に巻いていた。

「スタニィ、氷出せないの?」

「出せるならとっくに出してます」

「だよねぇ~……」

 項垂れながら、フラヴィはゆっくりと皮剥きを再開させる。

 イモの収穫期は春と秋だが、長期保存がきくので年中出せる数少ない食品だ。多めに仕入れて地下の貯蔵庫で寝かせておける。

「しかし、本当に暑いな。女将さん大丈夫か?」

 アルベルトが一瞬、厨房の窓越しに森を見た。

「一応、水筒の他に岩塩を一掴み持って行きましたよ」

「ああ、ならいいか……」

 あとはお弁当で食あたりにならないことを祈るばかりだ。この時期は特に痛みにくくて火が通っているものを選んでいるので、朝から厨房は熱気に包まれていた。かまどの火が消えてしばらく経っても、その熱気はじわりと四人を蝕む。

「加えて、今夜のメニューですよね」

 スタニスラフがイモを剥く手を止めずに言った。

「さっぱりしたものが食べたい、って言いますけど。魔物肉でそれって可能なんでしょうか」

「わからん」

 アルベルトがあっさりと白状した。

「こんな暑さは初めてだ。厨房で火を使うのは仕方がないとはいえ、火入れしないと使い物にならない肉でどうやって作ろうか……」

 狩りに行く際、すでに汗だくのディアナが留守番のスタニスラフに伝言を残していた。

「今日はとても暑いし、冒険者のみんなも汗だくで帰ってくると思うの。だからさっぱりしたメニューを考えてくれないかしら。私も考えるから」

「――なんて言ってましたけど、狩りで体力消耗しそうな気がするんですよね」

「ありえる。だが女将さん、食べ物のことになるとたまにすごいひらめきが降りて来るから侮れない」

「へー。たとえば?」

「今だと普通に出しているが、前は魔物の内臓は捨てていたんだ。ある日『もったいない』と言い出して、一体分の内臓で試作を始めたんだ」

「そうだったの?」

「ああ。店が軌道に乗り出した頃にな。肉でも拒否反応が出る人がいたというのに、内臓なんか出したらどうなることかと思ったがな」

「女将さんの手腕……というか、執念ですよね」

 なにがきっかけで発動するかわからないが、ディアナは魔物の肉を美味しくすることに余念がない。もちろん他の食材でもそれを遺憾なく発揮してくれるので、銀のカナリア亭は売れ残りに困ったことがない。

「でもさっぱりしたメニューかぁ」

 フラヴィが本題に戻す。

「たしかにそれがあったら嬉しいけど、どうやって?」

 根本かつ最大の問題を前に、全員が唸る。

「食べやすいよう、薄切りにするのはアリだと思う」

「あ、ピクルスを巻いてみるのは?」

「酸っぱすぎない?」

「なら、酸味が中和できるよう他の野菜を……」

 浮かばないと言いつつ、一つのアイデアを起点にあれこれ話が進む。

「なんにせよ、作ってみないとわからないな」

 アルベルトがイモの皮剥きを切り上げた。

 地下の貯蔵庫から手ごろな大きさの塊肉を持ってきて、余計なものを拭いたら薄くスライスする。試食用にまずは四枚。

「スタニ、火を」

「はい」

 かまどの一つに火が付く。溶けないよう貯蔵庫に避難させていたバターをフライパンにひとかけ乗せる。それが溶けたタイミングで肉を焼き、色を付ける。さっと焼いたものを皿に載せ、そこにキュウリのピクルスを乗せてみる。……が、一本丸ごとはなんとなくいただけないので、食べやすいようみじん切りにした。ついでに他の野菜のピクルスもみじん切りにして彩りを足す。

