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18.光の正体

 突如現れた光の柱は、魔物をことごとく消滅させた。冒険者たちは軽くなった自分たちの体に首をかしげながら町に帰還する。

 が、戻ったら戻ったで別の一大事が起こっていた。

「先生、ネリーは大丈夫ですか?」

 酒場にひょっこりと現れた医師のレヴェントンにアルベルトが駆け寄る。

「ああ、大丈夫だ。見た感じ、極度の疲労で倒れたんだろう。今はフラヴィがついているし、寝ていれば治る」

「そうですか……」

 横で聞いていたスタニスラフと一緒に、アルベルトが安堵のため息を吐き出す。

「ところで、魔物はどうなった?」

「あ……それが、消えたんだ」

「消えた?」

「いやマジで。光に飲み込まれたと思ったら、次の瞬間には消えていたんだよ。なあ?」

 冒険者が周りに問いかければ、戻ってきたメンバーがしきりに頷く。

「実はさっきも、酒場で同じ現象を見たんだ」

「なに?」

「ビーストウルフが一体入ってきたんだ。それが、ネリーちゃんが叫んだら急に眩しくなって、気付いたらあいつが……」

「待て。ちょっと待て」

 レヴェントンが手の平を向けて制止する。

「叫んだ? ネリーが?」

「ああ、そういえば……」

「喋れないって言ってたっけ?」

「そうそう。誰の声だろうって思ってて忘れてた」

 酒場で休憩していた冒険者たちが口々に言う。レヴェントンはそれを聞いて頭痛をこらえるような顔になった。

 アルベルトが顔を覗き込む。

「……先生? どうしました?」

「……お前ら、よーく聞け」

 ため息混じりにレヴェントンが口を開いた。

「ただいまー」

 そこへディアナが戻ってきて、

「ネリーはおそらく、聖女だ」

 レヴェントンの推測を聞いた。

「…………は?」

 呆けた声を出したのは誰だったか。

 次にはドッと笑い声が響いた。

「おいおい先生! いくらなんでも突飛すぎだろ!?」

「ネリーちゃんが聖女!? ありえねえ!」

「もし聖女ならとっくに聖法国がお迎えに来てるっての!」

「わしだって前代未聞だわ!」

 レヴェントンが唾を飛ばした。

「だが考えてみろ。先代の聖女が亡くなってから二十年以上経つ。だというのに新たな聖女が見つかったという話はない。聖女は先代が亡くなる前後に次代が生まれる。年齢的にも合致する。そして極めつけに魔物を消し飛ばした光の柱。あれを聖女が持つ聖光魔法でなくてなんだというのだ!」

 怒涛の情報と理論に冒険者たちが黙る。肩で息をするレヴェントンに、冒険者の一人が訊ねた。

「ネリーちゃんって、二十歳越えてるの……?」

「なんだ、知らなかったのか? 生まれ年を聞いたから間違いない」

「マジか」

「俺、フラヴィと同い年くらいだと思ってた」

「俺は最年少かと……」

 女性に年齢を聞くような礼儀知らずではないとホッとしつつ、ネリーに対する認識にレヴェントンが酸っぱいものを食べたような顔になる。

「先生」

 人ごみをかき分けて、ディアナがやってきた。

「女将さん」

「ネリーちゃんが聖女って本当?」

「……確証は持てん。だが、聖女は聖句を唱えることでその力を発揮してきた。あの光の柱が彼女の力だとすれば、いずれ聖法国が乗り込んでくるだろう。そこで彼女が真に聖女だと確信したら、あの国に保護されるだろう」

