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19.vs.聖法国①

 聖法国は、聖光教の宗教国家である。

 世界最大の宗教の総本山でもある聖法国は、信者が巡礼のため世界中から集まる。魔物という邪悪を退け、世界を浄化するために人間が生まれたというのが大筋の宗旨である。

 中でも聖女と呼ばれる女性は、圧倒的な浄化能力を持つ。それを保護するのも、聖光教の役目の一つである。

 先代の聖女が亡くなって二十余年。新たな聖女発見の一報は、スレンドの町でスタンピードが起こったその日のうちに届けられた。

 もっとも速く飛ぶ鳥便で聖女保護とその迎えを遣わせる旨をしたためた文を届けると、すぐに枢機卿の中から聖女を迎える人が選出された。

 新進気鋭の二十五歳のフィリップ。四十三歳のハミルトン。そして次期法王と名高い六十歳のポドロフだ。

 彼らに加えて護衛の任を受けた聖光騎士団の一行は、三ヵ月の長旅を経てスレンドの町に辿り着いた。

 目的は一つ。聖女の保護である。そのためにこんな辺境の町にまで出向いてきたのだ。


「長旅でお疲れでしょう。どうぞおかけになってくださいな」

 出迎えてきた女主人は、そう言ってテーブルを勧めてきた。事実なので、枢機卿の三人だけがテーブルに着く。

「……ポドロフ枢機卿」

 女主人――ディアナが背を向けると、聖光騎士をまとめる隊長格が耳打ちする。

「あの女、敵意も殺意も隠していません」

 会話が聞こえたフィリップとハミルトンが目を見開く。曲がりなりにも一大宗教をまとめる枢機卿に、敵意はもちろん殺意を向けるなんて。即刻斬り捨てられてもおかしくないのに、そうしなかったのは聖女のためである。

 この店で働いているらしき聖女は、年齢とは裏腹に幼い見た目をしていると、内通者から報告が上がっている。信頼を置いている店の者を傷つければ聖光教への大幅なイメージダウンは避けられない。だから可能な限りのことには目を瞑り、穏便に身柄を引き受けなければならなかった。