「ひとまず、第一弾ができたぞ」

 アルベルトが振り向くと、三人はすでに手を洗って待ち構えていた。一人一枚ずつ皿を受け取り、みじん切りのピクルスを包むようにして肉を口に入れる。

「うーん……」

 全員が微妙な顔になった。バターの脂とピクルスの酸味が喧嘩している。

「もうちょっとピクルス足す?」

「いや、バターの量を減らした方がいいんじゃないですか?」

「フライパンが焦げるからこれ以上はダメだ。あとピクルスを増やしても酸味がきつくなるだけだと思うぞ」

「えー」

 どうしたものか、と頭を抱える。その横でネリーがレタスを取り出した。

「ネリー?」

 アルベルトが声をかけると、ネリーは手にしたレタスを高々と掲げた。

「それを使うのか?」

 こくりと頷く。

「わかった、もう一度焼くからやってみなさい」

 ネリーがぱっと顔を輝かせた。

「フラヴィ、悪いがピクルスを切ってくれ。あとスタニは風をもう少しくれ」

「はーい」

「わかりました」

 フラヴィがピクルスを刻み、スタニスラフがさらに風量を増す。熱気が窓を通じて外に逃げていった。

 ネリーはレタスをちぎって水にさらし、ほどよく冷えたところで水気を切る。それを皿の上にあらかじめ乗せた。

「これの上に載せればいいのか?」

 彼女が頷いたのを見て、アルベルトが肉を、フラヴィが刻みピクルスを乗せる。

 出来上がった品を、ネリーがレタスで包むように巻いて口に押し込んだ。

「なるほど、考えたな」

 感心しながら、他の三人もそれに続く。

 先ほどよりもバターの脂っぽさは気にならなくなった。ただ、さっぱり食べられるかというと、まだくどさが残る。

「うー、もうちょい、もうあとちょっと……」

「いっそ茹でます?」

「時間はかかるが、バターを減らすくらいなら……」

「料理長はいる!?」

「うわびっくりしたあ」

 窓からディアナが急に身を乗り出してきた。アルベルトたちが飛び上がり、思わず一歩下がる。

「ああ、ごめんなさい。いいアイデアが出たものだから、嬉しくて」

「な、なるほど……?」

「女将さん、アイデアって?」

 驚きすぎて思考停止した一同の中で、スタニスラフがいち早く我に返る。

「あのね、焼いたお肉を水にさらしてみるのはどう?」

「はい?」

 アルベルトが聞き返した。

「水に? 聞き間違いか?」

「いいえ。ちゃんと言ったわよ。焼いたお肉を水にさらすって。そうするとお肉も程よく冷えて食べやすくなるんじゃないかしら。ついでに脂も抜けるし、一石二鳥だと思うの」

「なるほど……」

「それなら、茹でた方が工程の短縮になっていいんじゃないですか?」

 スタニスラフの提案に、ディアナも窓に乗ったままふむと思案する。

「じゃあ、ちょっと試してみましょうか。料理長、焼いて水にさらしたものと、茹でただけのものと、茹でて水にさらしたものと、三パターン」

「了解」

 すぐに調理に取り掛かる。その間にディアナは窓から降りて厨房に回ってきた。

「女将さん、狩りはどうしました?」

「とりあえずビーストウルフを十体くらい。今血抜きしているわ。この暑さで魔物たちも参っているみたいでね。あまりバテている子は可哀想だったから放置してきたわ」

「そうですか」

「あら、ピクルスを入れるの? 美味しそうね」

「そうなの。あとネリーのアイデアでレタスで巻いて食べてみたの」

「ほうほう。味は?」

「美味しかったよ。でもあともうちょっとって感じ」

「楽しみね」

「おーい、水にさらすから火傷に気を付けろ」

 アルベルトが注意し、焼いた肉と茹でた肉の一部を水の張ったボウルに入れる。表面に一気に脂が浮いた。

「うわっ」

「こうしてみるとえげつないですね」

「あらまあ」

 フラヴィとスタニスラフが引く。ネリーやディアナは怖いもの見たさでボウルの中を覗き込んでいた。

「そっちの色付きの皿を出してくれ。区別したい」

「はーい」

