24.誘拐犯、現る
カランカラーン
広場に鐘の音が響く。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい! 今日も新鮮な野菜を持ってきたよ!」
「果物いかがっすかー?」
「お肉持ってきたよ! 今夜のメインはこれで決まり!」
毎日広場で開かれる市場には、多くの行商人や農家が集まる。
日々の食事にはもちろん、ちょっとしたパーティの買い付け、誰かへのお土産など、その日ごとに変わる品ぞろえは見ていて飽きない。
もちろん、飲食店のような大口の注文もここで行われる。
「おはようございます」
「おっ、アルベルトの旦那! 今日も来たね」
ガラガラと荷台を引いて来たのは、銀のカナリア亭の料理長アルベルト。一緒にいるのはネリーとスタニスラフだ。
「ええ。野菜はなにがあります?」
「今日はズッキーニにナス、トマトもあるし、早めに収穫した小イモもあるぞ!」
「ほう」
アルベルトたちが露店に並んだ野菜たちを覗き込む。朝に収穫したばかりなのか、葉物野菜は皆みずみずしい。土にまみれた小さいジャガイモたちは、揚げ焼きにするといいおつまみになる。
「うん、それぞれ二キロずつ貰おうか」
「まいどありー!」
一般家庭で消費しようとしたら二週間はかかる量だが、酒場となればあっという間に食べ尽くされる。なにしろ毎日動き回っている人たちがメインの客層だ。必然的に量も多くなる。
「ん? どうしました、ネリー」
農家が景気よく木箱に小イモを放り込んでいる前で、それを見ていたネリーが小イモをひょいひょいと外に出す。
「ちょっとネリーちゃん? 箱が満杯にならないんだけど」
農家も苦笑して苦言を呈するが、ネリーは唇を尖らせて首を横に振る。
いつも持ち歩いているメモ帳になにかを書きつけて、それと一緒に自分が取り除いた小イモを見せる。
『おいも びょうき』
「え?」
農家の顔色がさっと変わった。イモの病気は、時に死人が出るほどシャレにならない。慌てて見せられたそれを眺めるが、他のイモと変わったところは特にない。
「……ネリーちゃん、本当に?」
微妙な顔で訊ねれば、ネリーは自信満々に頷く。
「ネリーの勘というのは当たりますからねえ」
スタニスラフも腕を組みつつ、妹分の味方をする。
「そうだな……。ネリー、ここにある小イモで、病気のものとそうじゃないものを選り分けてくれないか? フレッドさん、いいですか」
「ああ。万が一当たったら事だ。よろしく頼むよ」
「じゃあ俺は他の店に買い付けに行く。スタニ、ネリーを頼むぞ」
「わかりました」
荷台に野菜の箱を積んだアルベルトが次の露店に向かっている間に、ネリーは早速選別に取り掛かっていた。ぜんぶ土にまみれていて見分けがつかないが、ネリーは迷うことなく左右に分けていく。
「ありゃ、こんなに……」
三十分ほどで仕分けられた小イモは、全体の十分の一ほどが病気と判断された。
「ネリーの目は本当にすごいですね。見分けがつくもんなんですか?」
スタニスラフが感心しつつ疑問を口にする。
これまでも、ネリーの目利きが市場で発動しなかった日はなかった。やたら色が濃くて艶のあるリンゴをねだって欲しがった時は、切っただけで蜜が溢れそうなほど完熟していたものだった。逆に、今回のように虫食いや病気の野菜を見抜いて、店の危機を救ったことも一度や二度ではない。
ネリーは土をぱっぱと払うと、メモに書く。
『病気の子、元気がない』
「……わかります?」
「さあ……?」
農家とスタニスラフが顔を見合わせる。野菜のプロでも時に見落とすが、今回はイモの熟成を待っているうちに病気が広がったとみるのが自然だろう。
「なんにせよ、助かったよ。ネリーちゃん、お礼に一個野菜を持って行ってくれ」
農家にそう言われ、ネリーはパッと顔を輝かせた。すぐに飛び付いたのはトマトである。即決したあたり、これが彼女の目には美味しく見えたのだろう。
「まいど!」
農家と別れて、二人はアルベルトと合流する。野菜の他に調味料や掃除用の石鹸など、消耗品の補充は必須だ。
「じゃ、帰るぞ」
「はい」
