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14.薬を求めて①

「冒険者なんか嫌いだ!!」

 悲鳴のような幼い声に、スタニスラフが店の入り口を見やった。

 今の時間には似つかわしくない、小さな背中が店を飛び出していく。

 声が届く範囲にいた客たちも、なんだろうかと顔を見合わせていた。その中で一つのテーブルだけ、微妙に空気が違う。

「女将さん」

 注文を渡すふりをしてディアナに声をかける。

「三番のテーブル、ちょっと伺ってみてください」

「わかった」

 スタニスラフはエルフだ。エルフというのは他の種族に比べて五感が優れている。かすかな空気の冷たさから雨を感じ、遠い鳥の羽ばたきから竜巻を予測する。

 とりわけスタニスラフが鋭敏なのは聴覚だ。それも、銀のカナリア亭の中ならばすべての会話が聞き取れるレベルである。夜の酒場なんてひどいノイズの集合体のような場所だが、それすら楽しんでいる節がある。

 だからこそ、ちょっとした異変にも敏感なのだ。

「ちょっとごめんなさいね、お客さん」

 スタニスラフからバトンタッチされたディアナが、件のテーブルに向かう。地獄耳のスタニスラフが行けばあからさまに警戒される。それよりも店の女将であるディアナが行けば、少しは情報が集められるのだ。

「さっき、なにかトラブルがあったみたいだけど、どうしたの?」

「ああ、いや……。ちょっと子どもに頼みごとをされてな」

「まあ。どんな?」

「薬の材料が欲しいってな。母親が白竜病にかかって、それを治す薬がないんだと」

「白竜病……そんなことになっていたの」

「ああ。でも俺たちは冒険者だ。必要な薬の素材がわからず、しかもほとんどタダ働きなんてことはできない」

「それを説明してやったんだが、あいつは納得してなくてな……」

「そうだったのね。ごめんなさいね、無理に聞き出しちゃって」

「いいさ。でもあの小銭が全財産だっつってたから、医者も呼べないだろうし……」

「そもそも、白竜病なんて超珍しい病気じゃねえか。万能薬のソリューヌの葉でもないと治せないんじゃないか?」

「だろうな。……気の毒だが、俺らにできることはなにもないんだ」

「……そうね」

 ディアナもそれ以上は言えず、笑って席を離れた。スタニスラフも聴覚に集中していた意識を緩める。

 それ以降、店を閉めるまで誰もその話題に触れなかった。


「ソリューヌの葉って、そもそもあるの?」

 閉店後の魔物肉を棚に移す作業をしながら、フラヴィが誰ともなしに訊ねた。

「幻の薬草とか、伝説の薬とか言われてるけど」

「あるにはありますよ。その自生条件が複雑なので、希少価値が高いんですよ」

 スタニスラフがそれに答えた。

「ソリューヌの葉は日照、そして月照時間がとても必要です。木など遮るものがほとんどない場所がまず一つ。そして暑すぎず寒すぎない気候。これに関してはこの地域は当てはまっていますね。さらには魔力濃度が高い場所。エルフ国家のウッディントローンもそうですけど、ダンジョンもこれに該当します。最後に清浄な水源。少しでも泥や他の動物、魔物の血や排せつ物などが混ざれば、瞬く間に枯れてしまうんです」

「……無理じゃない?」

 フラヴィの顔が引きつった。

「ええ。ですのでウッディントローンではこれらを厳重に管理して、ソリューヌの葉の栽培に成功しているんです。一大産地かつ超重要資源ですからね。乾燥して煎じた薬には金貨百枚の価値が付きますよ」

「ひゃく……」

 フラヴィが呆然と呟き、ネリーが目眩を起こして壁にもたれた。

「それ以前に、白竜病というのが初耳だったわ」

 肉を包む手を止めないまま、ディアナが言う。

「どういう病気か知っているの?」

「全身が少しずつドラゴンの鱗のように硬質化する病気です。硬くなった皮膚が白いドラゴンの鱗に見えるから、そう呼ばれるようになりました。皮膚だけじゃなく、髪も、いずれは内臓も硬くなり、最後は死に至ります」

