第二王子グロット 5
いつの間に寝てしまったのか、誰かが私の名前を呼んでいる。
『ヒマリ様、気付かれましたか!』
「!(ハンゾウ長老)」
声が出せず、目配せで大丈夫だと伝えると、ハンゾウ長老は今までの事を話始めた。
ゼノン侯爵がファレシア王女を連れて船に乗り込む準備のため、近くの宿屋に軟禁している状態だという。私もその時にここへ運ばれて来たのだそう。
「あのエスタリーグが女を連れ込んだって部屋はここか?!」
「グロット王子、なりません。大魔導士様を怒らせるおつもりですか?!」
ガツッ、ガツッ、ドカッ!
ドアを蹴破る音がして、赤銅色の髪をした色白のチャラい男が入って来た。下品な眼差しが自分に寄せられている事は分かったが、この男がグロット王子なら実の父親のエサル王を殺そうとした大罪人だ。
「反抗的な目だな、俺をそんな目で見るな!」
「!!っ‥‥」
近くの花瓶を投げつけられ、腕に当たって地面に落ちて割れた。怒ったハンゾウ長老が飛び出そうとするのを、布団をかけて押さえ隠した。今、精霊が見つかるのは良くないと感じたし、精霊が何らかの形で人間に怪我を負わせても良くないと感じたからだ。
いろいろと考えてしまったのと、腕が痛みで熱くジンジンして動けなかったので逃げるのを逸してしまった。
グロット王子はそんな私の胸倉を掴んで持ち上げた。首が徐々に締まって、息が出来なくなっているのに助けを呼ぶことも抵抗することもできない。
パーン!
物凄い痛みが頬に広がって、平手で殴られた事のだと理解した。後ろで兵士が慌てて留めに入ってくるのが見える。
「お前もだ‥‥どいつも、こいつも、誰も俺を見ていない」
これが王族のやる事なのだろうか?それよりも、私はこの男に殴られるような事をしたのかと考えて、これが理不尽な行いによる暴行なのだと思った。
口の中に広がる血の錆びた鉄の味が、痛みと一緒に口の中で主張している。冷酷な目の前の男は、人権なんか考える頭を持っていない。簡単に命を踏みにじる男なのだと。だから実父の王や国にとって大切な精霊に手を出しても、大罪を犯した罪の意識が無い。
この国の裁きは正直厳しいと思ったけど、大罪を犯した者の首が飛ぶというのは、あながちこの国ならではの選択だったのだと、頭の片隅で思ってしまった。
朦朧とする意識が徐々に暗くなって閉じていく感覚が支配していく。
「なぜ、私の部屋のドアが蹴破られているのです?」
「エスタリーグ様!後ろの者達は?」
「おい、本当にヒマリは無事なんだろうな?」
「グロット、何をやっている!」
遠くの方で聞きなれた声がする。途端に自由になった体がベットに崩れ落ちた。その身体を抱きとめてくれる腕が、ルートの手だと分かって力が抜けていく。
「私のヒマリを良くも!」
「ヒマリ!大丈夫か?!」
「あのね、君のじゃないから。というか、あの王子生きてるかな」
壁を突き抜けて吹っ飛んだ暴漢は、宿屋の前の道に叩きつけられたようだった。視界が狭まった状態で見上げると、ルートとファルが心配そうに覗き込んでいる。
「すまないヒマリ、グロットが此方に来るとは思わなかったんだ。今、治癒魔法をかける」
「‥‥」
「おい、エスタリーグ、ヒマリの声はどうした?」
「‥‥重ね重ねすまない。つい、趣味に走って‥‥」
「貴様!」
ルートさんの長剣をヒラリとかわしながら、私に回復魔法をかけるエスタリーグという男の人。顔の腫れが治っていく。口の中の痛みもしっかり治まって、傷自体がなくなったようだった。
「ちょっと待って欲しい、首もかなり痛めているね」
「だい‥‥じょ‥‥ぶ」
枯れたような声で絞り出したら、ファルの杖がエスタリーグの顔にクリティカルヒットしている。
「護衛失敗してんなよ!何考えて声出せなくしたんだ!この似非魔導士!」
「こいつに頼むのは反対だったんだ。二度と変な術をかけるなよ!」
あれ?この反応は、もしかしてエスタリーグさんは味方だったの?