 赤と緑の縁取りがされた皿を出し、そこにレタスを敷く。水気を切った肉をそこに載せ、ピクルスをかければ完成だ。

「じゃ、まずは水にさらしていないお肉から」

 レタスで巻いて、一口。

「……あー、なるほどね」

「あと一歩、でしょ?」

「そうね。レタスで巻くなんてアイデア、よく思いついたわね。偉いわ」

 ディアナがネリーの頭を撫でると、ネリーも嬉しそうに破顔した。

「じゃあ次は、焼いて水にさらした方」

 赤い縁取りの皿が出される。

 またレタスを巻いて、ぱくり。

「あ、さっきよりくどくない」

「いいですね、これ。お肉も硬くなっていませんし」

「じゃあ、最後。茹でて水にさらした方だ」

 緑の縁取りがされた皿を手に取る。

 巻き巻き。ぱくり。

「あっ、美味しい!」

 ディアナが目を輝かせた。

「さっきよりだいぶあっさりしてない?」

「うんうん!」

「ピクルスは別添えで、微調整してもらいましょうか。これならするする食べられそうです」

「レタスがなくなったら、別の野菜を添えさせてもらおうか」

「いいわね。トマトの輪切りの上にお肉を乗せるとか」

「それ食べづらくない?」

 方向性は決まった。さらに調整を重ねながら、基本はレタスに載せて、ピクルスを別添え。レタスがなくなったらキュウリの薄切りに変更ということで落ち着いた。トマトは浅漬けとしてメニューに入れる。

「ありがとう! これで夕方も頑張れるわ!」

「それはいいけど、仕事前に湯屋に行った方がいいぞ。ここまで走ってきて汗だくなんだから」

「う、はい」

 アルベルトに苦言を呈されたディアナの顔が引きつる。朝はお弁当作りで火の前に立っていたし、日中も狩りや全力疾走でまた汗が流れている。いくら夕方も火の前に立つ機会があるとはいえ、一度さっぱりさせた方が店としても好印象だ。

「……あ」

 はたと、ディアナは思いつく。

「ねえ、じゃあいっそのこと湯屋や他のお店も巻き込まない?」


◆   ◆    ◆


 冒険者は季節に関係なく魔物を狩る。だから今日みたいな暑い日は、厳重な装備をしているとすぐに蒸し風呂状態になる。

「あ~、やっと終わった……」

「どうする? 風呂? メシ?」

「メシ」

 風呂はいつでも入れる。だが今は腹が減っている。

 ふらふらとおぼつかない足取りで銀のカナリア亭に行くと、ドア横に看板が立っていた。

「ん? なんだこれ」

 看板を覗き込む。

『暑い日限定! 湯屋で木札をもらってきたお客様には最初の一杯無料!』

「えっ、無料!?」

 驚いて声を上げると、ドアが開いてディアナが顔を覗かせた。

「あら、いらっしゃい」

「こんばんは、女将さん」

「なあ、これって本当?」

 冒険者が看板を指さすと、ディアナは頷いた。

「ええ。今日みたいな暑い日は、みんな疲れて汗だくでしょう? だったらさっぱりして美味しいものを食べてほしいのよ。他の飲食店や宿も協力してくれたわ」

「マジか」

「あと今日から夏の新メニューを始めたからね」

「マジで!? それ先に言ってよ!」

「すぐ来るから! とっといて!」

「保証はできかねるわ。でもちゃんと湯屋でお風呂に入るのよー」

「「はいっす!」」

 冒険者たちが湯屋に殺到する。風呂に入らなければ木札はもらえないし、それでサービスがついてくるならとても美味しい。

 さっぱりした冒険者たちが各飲食店に流れていく。銀のカナリア亭のように一杯無料サービスや、トマトの浅漬けで水分や塩分の補給を勧めてくる店もある。

 そして、開発したばかりの〝魔物肉のレタス巻きピクルス添え〟も好評だった。夏が終わるまでこのメニューは出続けたし、それ以降の夏もこの新メニューは期間限定の看板商品として掲げられることとなった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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