「治療法は、そのソリューヌの葉だけなの?」

「専用の解毒薬を定期的に飲めば、時間はかかりますけど完治します。それも主な生息地がダンジョンですから、入手が難しいんですけどね」

「……そう」

 薬の材料がそもそも手に入らなければ、医者だってお手上げだ。それも、子どもの小遣いで買えるほど安価なものでもない。

「……その薬の材料って、森にあるのかしら」

 ディアナがぽつりと呟いた。

「どうでしょう。僕はダンジョンに入ったことがないので、詳しくは。レヴェトン先生ならご存知かもしれませんね」

 スタニスラフはそう答えるだけに留める。

 酒場では様々な情報が錯綜する。誰かの愚痴や悩み事が節操なしに飛び交う。

 ディアナはそれらの中から、気になる話に首を突っ込む。空振りに終わったり嫌がられることもあるが、それでも彼女は困っている人を捨て置けない。

 今では普通にやり取りしているトレントの薪の調達も、最初は冬を越せない家があるという小さな悩みからだった。ディアナが狩りのついでに「狩りすぎちゃったからよかったらどうぞ」と薪を譲ったのだ。魔物の薪と言うことで怖がっていた住人たちだったが、背に腹は代えられない。山積みの薪を一晩分だけ持って行くと、なんと暖かいことか。それから定期的にトレントの薪を頼むようになったのだ。

 今回もディアナのお節介だ。薬に関して素人である彼女が普通の草と薬草を見分けるのは難しい。時には専門家でも判断に悩むものがあるくらいなのだ。

 白竜病という難病にかかってしまった母親は気の毒だが、天命に身を委ねるしかないだろう。


◆   ◆    ◆


 翌朝、ディアナは狩りの前に医者のレヴェトンを訪ねるべく店を出た。お弁当は留守番のフラヴィに任せている。

「白竜病に効く薬草?」

 朝のお茶をゆっくり飲んでいたレヴェトンは眉を逆立たせた。

「女将さん、ハロン坊のとこの話を聞いたのかい?」

「小耳に挟んだ程度ですよ。ダンジョンに自生している薬草が、どんなものか気になっちゃって」

 笑いながらディアナが応えると、レヴェトンはわざとらしいほど大きなため息をついた。

「はぁー……。昨日もハロン坊が泣きついてきたから教えてやったが……。ほら、これだ」

 書棚から引っ張り出した大きな図鑑を開き、レヴェトンがあるページを指さす。

「これが特効薬のソリューヌの葉。そしてこっちが、治療薬の原料であるユリィウスだ」

 図鑑には大きなスケッチが記されていた。最初に示されたソリューヌの葉は柳に似た形をしていて、地面を這うように葉を細く長く伸びている。対するユリィウスという植物は、細かい根に太い茎、申し訳程度の小さな葉の上に大きな皿のような花が咲いていた。上から見たスケッチでは、外へ広がるにつれて花びらが大きく広がっている。書き込まれたメモによれば、花びらは白く硬い。おしべとめしべは鮮やかな黄色に染まっているようだ。

「自生しているソリューヌの葉はまずお目にかかれない。かといって、ユリィウスもそうあるものではない」

 レヴェトンが苦々しく言う。

「薬師協会に問い合わせているが、望み薄だろうな」

「そんな……」

 ディアナも歯噛みする。

 ハロンはまだ五歳だ。父親はおらず、母と二人暮らしだった。唯一の肉親がいなくなれば、彼はどこへ引き取られるのか。もしかしたら町を出て、大きな町の孤児院に送られるかもしれない。

 それは悲しいことだ。

「先生、ユリィウスはダンジョンに自生しているかしら?」

「しているにはしているだろうが……、あんた、採りに行く気か?」

「話を聞いて見捨てられるほど冷たくないのよ」

「こいつらはダンジョンの中でも一等奥に生えている。おそらく魔物が生まれるための魔力溜まりが影響しているからだろう。あとは日差しをよく好む。その条件にあてはまる場所があそこにあるのか?」

「……ええ、一ヵ所だけ」

 心当たりがあった。

 かつて森の主として君臨していたギガント・ベア。その住処は日差しを遮るものがほとんどなかった。そして突然変異個体である魔物が倒れた場所であれば、内蔵していたマナが肉体を離れて大地に染み込んでいてもおかしくない。

