必要なものとそうじゃないもの
3つほど区画を進んだ先に道具屋があった。
香辛料の様なハーブの様な、何とも言えないスッとする香りが店の中に漂っている。それが上級ポーションの香りなのだと、ルートさんは耳打ちしてくれた。
「道具屋さんと花屋さんのような漢方屋さんを足した感じっぽい」
「カンポーヤがどんなものか知らないが、この匂いは上級特有だ。覚えておけば、これを作っている道具屋は一流ってわかる。」
成程。上級ポーションを作れるかどうかが一流のボーダーラインと‥‥。
「ファルはいるか?」
「ふぅ、この匂いがしてたら、ポーション作ってるから出直せって何回言わせるの?」
「今、ポーション作りの真っ最中?!」
「おや?このお嬢さんは‥‥外の旅人かい?」
「ヒマリと申します。作っている最中に来てしまってすみません」
謝ると、然程怒っていないのか、丁寧にどうもと笑顔で返された。
ファルと呼ばれた道具屋さんは、黄緑がかった金色の長髪で、深緑の瞳をした耳が尖っている男性だった。器用に乾燥した葉から葉脈を剥いでいる。
「今作業中だから、好きなの見てて」
そう言われてルートさんは、小さな小物を幾つか見ている。ファルさんの作業が気になった私は、彼の手元を見ていた。
「君、ポーション作りに興味があるの?」
「なんとなく。私の居た場所にはポーションって無かったから。気が散りますか?」
「いや、ならカウンターの中においで。実際やってみると良い」
「手伝っても良いのですか?」
興味があるならやった方が楽しいでしょ?と言われて、確かに経験することは今を逃したら無いだろうと頷いた。
彼がやっていた乾燥した葉っぱの葉脈取りを手伝い始める。やって気が付いたのが、葉脈を取りやすい水分量に調整されている事が分かった。
「手際が良いね。初めてにしては、剥がし残しが無くて綺麗にできてる」
良かった。手伝ってポーションの質が落ちたら大問題だ。
「ここまでが上級ポーションの材料。ここからが超級ポーションを作れるかの実験をしている。光苔の雫が良さそうなんだけど、イマイチ効能が出ない。これは皇帝スパイダーの雲糸の雫」
説明をされている内に、研究魂がもたげてきてしまう。
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超級ポーション
素材:上級ポーションの材料と光苔の雫
皇帝スパイダーの雲糸にある朝靄の雫
属性効果:万能薬に近い回復薬
どのような傷も治す。
相乗効果:
月光草を月夜に当てて絞った汁を
加えると上位の物になる
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綺麗な言葉で書かれているけど、視なければ良かった。知らないで飲むのと知って飲むのでは気分的な物が違う。
昔から漢方薬で知らなきゃ良かったと、何回嘆いたか。地竜を煎じてくれた祖母が生姜と共に飲ませてくれたが、鎮咳・鎮痛の効果は抜群に効いたものの、その正体を知って魂が飛んで行きそうになった。
光苔の雫も皇帝スパイダーの雲糸も月光草も、動いている物では無いので良しとしよう‥‥そう結論付けた。
「何か視えたのか?」
「ルートさん‥‥実は‥‥」
書かれていた事を二人に全て伝えてみた。
「『皇帝スパイダーの雲糸にある朝靄の雫』って俄然、難易度が上がっちゃうなぁ。C級には任せられない」
「皇帝スパイダーは朝が活発になるからな」
「そっか、文献に書かれている素材も、採取の仕方や加工条件があったんだねぇ‥‥根底から作り方を確認したい気分だよ」
ルートさん、ファルさん、共に何か考え込んでしまった。
「ヒマリちゃん、今みたいな鑑定はトールがいる時だけ言葉にした方が良いからね。君のスキルは滅多に無いレア中のレアだから、変な人に目を付けられないようにするんだよ」
「え‥‥変な人‥‥?」
「今の鑑定で、古文書のような文献を紐解く鑑定眼だと分かったからな。大した事の無い鑑定眼だったとして、スキルは隠しておいた方が良さそうだ」
「でなきゃ、監禁されて力を酷使されたりしちゃうかもしれないからね」
笑顔でさらりと物騒な事を言っているファルさん。でも、二人が言っている事は真実なのだと理解できた。
「私のスキルは、そんなに便利な力なんですね」
「そうだね、ルートが君のコンダクターで良かったよ」
「コンダクター?ガイドではなくて?」
微妙に意味合いが違うと言われてしまった。私の全てに関与してくる意味合いがあるから、案内人と言うよりコンダクターだと、聞かれた時にそう答えた方が良いとファルさんに言われた。
「ルート、ヒマリの目的って‥‥」
「『休み』だ。だが、どうしても働く思考になるらしい」
『社畜』なのだと説明されて、少し空しく思ってしまう。でも、二人はとても真剣に話していて、私にどうやって休みを意識させるか考えてくれている。
「取り合えず、ファルの指導を受けてみてくれ」
「じゃあ、この店で自分に必要そうな物と必要じゃないと思った物を見つけてみて?」
随分真逆の物を指定してきたなぁと思いつつ、私は小さな小瓶のセットやメモ帳、シャーレの様な物を必要な物として伝えて、窓際に飾る物を必要じゃない物として選んだ。
「まるで調合師みたいな道具を必要としているんだね。必要じゃない物は装飾品か‥‥ルート、ヒマリの傾向が分かったよ。」
ファルさんがルートさんに何か話して、二人は頷いて笑った。