スタニスラフとネリーが頷く。行きよりもだいぶ重くなった荷車を三人で押して店に戻る。この時間になると、だいたい昼食の準備を終えたディアナはすでに狩りに出かけているのだ。
「ただいま……あ?」
「ただいまもどり……えっ」
食材を運ぼうと裏口を開けて、三人は固まる。
「あ、みんなちょうどよかったわ。今フラヴィが衛兵を呼びに行ってるから、縛り上げるの手伝って」
そう言いながらディアナが見知らぬ男たちを縛っていた。
「誘拐犯?」
アルベルトが信じられないと言いたげな声を上げた。
あれから、四人ほど転がっていた男たちを全員縛り上げて衛兵に突き出した。伸びていた男たちが気付いて、騙されただの無実だの言っているが、衛兵はうるさい彼らをど突いてさっさと連行していった。
「そう。びっくりしたよ」
狩りに行ってしまったディアナに代わり、戻ってきたフラヴィがため息混じりに言う。
「あたしとネリーを見間違えるんだもん。びっくりして笑いをこらえるの大変だったんだから」
「……ツッコミどころが多いと感じるのは気のせいですか?」
「気のせいじゃない」
頭を抱えるスタニスラフにアルベルトが頷く。
「そもそも、なぜネリーとフラヴィを見間違えたんだ。まるで違うだろう」
ネリーの髪は金色だが、フラヴィの髪は黒だ。髪型もロングとショート。似ているのは背丈くらいなものだ。
「あいつらも言ってたよ、ちゃんと金の髪だって。でもそのうちの一人がさ、『エルフがいるなら髪の色も髪型も幻覚で変えられる』って主張してね。まあ間違っててもネリーちゃんを釣る餌になると思ったんじゃない?」
「ひっどい言いがかり……」
「それでフラヴィに手を出したのか。哀れな……」
スタニスラフが手で顔を覆う。アルベルトは本気で誘拐犯に同情していた。
「あたしもそんなわけないじゃん、って心の中で突っ込んだんだけどね。ところでさ、実際、髪色を変える幻覚って使えるの?」
「エルフがヒューマンより魔法を使えるからって、なんでもできると思わないでください」
スタニスラフが心外そうに言った。
「そんな幻覚……というか、染色の魔法なんて、本当に物好きなエルフしか習得していないんですよ。下手に動植物に使ったらどんな効果が世代を超えて残るかわからないから、資格制度ができたくらいなんですし」
「へー、そうなんだ」
「そんな面倒くさい方法を覚えるくらいなら、染色用の薬草を覚える方が簡単ですよ」
「ちなみにスタニは?」
「両方知りません。本当に基礎中の基礎と、ちょっとの精霊魔法しか覚えていないので」
腕を組んで憤慨するスタニスラフの横で、ネリーがメモに書きつける。
『フラヴィ、大丈夫?』
「あたしは全然大丈夫。あいつら、本当にあたしのことをネリーだと思ってたみたいでさ。刃物を突き付ける割には丁重に扱ってくれたからね」
「……それ、隙だらけだったんじゃないか?」
「うん、おかげで簡単に倒せた」
全体重を乗せた踵で足を踏みつけて、まず一人を悶絶させる。痛みで刃物を取り落とした隙に振り返り、鳩尾にアッパーを入れてノックアウト。
次に近くにいた二人目を足払いし、こけたところへこめかみに渾身の掌底。いい音がして昏倒した。
ここでようやく異変に気付いた三人目が振り向くが、まだ相手をネリーだと思っていて躊躇いが生じている。その隙に懐に飛び込んで再び鳩尾へストレート。
「う、動くな!」
最後の一人はディアナが動けないように、彼女へナイフを突きつけていた。それをさらに近付けて、まずフラヴィの動きを封じにかかろうとする。
「動くとこいつの――!」
だが、フラヴィを見ている間、彼はディアナを見ていない。その上彼女を拘束すらしていなかった。死角に入り込んだディアナが素早く後ろに回り、その首を絞めて昏倒させた。
「フラヴィ、私がこいつら縛り上げておくから、衛兵呼んできてくれる?」
「はーい」
「――って感じだった」
「瞬殺じゃないですか」
笑うスタニスラフの横で、ネリーが「おおー」と拍手する。アルベルトはため息しか出なかった。
「ネリーを狙っていたということは、懸賞金でも掛けられたんだろうな。この間の夫婦と言い、教会が金をちらつかせてやっているとしか思えん」