「保護……」

「一番の懸念は、彼女のご家族ですよね」

 難しい顔をして黙り込んだディアナにスタニスラフが言った。

「話せないというだけで食事もろくに与えず、やせ細った彼女を夜のうちに追い出した人たちですよ。聖法国からの助成金目当てに取り返してくる可能性だってあります」

 スタニスラフの見解に、冒険者たちが一様に苦い顔になった。

「ひでえ」

「クソだな」

「いっそネリーちゃんを女将さんたちの子どもにできないの?」

「そんな法律があればとっくにやってるわよ。安心して。ネリーちゃんの両親を名乗る奴らが来ても返り討ちにするから」

「問題は聖法国の方だ」

 同じく苦い顔でアルベルトが言った。

「あの国の影響力は他国とは比べ物にならない。下手に逆らえばこの町が地図から消えることになる」

 これには誰もなにも言えなかった。

 聖女を血眼になって探す聖法国は、スレンドの町からはるか東側にある。そこからでも、あの光の柱はよく見えただろう。

 聖女の逸話は数あるが、どれも常識外すぎて本物だとは誰も信じていない。歩いただけで荒野に緑が広がっただの、祈りで枯れた湖が満杯になっただの、手をかざしただけで聖なる光が溢れて魔物を滅ぼしたという話まである。

 本当に聖女がいるなら、過去の魔王も聖女の力で斃せたはずだ。それができなかったのは、タイミング悪く老いと病に倒れたからである。だから早急に新しい聖女を見つける必要があったのだが、どこを探しても見つからないまま、魔王は魔物食いの勇者によって斃された。