「構わぬ」

 ポドロフが静かに言った。

「毒見もするな。聖女への敬意である」

「……はっ」

 低い声に隊長が小さく礼をする。

「おまたせしました」

 やってきたのはウェイトレスの少女だ。しかし、報告にある金色の髪ではない。別の従業員だろう。

「こちら、お水になります。ただいまお料理を作っておりますので、もう少々お待ちください」

 テーブルに六人分……護衛の騎士を含めた分のカップを置いて、慇懃に礼をして去っていく。

 警戒しているし敵意があるのは嫌でもわかった。

「……横暴に振る舞えるのも今の内だぞ」

「フィリップ」

 小声で吐き捨てるフィリップをハミルトンがたしなめる。

 その横で、ポドロフは宣言通り毒見をさせずに水を飲んだ。

 ワインを薄めた、ごく普通の井戸水だった。


「――本当に毒見をさせませんでしたよ、あのおじいさん」

 厨房の裏に引っ込んでいたスタニスラフが、ディアナとフラヴィに耳打ちする。

 ネリーを地下の貯蔵庫に避難させ、枢機卿一行を相手にするのはこの四人である。

「へえ、あちらも応戦する気満々ね」

 ディアナが好戦的な笑みを浮かべる。

「どうします? やっぱキノコ?」

 フラヴィの問いにディアナは頷く。

「まずは軽く、ね」


「お待たせいたしました」

 ディアナが両手にお盆を乗せて、枢機卿らのテーブルに来た。

「こちら、焼きキノコのサラダになります」

 差し出されたのは、木のボウルに入った色とりどりの野菜と白くて四角いナニカ。焦げ目がついていることからこれがキノコだろうが、やたら大きく切られている。

「これがキノコ……ですか?」

 思わずフィリップが訊ねる。

「はい。キノコの歯ごたえがいいアクセントになって、冒険者の皆様に好評なんです。野菜が苦手でもこれなら食べられると」

「ほう」

 ポドロフが感心したように声を上げた。

「冒険者。……この店は、冒険者に特に評判の店だと聞く」

 ディアナも笑みを浮かべたまま答える。

「よくご存じですね。その通り。魔物を狩り、町の安全を守ってくださる方々にとって、ここは憩いの場でもあります」

「先日のスタンピードも、彼らが迅速に動いた結果、未然に防げたと聞く。優秀な者が多いようだな」

「はい。感謝してもしきれません」

 表面上は和やかな会話。しかし仮面の笑顔で応酬する二人からは挑発と敵意が溢れ出る。ポドロフが同じ土俵に立ってやっているのか、ディアナが同じ土俵に立てるだけの力を持っているのか。年若いフィリップはそれを測りかねて会話に入れない。ハミルトンは胃のあたりを小さくさすった。

「このキノコは、どこで採られたのですか?」

「西に広がるスレンドの森です。食材が豊富なので重宝しております」

「ほう、あの辺りは危険なのでは?」

「本当に危ないところまではいきません。その手前にはラチカの実もなっているので、家族で摘みに来る人もいるのですよ」

「そうか。……とりわけ森や山で採れるものは、毒性が強いものと無毒なものを見分けるのが難しいと聞く。こちらは安全なのかな?」

「ええ。採ってきた食材は私たちの食事にもなります。危険なものをお出しにならないよう、細心の注意を払っていますし、毒見ももちろんしております」

「そうか。ならば安心だな」

 口ではそう言いつつ、ポドロフはフォークすら持とうとしない。こちらが聖光教について把握しているように、あちらもこの店について調べているだろう。キノコの正体に気付いている。その上で口を滑らせようとしていたのだろうが、ディアナとて簡単には引っかからない。

「お待たせいたしましたー!」

 そこに、元気な声を上げてフラヴィがやってきた。

「こちら、ステーキにございます。食べやすいようあらかじめ切ってありますよ」

 テーブルに並べられた三枚のステーキ皿に、護衛騎士の一人が喉を鳴らした。

 一口大に切られた肉は中までしっかり火が通っている。溶けたバターと溢れる肉汁をまとって断面が輝いていた。付け合わせの野菜もどれも色が濃くて食欲をそそる。

 事前に聖光教の戒律で肉食が禁じられていないことは把握している。

 だからこそ、店の看板商品で堂々と喧嘩を売った。

 その意味を理解したポドロフも目を細める。

「……こちらのお肉は、どのような品種ですか?」

 ディアナはにっこりと答える。

「品種はありません。強いて言うなら、ビッグ・ベアです」

「……はい?」

 それまで沈黙していたフィリップが変な声を上げた。

「ビッグ・ベア? 今、そう言いました?」

「はい」

「美味しいですよ~、ビッグ・ベア。味がしっかりしているのにくどくないんです」

 にこにこ。ディアナとフラヴィが笑顔で答える。

 聖光教の関係者全員の顔が強張った。

「しょ……っ、正気ですか!?」

 立ち上がり声を荒げたのはフィリップだった。

「魔物の肉……!? そんな穢れの塊を食べて無事なのですか!?」

「ええ。かれこれ十年近く、私は食べております。でもこの通り、ピンピンしておりますよ」

 示された年月にフィリップが卒倒しそうになった。聖光騎士たちが慌ててその体を支え、戻した椅子に座らせる。

「この店が魔物の肉を提供するという話は、本当だったのですね」

 ハミルトンが苦々しく呟く。

「お嬢さん方。今ならばまだ間に合いますよ。こちらで保護されている金の髪の少女を引き渡してください。そうすれば、この店のことは目を瞑りましょう」

 恐ろしいほどの直球で要求してきた。ディアナが十年も魔物の肉を食べている。それに店として機能しているということは、客――おそらく冒険者だ。彼らに熱心な聖光教信者がほとんどいないことは知っている――もそれなりにいるはず。