「あたしもそれ思った。だから今夜、衛兵さんを奢ってちょっと話を聞かせてもらおうと思ってね」
親指と人差し指で輪を作り、お金の形にしてフラヴィは笑う。
「事実だったら厳重に抗議しようと思って」
「だな。それでも止まらないようだったら女将さんが乗り込みに行くだろうし」
「そのことをちゃんと書いておけば、あの人たちなら止めると思いますよ」
「教会が一枚岩とは限らんだろう。握り潰されないように、例の三人に宛てて同じものを作るぞ」
「ですね。それなら誰か一人が握り潰したところで他の二人が気付きますし」
三人とも握り潰す、あるいはその手前で誰かが握り潰しても、最終的にディアナが話を付けに行く。
少なくともポドロフという年老いた枢機卿は話が通じそうだったから、そこに賭けてみるしかない。
「しっかし、よりによってフラヴィとはな……」
アルベルトは仕込みを始めながらため息をついた。
「元暗殺者を人質に取ろうとか、自殺行為すぎるだろ」
誘拐未遂事件から一週間後の昼。
「諸君。急に集まってもらってすまないね」
聖法国内、聖光教会の大会議室に、ポドロフを筆頭とした枢機卿二十七名が集まっていた。
「先日、私とハミルトン卿のところに手紙が届いた。送り主はなんと聖女ネリーだ」
ざわりと、枢機卿たちがどよめく。
約半年前に聖法力を確認し、ポドロフら三人が彼女を迎えに行った。だがそこでネリー本人に拒否されたことで一度は聖女の保護計画が頓挫した。
枢機卿という立場上、彼らは安易に動けない。だから手紙や使いを通じて交流を図っていたが、彼女が保護されている店から教会に移る意思はいまだ見られなかった。
「ついに、聖女様がこちらへお移りになるのですか?」
一人がいてもたってもいられず、立ち上がって訊ねる。
「それならよかったのだがな」
ポドロフはハミルトンと目配せし、それぞれの封を開ける。
「手紙には、我らへの苦情が書かれていたよ」
「苦情……?」
思っていたものとは違う単語に、枢機卿らは顔を見合わせる。
「いわく、両親を名乗る男女に狼藉を働かれた。いわく、名前も知らぬ男らにかどわかされそうになった。聖女様はこれにひどく恐怖していると書かれていた」
「なんと……」
ざわめきがさざ波のように広がる。
「そして驚くべきはその後だ」
ポドロフが強い口調でさざ波を止めた。
「後者の誘拐犯。この者らが、我ら聖光教会からの依頼でそのような狼藉を働いたとの証言を得たという」
「でたらめだ!」
枢機卿の一人が椅子を蹴飛ばした。
「なにゆえに我らがそのような悪事を働かねばならぬ!?」
「いいがかりも甚だしい!」
怒鳴り声を上げる彼らを、ポドロフは手で制する。
「もちろん、この者らの狂言という可能性もあるだろう。だから、すぐに下手人の身柄をこちらへ送るよう手配した。我らの光の下で嘘をつけるほど豪胆な者がおるならば、わしは是非とも見てみたい」
枢機卿らはここで気付いた。
ポドロフの目が笑っていない。
「そして、教会の誰であろうと、教会の名を使い聖女様に害をなそうとした者がいるならば、教会そのものの信用が疑われる」
白く染まった眉の下に隠れるそれには、溢れるほどの怒りが宿る。
「先に法王様にもお伺いを立てたが、聖女様をかどわかすなどという許可を出した覚えはないそうだ」
法王は聖光教会と聖法国、両方の最高権力者。彼を通さずにまかり通る法などありはしない。
「そして、聖女様のことを知っているのは、我ら枢機卿と、大司教の一部の者だけ」
長く空位となっている聖女が現れたとなれば、熱心な信者が狂乱して教会に押し掛ける。しかも保護できなかったとなれば糾弾は免れない。それを留めるためにも、教会の中でも地位ある者しかこの秘密を共有していないのだ。
枢機卿の何名かが、たじろぎ、目を伏せる。
「皆の者」
底冷えするような笑顔でポドロフは言った。
「じっくり話し合おうではないか」
聖なる光の下では、嘘などつけないのだから。
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