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15.薬を求めて②

 ディアナは考えるより先にナタを振るっていた。

 まずは根元を一刀両断。

「グゥォオオオオオォォォ……」

 不意打ちを受けたトレントが断末魔を残して倒れる。

 ディアナはできるだけコブやウロを傷つけない範囲でトレントの幹を切り、ウロの入り口をナタの根元でこじ開けた。

「ハロン君、ハロン君!」

 めりめりと音を立てて木が割かれる。木の繊維なのか、あるいは取り込むための器官なのか。糸のような根に覆われたハロンが現れた。眠っているのか気を失っているのか、目は開かない。しかし呼吸は感じられた。

「ハロン君、待ってて! 今助けるから!」

 繊維をむしり取りながら、ディアナはハロンを引き上げようとする。

「チッ」

 だが、死してなおしぶとい繊維に舌打ちが漏れる。

「ごめんね」

 リュックの中からナイフを取り出し、それでこそげ取る。本体の木と繋がっているところを切って分離する。完全に引き上げたら、ハロンを傷つけないようにナイフを滑らせて繊維を削り取った。

「ん……」

 あらかた繊維が落ちると、ようやくハロンが目を開けた。

「……あれ? 酒場のおばさん?」

「ハロン君、気が付いた!?」

 ディアナはナイフをトレントに突き刺し、両手で小さな顔を包み込んだ。

「自分がどこにいるかわかる? どうしてここにいるか覚えてる?」

「……えっと」

 ハロンが目を逸らす。思い当たる節がある顔だ。でも言えないのは、誰にも言わずに森に入ったから。

「ハロン君」

 ディアナは少しだけ語気を強めた。

「はいかいいえで答えて。自分のしたこと、覚えてる?」

「……はい」

 観念するようにハロンは頷いた。

「うん。……色々と言いたいことはあるけど」

 ディアナはその小さな体をぎゅっと抱きしめた。ハロンが体を強張らせる。

「無事でよかった」

 頭を包み込み、背中を優しくさする。

 ハロンはおそるおそるといった風にディアナの背中に手を回し。

 小さく、小さく嗚咽を漏らした。


 森の入り口は、ハロンも何度か来ていた。境界線上に実るラチカの実は、日常の楽しみの一つだ。ハロンは毎日母と一緒にラチカの実を摘んで食べていた。

 母が病気になって、森の奥に病気を治せる草があると知った。大人たちは頼りにならなかった。だから自分が摘んで来ようと思った。朝まで待てる気はしなかった。

 でも森の中は、ハロンが思っている以上に危険な場所だった。

 闇夜の中で光る赤い目。魔物同士がぶつかり、殺し合う音があたりに響く。こんなに怖い場所だとは思わなかった。

 ハロンは木登りが得意だったから、木に登ってやり過ごそうと思った。それがトレントだとは知らなかった。

 ――気づいたら、ディアナの腕の中にいた。


「落ち着いた?」

 川辺に移動し、水を汲んでハロンに飲ませる。水筒の中の水を一気に飲んで、ハロンは目の周りを赤くして頷いた。

「じゃ、帰りましょう」

「嫌」

 即答された。

「薬草を見つけるまで帰らない」

「うーん、一刻も早く元気な姿を見せてあげたいんだけどねー」

 だって今、冒険者たちが絶賛大捜索している。早いところ切り上げさせないと、魔物たちを刺激して暴れさせかねない。

「やだ。薬草見つけるもん」

「ううーん……」

 ディアナは困り果てた。

 ソリューヌの葉は難しくても、ユリィウスなら自生条件が当てはまる。そして、それは二人のすぐそばだ。

 本当なら、ハロンを冒険者に引き渡して、ディアナが単独でユリィウスを探しに行くつもりだった。でもこの様子だと、ハロンはてこでも動かなさそうである。

(これは、折れた方が早いかしら)

「わかった。じゃあ私も手伝うわ」

「本当?」

「ええ。でも今、冒険者のみんながあなたを探しているのも忘れないでね。日が暮れるか、冒険者が迎えに来たら、諦める。それでいいかしら」

「うん!」

 ハロンは大きく頷いた。

(ごめんね、みんな。今夜は奢るわ)

 ついでに明日の分の食糧の確保も難しいから、臨時休業を余儀なくされる。

(あー、スーくんの魔法が羨ましい……!)

