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13.スレンドの森の珍騒動

 スレンドの森には、魔の動植物が豊かに暮らしている。

 木の魔物トレントは枝や根を操り敵対者を屠る。鶏の魔物コカトリスは強烈な一撃で胸に大穴を開ける。鳥の魔物メタルポインターの群れに遭遇したら、真っ先に逃げる。でないと体中が穴だらけになる。山羊の魔物モンディールの後ろに立つな。蹴られて死ぬぞ。ボアボアの家族は穏やかだが油断するな。轢かれたらミンチにされる。そして熊の魔物ビッグ・ベアは目を逸らさないままゆっくり後退して逃げろ。背を向けて走ったら確実に追ってくるぞ。

 ダンジョンは、朝が来れば新たな魔物が生まれる性質を持つ。だから冒険者たちは定期的に彼らを狩って数を調節し、異常増殖(スタンピード)を防ぐのだ。


 その日、二人組の冒険者はモンディールを探していた。数は三頭。頭の大きな角を持ち帰れば報酬が手に入る。

 片方の冒険者が思い出したように言った。

「そういえば、この間来た商人がモンディールのチーズを持ってたっけ」

「へえ」

 モンディールは大きいが大人しい。魔物にしては珍しく友好的な種だ。飼いならしている地域では、その乳を搾りチーズなどを量産していると聞く。銀のカナリア亭ではほぼ肉専門で、チーズなどの加工品までは手が回らないのだとか。

「じゃあそこでもモンディールの肉って食ってんの?」

「いや、相変わらず硬くて食べれないから、乳の出が悪くなったら泣く泣く殺して焼いて処分しているんだと」

「もったいねえ!」

 冒険者が嘆いた。魔物肉の処理は手間がかかるが、それを差し引いても美味しい。いや、丁寧な下処理をしているからこそ、あの味が出るのだ。

「魔物メシ、もっと広がるといいのになあ」

「そんなことしたらあの店の売り上げが落ちるだろ」

「いやいや、むしろ元祖魔物メシの店として広めてもっと売り上げを上げる」

「なるほどその手があった」

「うわあっ、あっあああっ!?」

 話に花を咲かせながらモンディールを探していると、第三者の悲鳴が聞こえた。二人が会話を切り上げてそれぞれの獲物に手をかける。

「なんだ今の?」

「悲鳴……なのか?」

 あたりを油断なく見回しながら、二人で首を傾げ合う。

 条件反射で攻撃準備に入ったが、周りに魔物の気配はない。それに、あの声はなにかに怯えると言うよりもびっくりしたと表現した方が近い――

「わっ、わっ、わあっ!?」

「うおおっ!?」

 横の茂みから飛び出してきた別の冒険者に、片方が飛び付かれた。

「え、なに? 何事?」

 明らかに混乱している様子の冒険者を相棒から引きはがす。彼はソロで活動している冒険者だ。実力はA級なのだが、チームプレーが壊滅的すぎてB級止まりなのだ。

「ちょちょちょ、あの、こ、これは……っ!」

「どうしたんだ、ちょっと落ち着け」

 顔を真っ赤にして慌てる冒険者を二人がかりで宥める。飛び出してきた冒険者は揺さぶられたり背中を叩かれたりして、ようやく状況を理解し始めた。

「……あ、ここ、森?」

「そうだぞ」

「どこだと思ってたんだよ」

 二人は笑っているが、冒険者の方はまだ顔を赤くして両手で顔を覆っている。

「ええー……。いやでも、見間違いか?」

「なんだよ、なにを見たんだ?」

 にやにやしながら訊ねる。普段は誘ってもソロがいいと突っぱねてくるのでいい印象をもっていなかった。そんな彼がこれほど慌てふためくのを見るのは珍しかったし、面白かった。

