21.思わぬ再会
「こんばんはー! 女将さん、久しぶりー!」
今日も冒険者や町の人で賑わう銀のカナリア亭。そこに威勢のいい声が飛び込んできた。
「いらっしゃい……えー、ガンスじゃない! 久しぶりー、元気にしてた?」
店の入り口を見たディアナは、そこに見知った顔を認めて駆け寄った。
「おう! こっちも相変わらずみたいだな。席空いてるか?」
「いいタイミングね。手前側が空いているわ」
ディアナがテーブルに案内する。一緒についてきたのは三人ほどの若者だった。
「こいつら、今俺が面倒を見ている奴らでさ。ここに来るなら銀のカナリア亭って決めていたんだ」
「嬉しいこと言ってくれるわね。こっちにはどうして来たの? A級に昇格したから離れたんでしょう?」
「泣く泣くな。けどこの前、珍しい薬草が採れるって話を聞いてよ。森の奥地だからA級の冒険者に依頼したいって話がこっちにも来たんだよ」
「ああ、あれね」
ディアナは合点がいった。
白竜病に聞く薬草ユリィウス。その自生が確認されたため、町は新たな資源として採取できる冒険者を呼び込んだ。
森のレベルはC~Bだが、ユリィウスが自生するのはその奥地。かつてディアナが討伐したギガント・ベアの生息地だ。今は空位のそこにまた凶悪な魔物が住むかもしれない。ならば、よりレベルの高いA級冒険者を募集するのは自然なことだった。
ユリィウスから作られた白竜病の薬も稀少なのだ。安定して流通できれば町の重要な資金源となる。
そこまで来ると、酒場の食材を狩りに行っているディアナの領分から外れるのだ。
結果としてかつての酒場の常連が戻ってくるのは嬉しい誤算である。
「明日から薬草の調査と採取に出かけるから、景気づけに色々と頼むぜ。こいつらにも魔物メシを食わせてやりたいし」
「まあ、嬉しい。じゃあ今日の人気メニューを出しちゃおうかしら」
「よろしくな」
ガンスが頷いて、ディアナは厨房に引っ込む。そのやり取りをずっと見ていた若者たちが、ようやく口を開いた。
「ガンスさん、本当に魔物の肉を食べてたんですね」
「まあな。よそじゃ全然出ねえし、そもそも魔物の肉が食えるってことを知らねえ方が多いからな。だからこそ、ここは名物になったんだけど」
「ガンスさん、いつも言ってましたよね。銀のカナリア亭の魔物メシは絶品だって」
若者たちが苦笑する。
「というか、あの薬草の依頼を引き受けたの、ほぼほぼここに通うためでしょ」
「悪いか?」
「全然。だって行きの馬車の中でも散々語ってたじゃないですか」
「やれボアボアの肉は背中側が美味いだの、コカトリスは半身で揚げたり焼いたりするのがいいだの、延々聞かされていたら嫌でも興味が湧きますって」
「おー、なんだ? お前らよその町から来たのか?」
そこに、別のテーブルで飲んでいた冒険者が顔を出す。
「だったらここの名物、魔物メシを食べないのは損だぞ! めっちゃ美味いから!」
「仲良くしよーぜ。一杯どうだ?」
「おーい、酒とおつまみおかわりー!」
新入りに目ざとく気付いた冒険者たちによって、ガンス一行のテーブルがもみくちゃになる。
「新入りにー、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
フラヴィとネリーが酒を運び、赤ら顔の冒険者たちがジョッキを掲げる。
「あれ、ガンスじゃん! 久しぶり!」
「今気付いたのかよ!」
「気付いた! なんだよ、ここの飯が恋しくなったのか?」
「半分正解。依頼があったからな」
「当たったー! よかったな、女将さん、料理長! ここの料理中毒性があるんだって!」
「誤解を招く言い方をしないの!」
厳しく言いつつ、笑いながらディアナは皿を持ってくる。
「お待たせ、今日はボアボアの親子盛りよ。こっちが親で、こっちが子どもね」
テーブルに並べられた皿には、大小二つのステーキが置かれていた。どちらもしっかりと焼き目が付いていて、脂乗りがいいのか表面が少し光って見える。付け合わせには季節の焼き野菜が添えられていた。
「おおっ、これこれ」
ガンスはまず親のステーキ肉にかぶりついた。ミディアムレアに仕上がっていて、中が柔らかい赤色に染まっている。