 得手不得手はあるが、スタニスラフはエルフだ。風に乗ってこちらの声を町に届けてくれることも可能だろう。

 内心で地団太を踏みながら、ディアナはハロンに訊ねる。

「ハロン君、薬草の特徴を覚えてる?」

「うん。茎がこーんなになって、葉っぱがぴょっぴょってしてて、花がお皿みたいになってるの!」

「正解。これ、お医者さんが貸してくれた絵よ。これを頼りに探しましょうね」

「うん!」

 しっかりと手を繋ぎ、ハロンがスケッチを、ディアナがナタを持って森の明るい場所へ行く。

 新しい主はまだ決まっていないようだ。周囲に魔物の気配もない。どうやらここは、魔物たちにとっても特別な場所のようだ。

「うーん、ないなー」

「不思議ね。これだけ見渡せたら、一本くらい生えていそうだけど」

 広くも狭くもない草原を歩いていく。花の高さは一メートルもないようだ。ハロンと同じ程度の背丈だろうか。

 微妙に高い草をかき分けながら、ハロンは黙々と探す。すぐに飽きるだろうと思ったが、集中して草を見分けている。母親を助けたい思いが強いのだろう。

 日が中天を上りきった。時々水を補給しに戻りながら、二人はひたすら薬草を探す。

「ううう……」

「ハロン君、大丈夫? 疲れた?」

「へーき……」

 口ではそう言っているが、怒り泣きのようなしかめっ面をしている。昨日の夜からずっと森にいるのだ。緊張と空腹でいい加減体力の限界だろう。

 ディアナは一度ナタを下ろすと、両手でハロンの脇に手を突っ込んだ。

「わっ」

「はい、これなら、もっと高いところから探せるわ」

 驚いたハロンが両手でディアナの頭にしがみつく。ディアナはその間にナタを持ち直し、改めて薬草を探す。

 見渡す限りの、緑、緑、緑。白い皿のような花びらの集合体なんてわかりやすそうなものだが、色を反射してカモフラージュしているのかもしれない。

 見つかれば治療薬の産地として町は潤うだろうが、こんなところに難病の特効薬なんて都合よく自生しているのか。それも三本必要なのだ。一本見つけて終わりという単純な話ではない。

「……おばさん、おばさん!」

 考え事をしながら探していたら、ハロンが頭をぺちぺち叩いてきた。

「なに?」

「あっち、あっちに行って!」

 ハロンが右側を指さす。そちらへ歩いていってみるが、相変わらず雑草が生えるだけ。

「ね、おばさん、下ろして!」

「わっ、待って、じっとしてて!」

 自力で降りようと暴れるハロンを地面に降ろす。降りるや否や駆け出したハロンを追うと、ある地点で彼は立ち止まった。

「どうしたの、急に?」

「おばさん、これじゃない?」

 ハロンが目の前を指さす。

 彼の目線の高さに、皿のような花が咲いていた。茎の上にそういう意匠のおぼんを置いたのかと思うほど水平に開かれた花びらは純白。中央におしべとめしべが黄色い花粉をまとってしゃんと立っている。太い茎の周りには申し訳程度の小さい葉。

