6 ブラン家の日常
リアムとミシェルは手をつなぎながら部屋に入ってきた。
二人はお目当ての姉を確認すると、顔を綻ばせながらルイーズに駆け寄ってきた。
「姉上、お帰りなさい」
「ただいま、リアム。ミシェルの面倒をみてくれてありがとう」
「いえ、ミシェルはいい子にしていたので大丈夫です」
ルイーズはリアムに微笑みながら頷いた。 リアムからミシェルに顔を向け、ミシェルの目の高さに合わせるように屈んでから話しかけた。
「ミシェルはおにいさまの言うことをきちんと聞けたかな?」
「うんっ! にいたまのゆうことちゃんときいたよ。ねえたまのこと、おへやでまってた」
「そう、偉かったわね。今日はお部屋に行けなくてごめんね、ミシェル」
「うん、いいよ」
かわいい妹から許しをもらい、ルイーズはミシェルの頭を優しく撫でた。
♢
三人は、ルイーズの部屋を出て、母親の部屋に向かっていた。
夕食前の時間は、母親の部屋で一日の出来事を話すことが日課になっている。
今日はいつもより遅い。そのため、話せる時間は短くなってしまった。
母親のエイミーは、三年前の出産で出血がひどく、二年前まではベッドの住人だった。 しかし最近では、お茶会やパーティーに参加して、貴族夫人の義務を果たしている。だか、会に参加した翌日には、またベッドの住人となる。ルイーズは、その姿を見るといつも悲しい気持ちになる。
回復の兆しは見えてきたが、まだまだ症状は不安定だ。できることなら、全快するまでゆっくりしてほしい。とは言っても、貴族夫人としてはそうも言ってはいられないようだ。弟のリアムがブラン子爵を継承するまでは、社交活動を続けるのだろう。
エイミーの部屋につくと、ノックをしてから声を掛ける。
「お母様、ルイーズです」
「リアムです」
「ミシェルでしゅ!」
「三人とも入って」
部屋の中からは優しい声が聞こえてきた。
「失礼します」
ベッドのヘッドボードに背を預けて、リラックスした様子のエイミー。
ルイーズは、いつもその姿を確認すると安心する。
「お母様、お加減はいかがですか」
「ありがとう。大丈夫よ」
「それなら良かったです。夕食は食べられそうですか」
「ええ。折角だから、皆でいただきましょう」
「はい、お食事はお部屋に用意していいですか」
ルイーズは、頷く母親を確認してからリアムの方に振り返る。
「リアム、今日のお夕飯はお母様の部屋で頂くと、お父様に伝えてきてくれるかしら」
「はい、伝えてきます」
「よろしくね」
「マーサ、お夕飯はお母様の部屋で取ることを料理長に伝えてほしいの、お願いね」
部屋に控えていた侍女のマーサにも、すぐさま伝えに行ってもらう。
「かしこまりました、ルイーズお嬢様」
リアムとマーサを見送った後、ミシェルを見ると少し眠たそうな表情だ。ミシェルを抱き上げベッドに上げると、眠気眼で「かあたま……」と呟きながら手を差し出した。受け入れようとするエイミーに、ミシェルを預けると、安心したのかウトウトとし始めた。
「ルイーズありがとう。いつも二人の面倒を見てくれて、本当に助かっているわ」
「二人とも、私にとって可愛い弟と妹よ。好きで面倒見ているのだもの。お母様がそんな風に思わないで。ゆっくり療養して、体調が回復したら皆でお出かけがしたいわ。ピクニックとか楽しそう。きっと二人も喜ぶわ」
「そうね、楽しそう。二人の喜ぶ姿が目に浮かぶわ」
「…………」
母親と話していると安心したのか、ルイーズの目からはほろりと涙が頬をつたった。
「ルイーズ、もっと私のそばに来てちょうだい」
自分の側に来たルイーズの手を、そっと握るエイミー。
「私の可愛いルイーズ。いつも家族を気遣い支えてくれて、本当に感謝しているわ。ルイーズは頑張り屋さんだから、たまには自分を甘やかしてあげて。好きなものを食べて、好きなことをして……たまには家族に我儘を言って、困らせてもいいのよ」
「……うん」
ルイーズは、エイミーの言葉を聞くと、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。