味わうようによく噛んで飲み込み、すかさず酒を流し込む。
「っかー! これだ! 久しぶりに帰ってきたぜ、銀のカナリア亭!」
ジョッキを掲げて叫べば、周りにいた冒険者たちも呼応するように掲げる。
「おかえりー!」
「よかったなー!」
「じゃんじゃん食えよ!」
「お前らも食え! せっかくの料理が冷めちまうぞ!」
困惑している若者たちの背中を冒険者たちが叩く。
「じ、じゃあ……」
おずおずと、子どものウリボアのステーキを切って口に運ぶ。
柔らかい。でもスッと噛み切れて、甘い肉汁が噛んだそばから溢れ出る。親の方も食べてみると、こちらも歯応えがしっかりしているのに柔らかい。親の方が味が濃くて身が締まっているように感じた。
「どうだ、美味いか?」
ガンスが訊ねると、三人とも無言で頷きながら食べ進める。
「そいつはよかった。女将さん、料理長! こいつらも気に入ったってよ」
「ありがとう! 嬉しいわ」
ディアナが厨房から礼を言う。アルベルトは火の側から離れられないが、聞こえていたらしく嬉しそうに口元を緩めていた。
「――っ!?」
ふと、厨房に目を向けた若者の一人が目を白黒させた。全身の動きが一瞬止まり、それから慌てて口の中の物を飲み込む。それから何度も目の前のステーキと厨房を見比べた。
「どうした? クリス。なんか変なものでも入ってたか?」
「いえ……」
気付いたガンスが声をかけるが、クリスと呼ばれた若者は歯切れ悪く答える。
「ちょ、ちょっと厨房の方、覗いてもいいですか?」
「あ? 女将さん、厨房覗いてもいいか?」
ガンスが振り返って訊ねると、
「いいわよー」
ディアナが能天気に答えた。
クリスがふらふらと厨房が見えるカウンター席に行く。覗き込んだ先では、アルベルトが次から次へと肉を焼いていく姿が見える。
「女将さん、できたぞ」
「ありがとう」
焼いた肉をディアナに渡す際、顔が見えた。
「……やっぱり」
呆けた声がこぼれ落ちる。
ホールに向かうため、こちらに来たディアナに声をかける。
「あ、あの」
「どうしたの?」
「その……あの人、と、話したいんですけど……」
つっかえながらアルベルトを指さすと、ディアナは困ったように笑った。
「ごめんね、今は忙しくて。明日の朝なら少しは時間が取れると思うわ」
「じゃあ、明日。朝、ちょっと話させてもらってもいいですか」
「ええ。私から話を通しておくわ」
「はい、じゃあ……」
クリスは会釈をしてテーブルに戻る。
「なんだ? クリス。『シェフを呼んでください』って言おうとしたのか?」
戻ってきた彼をガンスが茶化したが、
「そんなんじゃないですよ」
むっと唇を尖らせたクリスが反論した。
「ただ、昔の知り合いに似ていたので」
「へえ。料理長が?」
ガンスがアルベルトとクリスを交互に見る。
「はい。なので、明日の朝、ちょっと時間を作ってもらいました」
「そうか。まあユリィウスは時間に厳しい薬草でもないから、依頼を先に受けて森の入り口で待っとくぜ」
「ありがとうございます」
「いいって、いいって! 正直、お前らのような若造があの森に軽率に入ったらマジで死ぬ。最大難易度B級は伊達じゃないからな。俺と一緒にいて腕を磨くといい」
「はい」
「よーし、んじゃ仕切り直しだ! 明日に備えてちゃんと食えよ!」
と言ってガンスは酒のお代わりを注文した。
「ガンスさん、明日大丈夫かな?」
「大丈夫じゃなかったらシメリツユの薬飲ませときゃいいんじゃね?」
「だな」
若者三人は頷いた。
◆ ◆ ◆
翌朝。
無事二日酔いにならずに済んだガンスが、クリス以外の二人を連れて冒険者ギルドに向かう。一人残ったクリスは、従業員用の部屋から出てきたアルベルトと正面から対峙した。
「君か? 俺に用があると言ったのは」
「はい。単刀直入に言います。アルベルト騎士団長ですよね」
クリスに訊ねられたアルベルトは、無言で目を細める。
「……女将さん、すまない。ちょっと込み入った話になりそうだ」
「わかった。掃除とかは私たちで片付けちゃうわね」
ディアナが頷き、他の従業員たちと共に部屋の掃除に取り掛かる。