 ディアナは、ハロンが握りしめてしまったスケッチを開いた。

 根以外の描写がすべて合致する。

 体が震えた。

「……これよ」

 ディアナは強くハロンを抱きしめた。

「これよ! ハロン君、お手柄だわ!」

「わあっ! ……へへへ、すげーだろ」

 ハロンは目を白黒させた後、誇らしげに笑う。

 二人で慎重に根を掘り出し、糸のように細く広がるそれを傷つけないようにディアナのリュックに入れる。

「さあ、帰りましょう」

「うん!」

 はぐれないように手を繋ぎ、二人で森の外を目指す。魔物に遭遇しないようにディアナが気を配る横で、薬の材料を手に入れたハロンはご機嫌にスキップしている。

「おぉ――い……」

 やがて、誰かの声が聞こえてくる。

「おーい、ハローン」

「どこだー」

 雑草をかき分けて進む冒険者を見つけて、ディアナはハロンを抱え上げた。

「うわっ、なに?」

「あなたを探している冒険者のみんなを見つけたわ。ちょっと急ぐわね」

 早足で駆けながら、ディアナも声を上げる。

「おーい! みんなー!」

「えっ、女将さん?」

「っておい! ハロンじゃねえか!?」

「みんなに知らせろ!」

 冒険者たちが二人に駆け寄り、魔法使いが空に向かって魔法を放つ。ぱぁんと音を立てて花火が上がった。

「お前は~! 心配かけさせんな!」

 真っ先に駆け寄った冒険者が、ハロンの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。

「よく無事だったな!」

「ほら、帰るぞ!」

 交代で頭を撫で回し、軽くはたき、冒険者たちが先導して出口に向かう。

 途中で他の冒険者たちと合流しながら、ディアナたちは町に帰ってきた。

 町に残っていた冒険者や銀のカナリアのメンバーたち、レヴェトンの他住人たちも子どもの無事を祈って待っていた。

 その先頭にいた人物に、二人は目を丸くする。

「ハロン!」

「お母さん!?」

 ディアナから飛び降りたハロンが、母親に駆け寄った。母親の症状は足が中心のようで、杖で体を支えている。腕や首などに異変は見られなかった。

「お母さん、あのね……」

「この馬鹿!」

 ごつん。

 喜び勇んで報告しようとしたハロンの脳天に拳骨が降る。

「人様にこんなに迷惑をかけて! 死んだらどうするつもりだったの!?」

「だ、だって、森に薬があるから……」

「それであんたが死んだら意味がないじゃない!」

 ごつん、ともう一度拳骨が落ちて、母親はハロンをきつく抱きしめた。

「本当に……! あんたが死んじゃったら、お母さんだけ生きてても意味がないのよ……!」

 はらはらと涙を流す母親に、ハロンが呆然と抱きしめられる。大きな瞳に涙の膜が張り、一筋、また一筋とこぼれ落ちる。

「……おか、さ……。ごめん……ご、ごめん、なさ……っ」

 謝罪の言葉は最後までちゃんと言えなかった。声を上げて泣き出した親子を、アルベルトが背中を撫でて宥める。

「先生」

 ディアナはリュックを下ろし、中からユリィウスを取り出した。

「これ、例の薬草です」

「あったのか!?」

 レヴェトンの引っ繰り返った声に全員がそちらを見る。

「森の奥の奥に、一本だけ。正直、ハロン君のお手柄よ。私じゃ全然見つからなかったから」

 ディアナは肩をすくめて、ハロンの背中を軽く叩く。

「でも、もう勝手に森に入っちゃ駄目よ。十分痛い目見たでしょ?」

「……うん」

「……えっと、襲われた感じ?」

 フラヴィが小声で訊ねる。

「トレントにね。間一髪だったわ」

「うわ……」

 ある程度成長している人なら、冒険者でなくても魔物の恐ろしさは理解している。普段薪として重宝しているトレントが、実は狡猾なカウンター型であることは周知のことであった。

「女将さん、薬草をこちらに。すぐに薬を作る」

「はい、お願いします」

 レヴェトンにユリィウスを渡し、ハロン親子が冒険者の付き添いの元診療所へと向かう。薬草はあと二本必要だが、生えている場所がわかればディアナや冒険者がついでに採ってこれる。

「さてと」

 ディアナは一息ついて、森から帰還した冒険者たちを見回した。

「みんな、今日は手伝ってくれてありがとう! お礼に今日は奢るわ!」

「マジで!?」

「女将さん太っ腹!」

 冒険者たちが歓声を上げる。

「……いいのか?」

 アルベルトが小声で訊ねた。

「まあ、明日の分の食材もないし、初めての赤字にはなると思うけどね。仕方ないわ」

 ハロンが無事だった。薬草も手に入った。それで手打ちにしよう。

「なあなあ女将さん、明日の分の魔物ってあるの?」

 冒険者の一人がタイムリーに訊いてきた。ディアナは笑って肩をすくめる。

「残念だけどないわ。だから……」

 申し訳ないけど、明日は臨時休業よ。そう続けようとして。

「へー。じゃあこれとかどう?」

 冒険者はそれを遮って半歩横にずれた。

 そこにあったのは、息絶えたコカトリスだった。血抜きも終わっているのか、ぐったりとしたまま動かない。

「まだまだあるぜ!」

 冒険者たちが手に、あるいは複数人で引きずってきたのは、多種多様な森の魔物たち。どれも血抜きが終わっていて、あとは捌くだけである。

「え……ど、どういうこと?」

「女将さん、きっとハロンの捜索に手一杯だろうと思ってな。んでもって俺らは正直……その、諦めてた。だからせめてものお詫びにと思ってな」

 頬をかきながら冒険者が告白する。夜の森に一晩もいれば、どうなるかなんて想像に難くない。常に危険と隣り合わせの仕事をしているからこそ、命を良くも悪くも割り切れた。

 でもディアナは冒険者ではない。可能性が微かでもあるなら、いやないと断言されたとしても、自分の目で見るまでは決して諦めない。

「あと、女将さんが探してくれるなら、きっと大丈夫だと思ってさ」

 死を前提に探すか、生存を前提に探すか。それだけで周囲の見方も心構えもまるで変ってくる。

「だから、女将さんがそっちに専念できるようにちょっと間引きをな」

「ついでにほら、シメリツユもこんなに採ってきたぜ!」

 冒険者たちの言葉に、ディアナは絶句する。

 まだ青い空を見上げて、細く長く息を吐く。

「まったくもう……」

 ほとほと呆れた。冒険者たちにも、彼らに考えを読まれた自分にも。

 ディアナは満面の笑みを浮かべて言った。

「みんな大好き! 腕によりをかけて作るわね!」

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