 確かに今はどこにも異常がないが、今後もそうだという保証はどこにもない。ならば、さっさと聖女候補の少女を引き取って撤退した方がいい。仮に聖女候補が魔物の肉を食べていたとしても、すぐに(みそぎ)をして清浄な食べ物を与えれば浄化できる。

「少女、ですか?」

 しかし、ディアナとフラヴィは顔を見合わせた。

「申し訳ありませんが、うちには金の髪の女性はいても、少女と呼べるのはこちらのフラヴィくらいですよ? 彼女以外は全員成人しています」

「馬鹿な……っ! ここまで来てはぐらかすつもりですか!?」

「嘘なんてついていませんよ。聖光教会の方々に嘘をついてどんなメリットがあるって言うんですか」

「……では、質問を変えましょうか」

 ポドロフが静かに口を開いた。

「この店に、あなた以外で金の髪の女性はいますか?」

 ディアナがすぅっと表情を引き締める。

「……はい」

「その方を、ここへ連れてきてもらえませんか?」

 問いかけているが、事実上の命令だった。逆らうなら実力行使するぞ、と目が脅している。

「……わかりました」

 ディアナがため息交じりに頷いた。

「女将さんっ……!」

「大丈夫よ。スーくん、いいかしら?」

 厨房で成り行きを見守っていたスタニスラフに頼む。彼が奥に引っ込むと、少しして金髪の女性――ネリーが現れた。

 ハミルトンが噛み付く。

「やはり少女を隠していたか……!」

「お言葉ですが、彼女はすでに成人しています。幼い頃からろくに栄養を取れなかったので、身長があそこで止まってしまっているんです」

「なんと……」

 ポドロフは思わず、小声で聖句を唱えた。

 見た目はフラヴィと同じか、少し幼い印象すらある。スタニスラフの服を掴んで離さない少女……否女性が、どのような道を辿ってこの店にやってきたのか興味はある。しかし、いま重要なのは彼女を引き取ることだ。

「お嬢さん、はじめまして」

 席を立ち、スタニスラフの後ろに隠れてしまったネリーへ膝をついて呼びかける。

「私はポドロフという。聖光教会の枢機卿……偉い人だ。今日は、君を迎えに来たんだ」

 ネリーはスタニスラフに抱き着いたまま、首を横に振る。

「君には特別な力がある。どうかその力を、世界中で困っている人のために役立ててもらえないだろうか」

 優しい声で語り掛けるが、ネリーは絶えず首を横に振るだけ。ガタガタと震えているのが見える分、余計に痛々しかった。

「余計なことを吹き込んでいませんよね?」

 復活したフィリップがディアナたちを睨むが、彼女は肩をすくめて見せた。

「まさか。教会の偉い方々が迎えに来るかもしれないとは伝えましたよ。……あと、念のために伝えておきますが、彼女は口が利けません」

「なに?」

 ポドロフがディアナの方を見た。

「それは真実かね?」

「誓います。そしてスタンピードの際に彼女が声を発したかもしれない、という証言があるのも確かです。しかし今と同じようにスーくん……スタニスラフの後ろに隠れていて、冒険者の皆さんも魔物の動向に注意していたため、はっきりと見た者はおりません」

「確かめる術は?」

「なにも。私たちも確信を得ようと、状況を可能な限り再現しました。ですが、彼女が聖女の力を発揮したことは一度もありませんでした」

 見間違い。なにがしかの奇跡。都合のいい集団幻覚。

 その可能性を潰すため、ディアナが魔物役になってネリーを襲う再現劇を試みた。もちろん愛用のナタではなく包丁で代用したが、目の前で凶器を振りかざされれば誰でも恐怖する。実際にネリーも、襲い掛かるディアナに恐怖して悲鳴は上げた。しかし口の形だけで、発声は叶わなかった。

 あまり何度もやるのは可哀想なので一度きりだったが、それ以降光の柱や聖女の力と思しきものが発現したことはなかった。

「そんな演技、すぐに見抜けますよ」

 苛立ったようにフィリップが立ち上がった。

「彼女を保護します。こんな危険な場所に置いておけません。……いいえ、聖光教会の名のもとに、この店を……穢れを浄化すべきです!」

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