 条件は揃っている。

「先生、ハロン君のお母さんの容体は持ちそう?」

「あれはゆっくり進行する病気だ。今日明日の命ではない。ユリィウスが採れたなら、三ヵ月で完治する見込みはある」

「わかった、何本必要?」

「三本でいい。だがひとまず一本だ。いいか、花はつぼみでも構わない。だが根から花まで余すことなく持って帰ることだ。どれか一つでも揃わなければ薬としては不完全だ」

「わかったわ」

「先生!!」

 その時、ドアを壊す勢いで誰かが入ってきた。冒険者だ。

「女将さんいる!?」

「大声を出さんでもここにいる。どうした」

「ハロンがいなくなった!」

「なに!?」

 レヴェトンとディアナが息を呑んだ。

「昨日の夜から帰ってきてないって、母親がギルドにやってきたんだ」

「なんと、あの体でか」

「今、居合わせたヒーラーたちが痛み止めの術をかけてる。女将さんの居場所を店に聞いたら、森じゃなくてここだって聞いたんだ」

 飛び込んできた冒険者がディアナの肩を掴む。

「お願いだ、女将さん。ハロンを探すのを手伝ってくれ」

「もちろんよ。ついでに薬の材料を探すわ」

「あるのか?」

「特効薬じゃないけどね。でも実物を見たことがないから、期待はしないで」

「女将さん、ちょっと待て」

 レヴェトンが引き出しをひっくり返し、紙を一枚取り出した。

「こいつは私が書いた薬草の写しだ。フィールドワークでよく使っていたものだ。持っていきなさい」

「ありがとう、お借りするわ」

 レヴェトンに礼を言い、ディアナは冒険者に向き直る。

「私は森の最奥を目指すわ。みんなは手分けして森を捜索して!」

「わかった!」

 冒険者と別れたディアナは銀のカナリア亭に引き返す。

「女将さん、おかえりー」

「ただいま、かなり厄介なことになった!」

「え?」

「お弁当はいらない。ハロン君が行方不明なの。たぶん森だから、冒険者たちと森狩りする!」

「ちょっ、そんな大事になってるの!?」

 フラヴィの悲鳴はもっともだが、悠長に説明している暇はない。

「料理長とスーくんが戻ってきても止めといて! 二次遭難とか本当に笑えないから!」

「と、止められるかな……?」

 別の意味で冷や汗が流れたフラヴィを尻目に、ディアナはいつもの荷物を担ぐ。リュックの中にはレヴェトンから借りた写しも入っている。

「じゃ、行ってくるわ!」

「う、うん。いってらっしゃい」

 フラヴィの返事も聞かずに森へ飛び込む。

 夜は魔物が活発化する。その原理はまだ解明されていないが、太陽の光が魔物を弱体化させる説が有力だ。つまり日中の魔物は本領を発揮できていない。比較的安全な時間帯に冒険者たちは魔物を狩るのだ。

 だから、夜のダンジョンに入るのはよほど腕に自信があるか、己の腕を見誤った大馬鹿者のどちらかである。そのどちらでもないハロンは幼すぎる。魔物の格好の獲物でしかなかった。

 もしかしたら、と最悪の事態が頭をよぎる。おそらく銀のカナリア亭で冒険者に断られた後、森に入ったのだろう。日に日に悪化する母の症状を間近で見ていたら、焦っても仕様がないとは思う。しかしそれで命を落としたら本末転倒だ。

 ディアナはトレントもビッグ・ベアも素通りして、目的の場所まで走る。伊達に毎日森の中を駆けていない。道はよくわかっていた。

 一時間とかからずに、開けた場所に辿り着いた。何度来ても、ここは空気が違う。ダンジョン特有の重さが感じられず、どこまでも高く飛んでいけそうなほど軽く、澄んでいる。

「ハロン君、どこー? ハロンくーん!」

 ディアナはそこで叫んだ。そう素直に返事をしてくれるとは思っていないが、呼ばなければ相手の居場所もわからない。

「迎えに来たわ! お母さんたちが心配しているの! 一緒に帰りましょう?」

 一度口を閉じて、周りの音に神経を研ぎ澄ませる。だが聞こえてくるのは痛いほどの沈黙と、たまに聞こえる鳥のさえずりや魔物の足音。

「ハロンくーん!」

 再び叫んだ。

「薬を探していることは知っているわ! 私も手伝うから!」

 呼びかけながら歩き回る。

 不意に、トレントの気配がした。

 トレントは木に擬態する魔物。その性質は本物の木にそっくりで、見た目も見分けがつかない。うっかり近くで休憩していたら枝や根に囚われて養分にされる、なんで話は尽きない。

 静かに血の気が引いていくのを感じながら、そちらへと歩く。

 トレントが無数の根を動かして、器用に移動しているところだった。光合成をしないと生きていけない珍しい魔物だが、刺激しなければ襲ってこないのは擬態中と一緒だ。

 ディアナも警戒しながら離れようとした。

 トレントの体がいびつに膨らんでいて、ウロのような穴から小さな手が出ていると気付かなければ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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