「ああ、それもきっと大丈夫よ」

 重くなる空気をぶち破ったのはディアナだった。

「だって、聖法国って魔物をなによりも忌み嫌っているでしょう? それを日常的に食事として提供しているここって、あちらからしてみたら毒沼みたいなものでしょう?」

 あっけらかんと言い放つ。その言葉にぽかんとした顔をしていた一同は、ふっと表情を歪めた。

「そうだ、そうだったわ」

「ここは魔物メシの店、銀のカナリア亭!」

「聖法国がなんぼのもんじゃい! とっておきの魔物メシでおもてなししてやんよ!」

「お前従業員じゃないだろ?」

「いいじゃん、全員でおもてなししてやろうぜ!」

「「「賛成!!」」」

 おもてなしの意味が若干変わっている気がするが、ディアナたちもそのつもりなので訂正しない。

「といってもまあ、いつも通りにしていれば相手が逃げ帰ってくれると思うわ。ネリーちゃんになにかしたら……その時は、御退店願おうかしらね」

 にっこりと、ディアナは笑う。

「いいぞー、女将さーん!」

「一生付いて行きまーす!」

 囃し立てる冒険者たちを横目に、アルベルトは頭を抱える。

「……料理長」

 スタニスラフが耳打ちする。

「女将さん、もしかして怒ってます?」

「もしかしなくても、あれは激怒している」

 怒髪天を衝くとかいう次元はとっくに超えている。

 大事な店員を傷つけておいて、国家権力を盾に掻っ攫おうなんて虫のいい話を、彼女が許すはずがなかった。


◆   ◆    ◆


「――というわけなのよ」

 翌朝。ようやく起き上がれたネリーと、その看病をしていたフラヴィに昨夜の出来事を伝える。

「……にわかには信じがたいんですけど」

 思わず敬語になったフラヴィが、睨むようにディアナたちを見る。

「聖法国に売るとか、あたしは反対ですよ」

「売らないわよ。ネリーちゃんが行きたくないと言えば、私たちも全力で阻止するわ」

 ディアナの言葉にアルベルトとスタニスラフも頷く。

「一番いいのは、魔物メシを日常的に食べていると知った彼らが、『穢れが溜まっている!』と勝手に逃げてくれることですね」

「そして一番厄介なのは、相手が錯乱や逆上してこの店を潰すことだな。聖光騎士団が大挙して来たらさすがにまずいぞ」

「聖女一人のために騎士団を動かすのは、あり得ないと思いたいんだけどねえ……」

 二十年捜していた聖女だ。簡単に諦めてくれないだろう。

「ネリーちゃんは? どうしたい?」

 話を向けると、ネリーは目を伏せた。

「私たちのことは気にしないで。聖法国のことも頭の外に置いといて。ネリーちゃんが思う通りに動いてほしいの」

 ネリーはベッドの上で、メモ帳とペンを持ったまま固まる。彼女は最近、引っかかりなく日常会話ができるくらい文字が上達してきていた。

 目が泳ぐ。なにかを書こうと手がわずかに持ち上がって、書けずに落ちる。それを何度も繰り返していくうちに、ネリーの目に涙が浮かぶ。

「ゆっくりでいいわ」

 ディアナが優しく声をかける。

「正直に話してほしいの。聖法国が来たから行かなくちゃいけないなんて思わないで。離れたくなかったら、遠慮せずそう伝えて」

「……女将さん」

 アルベルトが口を開いた。

「誘導尋問っぽくなっていないか?」

「そう?」

「女将さん、ネリーちゃんと離れたくないでしょ」

「まあ、うん」

「必死なの丸わかりです。ネリーちゃんの意思を尊重するとか言いつつ、聖法国に行きたくないって言質取りたくて必死じゃないですか」

「あら、そうだった?」

「あ、これ無自覚な奴だ」

「フラヴィちゃんまでひどい~!」

 むくれるディアナに思わず笑いが漏れる。ネリーもつられて笑った拍子に涙がこぼれた。

 その涙が止まらない。頬を濡らすそれがメモ帳に染みを作る。

 そこに、ネリーは書きつける。

『行きたくない』

 メモに書かれた言葉に、四人が黙る。

 メモに言葉が続いていく。

『こわい』

『離れたくない』

『一緒にいたい』

 そこまで書き終えて、ネリーはフラヴィの手を握る。

 ぼろぼろと零れる涙は、留まるところを知らない。しゃくりあげる彼女は、大きく唇を動かす。

 たすけて。

 声なき声は、四人に確かに届いた。

「うん……うん」

 フラヴィが手を固く握り返す。

「助けるよ。絶対に助ける」

「ありがとう、ネリー」

 ディアナが震える体を優しく抱きしめる。

「大丈夫よ。聖法国には渡さないから」

「じゃあ、冒険者ギルドにも通達しておいた方がいいですかね」

 スタニスラフが言う。

「それか、酒場で皆さんに直接言います?」

「直接の方がいいわね。町の人たちにも伝わった方がいいでしょうし」

「彼らが〝来店〟したら、食事はどうする?」

「聖光教会の戒律とか知らないのよねえ。ま、お肉がダメなら焼きサラダでいいでしょ」

 方針は決まった。

 どうせ馬車でのんびり来るだろうから、準備する時間はたっぷりある。

「じゃあ、〝その日〟に向けて準備しましょうか」

「「「はい」」」


◆   ◆    ◆


 聖法国の馬車がスレンドの町にやってきたのは、スタンピード騒動から三ヵ月も経った夏の終わりの日だった。

 田舎町には不釣り合いな真っ黒な客車には、羽を(かたど)った聖法国の紋章が白く塗られている。馬も御者も黒い装飾で身を固めていた。

 なんだなんだと集まる町人たちを、護衛の聖光騎士たちが押しとどめる。御者が恭しく客車の扉を開けると、中から現れたのは純白の法衣に身を包んだ三人の男たちであった。純白の法衣は枢機卿の証でもある。それぞれ二十代と思しき若者、四十代に見える中年、そして六十を越えているだろう老齢の男だった。

 法衣を己の一部かのように堂々と身に付けている三人を見て、自然と町人たちは頭を下げる。白の眩しさと、それを上回る威厳に体が震えた。

「こちらになります」

 聖光騎士を先頭に、三人の枢機卿が町を歩く。

「辺境と聞いていましたが、意外と小奇麗ですね」

 若い枢機卿が他の二人に言った。

「ここはそれなりに脅威のある魔物の巣窟も近い。荒くれ者たちが礼儀正しいとは、また不思議な町だ」

 中年の枢機卿も小さく鼻で笑う。

「…………」

 老齢の枢機卿は静かに前を見据えていた。

 やがて、一行はある建物に辿り着く。銀……はないので白色だが、鳥かごに入った鳥の絵が刻まれた看板が小さく風に揺れる。

「失礼します」

 聖光騎士は言葉では礼儀正しく、しかし強盗のように乱暴に酒場の扉を開け放つ。

「銀のカナリア亭というのは、こちらでよろしいですか?」

「ええ、そうよ」

 狩りに出かけずに待っていたディアナが、笑顔を張り付けて頷く。

「遠いところ、御足労頂きありがとうございます。どうぞごゆるりとお寛ぎください」

 さあ、戦争を始めようか。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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