「…………女将さん」

 やがて、冒険者が観念したようにぼそぼそと言った。

「え?」

「女将さん?」

「そう……あっちで水浴びしてた」

 左手で後ろを指さす。しかし二人が覗き込んでも、ただ森が広がるだけ。ディアナの姿どころか、水場ですらなかった。

「いないぞ? 女将さん」

「ああ。つーか水の〝み〟の字もない」

「ええ?」

 冒険者が変な声を出した。

「嘘だあ。水場についたから休憩しようと思ってたら、女将さんが来て脱ぎ始めたんだぞ」

「「はあ!?」」

 これには二人も声を上げた。

「ちょっと待てそれ本当か!?」

「いくらなんでもうらや……いやアカンだろ!?」

「そう思って俺も逃げてきたんだよ!」

「ていうか、今お前の目にはどう見えてるんだよ。あそこらへんにいるの?」

 相変わらずなにもない場所を適当に指さしながら訊ねる。冒険者は恐る恐るといった風に振り返る。

「……あれ?」

 そして首をかしげた。

「いない」

「「は?」」

 思いっきり声が低くなった。

「お前、ふざけてんのか?」

「ふざけてねえ! つーかこんな場所でふざけられるか?」

「ふざけられないな」

「だろ!?」

「俺らに同意を求めるなよ。今夜にでも女将さんに直接訊きゃあいいじゃねえか」

「うう……それ無理……」

「なんでだよ」

「……わりとがっつり見ちゃったから」

「「はいアウトー!」」

 顔を覆って小さくなった冒険者を二人で蹴った。

「いってえ!」

「羨ましい! この際だからもう一度言うぞ、羨ましい!」

「女将さんいい体してるよな!」

「そう! んでもって思った以上にプロポーション良かった!」

「なんだと!?」

「実は筋肉の塊だったとかじゃなくて?」

「全然。見ただけでわかる、柔らかかった!」

「あらー、嬉しいこと言ってくれるわねえ」

「ですよ、ね……?」

 三人の冒険者が固まる。

 いつの間にか輪になって座っていたが、そこに四人目がいる。

「で? 私がどうしたの?」

 にっこりと、どこか陰りのある笑顔で小首をかしげるディアナ。

 絹を裂くような野太い悲鳴がスレンドの森に響き渡った。


「あー、それオバケキノコの胞子を浴びたのね」

 冒険者たちから事のあらましを聞いたディアナは一人頷いた。その正面では冒険者たちが自主的に正座している。

「オバケキノコ……って、暗くてじめじめした場所にいる魔物ですよね?」

 冒険者の一人が恐る恐る訊ねる。オバケと名が付くが、幽霊のように不確かな存在ではない。人と同じくらいの背丈で歩き回るから、通常に比べてオバケサイズの意味を込めて付けられたのだ。

「そうよ。霧が深いと日中も歩き回っていたりするのよね。ばら撒いた胞子が残っていたのかしら」

 ディアナは異変が起こった周囲を睨みながら推理する。

「オバケキノコの胞子には、幻覚を見せる作用があるのよ。それで同士討ちになった冒険者の話は枚挙にいとまがないわ。胞子を浴びたのが一人だったから、ただ混乱しただけで済んだのかもね」

 冒険者三人はゾッと体を震わせた。ソロの冒険者は仲間がいないことを今回ばかりは感謝した。二人組の冒険者は、自分たちが胞子を浴びなくてよかったと同じく感謝した。

「もう幻覚が見えないってことは、慌てて逃げている間に胞子は落ちたってことかしらね。よかったじゃない」

 ディアナがソロの冒険者の頭を軽く撫でる。

「じゃ、私はもうちょっと奥に行ってくるから。あなたたちも気を付けてね」

「「「……はい」」」

 さくさくと森の奥へ進んでいくディアナを見送って、三人は顔を見合わせる。

「……今日はもう帰ろうと思う」

「賛成」

「今日は無理」

 痺れた足に四苦八苦しながら、三人は互いの肩を借りるようにして森を後にした。


◆   ◆    ◆


 冒険者はその日暮らしが基本だ。自暴自棄などではなく、いつ死ぬかわからないのにカネをため込んでいてはもったいないからだ。

 依頼を失敗しても腹は減る。そういう時は、他の冒険者たちに拝み倒して食事をおごってもらう、あるいは後日返す約束をして金を借りるのだ。

「いやもう、ほんっとうに最悪だった!」

 木のジョッキをテーブルに叩きつけて冒険者たちは管を巻く。

「オバケキノコの胞子を浴びるわ、女将さんの幻覚に惑わされて逃げたら女将さんに捕まるわ! 踏んだり蹴ったりだ!」

「そりゃ、胞子を浴びちまったお前が悪いな」

「お前たちはとんだとばっちりだったな。ほら、これも食え」

「あざます……って流れるようにお前が嫌いなサラダを押し付けるな!」

「バレたか」

 店の一角でそんな話を繰り広げながら、銀のカナリア亭は今日も賑わっている。

「あ、女将さーん。こいつら今日お灸をすえてやったんでしょ?」

「え?」

 たまたま通りかかったディアナをなじみの冒険者が呼び止める。

「聞きましたよ。女将さんのあられもない姿を見てこいつが逃げ惑ってたって」

「ちょおおおおおい!? 今ここで蒸し返すなあああああっ!」

 テーブルの反対側にいたソロの冒険者が止めようとするが、ジョッキが倒れて馬鹿笑いを誘発しただけだった。

「んー?」

 ディアナが首をかしげる。

「なんの話?」

「とぼけないでくださいよ。今日の狩りの途中、こいつらに出会ってオバケキノコにでくわしたことをみっちり説教したんでしょ?」

「女将さんが急に水浴びを始めて、こいつが気が動転して逃げたんだって?」

「んでこのコンビも、説教するどころか途中で乗り気に……」

「わー! バカバカバカ!」

「これ以上は駄目! 絶対!」

 二人組の冒険者たちが慌てて仲間の口を塞ぐ。漫才のようなやり取りに周囲がげらげらと笑った。

 ディアナが難しそうな顔をして口を開く。

「……私、あなたたちに今日会ったのは今が初めてよ?」

「……え」

 酒場の空気が凍り付いた。

「……女将さん、今日はどちらへ狩りに?」

「森の南の端っこよ。たしかに最近、雨が降っていたから、オバケキノコは多くなっているけどね。今日も何匹か狩ったし」

 たしかに今日は、大ぶりなオバケキノコのステーキがよく出ている。淡白だけど肉質がしっかりしているので、肉が苦手な客に人気だ。

 なじみの冒険者がゆっくりと三人を見る。

「……お前ら、今日はどこ行った?」

「……森の北の端。モンディールを追って」

 二人組の片方が答える。

 いくらディアナでも、南端と北端を瞬間移動できるほどの脚力はない。

「…………。胞子の幻覚、残っていたみたいね」

 気まずそうにディアナが言う。

 じゃあ、あの時冒険者の頭を撫でたのは、一体……?

「たぶんだけど、モンディールかビッグ・ベアだと思うわ。……死ななくてよかったわね」

 絹を裂くような野太い悲鳴が、銀のカナリア亭に響き渡った。

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