「ここだと邪魔になる。外の広場に行くぞ」
クリスは頷いた。
朝方の広場には、まだ人がほとんどいない。ちょっと早めに着いた商人たちが雑談をしているくらいだ。
アルベルトは広場の片隅にあるベンチにクリスを招く。
「……たしか、クリスだったな」
開口一番、アルベルトはそう言った。クリスが驚いたように彼を見る。
「覚えていてくれたんですか」
「俺が騎士団をまとめていた時の、最後の新人だったからな。厳しい訓練に誰よりも食らいついていただろう」
「そこまで覚えていましたか……」
「なぜ辞めた」
照れくさそうにはにかんだクリスは、アルベルトの問いにしゃんと背筋を伸ばした。
「たしかに腕前はまだまだだったが、あの執念のようなひたむきさがあれば、騎士として一人前になれただろう」
「…………」
「言いたくないなら言わなくていい。だが、なにか言いたくて俺に声をかけたんじゃないのか」
そこでアルベルトは喋るのを止めた。沈黙が二人の間に下りる。
「……俺が辞めた時、騎士団は内部分裂を起こしていました」
やがて、クリスが口を開いた。
「新しい団長の方針についていけないって。もちろん、賛成する人もいました。でも前の……アルベルト騎士団長を連れ戻して、顧問という形にしてもらおうって意見と、新しい団長を追い出して別の団長をみんなで選ぼうって意見とで、対立がすごくて……。正直、訓練どころじゃありませんでした」
「魔物の掃討作戦は定期的にあっただろう。あれはどうした」
「派閥ごとに好き勝手やってました。あれじゃ冒険者と変わらないですよ。連携が取れてない分、前より怪我人が増えましたし」
「…………。それで、お前は?」
「騎士団を辞めて、冒険者になりました。正直、アルベルトさんに戻ってきてほしい気持ちはあります。ここで料理長って呼ばれていると気付いてめちゃくちゃびっくりしたんですからね」
「それは悪かったな。おれもこんなことになるとは思っていなかった」
「なんで騎士団を辞めたんですか。やっぱり、肩の傷が原因なんですか」
「違う。これはきっかけだ」
アルベルトが、自分の右肩を小さくさすった。
「……そうだな。お前なら軽々しく喋ったりはしないだろうな」
「なにを、です?」
「俺が団長の任を下ろされた後、どんな仕事を与えられたか」
「辺境の警備に回されたって聞きましたけど?」
「違う。勇者の捜索と引き抜きだ」
「…………は?」
たっぷりと時間をかけて、クリスは意味を咀嚼した。
「ちょ、勇者? え、死んだんじゃないんですか?」
「生死が曖昧だったんだ。あの当時はな。あわよくば国の最終兵器として囲い込みたかったんだろう。そのための捜索の任務を俺に与えたんだ」
「…………。で、見つかったんですか?」
「いいや。手がかりすらなかったんだ。頃合いを見て失敗の報告と暇の申請を送って、無事に受理された」
「そこからどうして酒場の料理人に……」
「当時、一人で切り盛りしていた女将さんを見かねてな。獲物は違っても同じ刃物だ。意外と料理の才もあったらしい。あとは流れるようにここで住み込みだ」
「人生、どう転ぶかわからないですね……」
「まったくだ」
アルベルトはベンチから立ち上がった。
「昨日のメシは美味かったか」
「……はい」
「そうか」
アルベルトは嬉しそうに笑う。騎士団時代では見たことのない笑顔だった。
「今日はビーストウルフとコカトリスがある。ガンスに伝えておけ」
「はい。……あの、アルベルトさん」
クリスもベンチから立ち上がると、アルベルトに深く礼をした。
「騎士団時代は、ご指導ありがとうございました」
顔を上げて、こう続ける。
「また食べに来ます」
アルベルトは目を丸くし、それからまた小さく笑った。
「……ああ。楽しみにしている」
では、とクリスは冒険者ギルドに走っていく。ちょうど手続きが終わったのか、ギルドからガンスたちが出てくるところだった。
かつての部下を見送って、アルベルトも銀のカナリア亭に向かう。
今日も一日が始まる。
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