3 ルイーズの願い
ルイーズは屋敷に戻るとルーベルトの執務室へ続く廊下を歩いていた。
その表情からは緊張が伝わってくる。ドアをノックして、部屋の中に入ったルイーズは、ルーベルトに声をかけた。
「お父さ「待ってくれ!」ま……」
「トーマス! 直ぐにエイミーを連れてきてくれ!」
ルーベルトは、ルイーズの言葉を遮ると、トーマスにエイミーを呼びに行かせた。
そのままルイーズにソファーへ座るように勧めると、自身は机の周りを行ったり来たりと落ち着かない様子で歩き回る。
二人の間に沈黙が続く中、エイミーとトーマスが執務室に入ってきた。
「あなた、何事ですか?」
「急に呼び出して悪かった。恐らく、正気はいられない気がするんだ」
エイミーはソファーに腰を下ろすとルイーズに声をかけた。
「そう…ですか。ルイーズ、どうかしたの?」
「進路のことでお話があります」
エイミーは、仕方ないわねという表情でルーベルトを見る。
「そう。あなた、話を聞いてあげてくださいな」
ルーベルトは、黙ったままソファーに腰を下ろした。
「今日、先生から、首席での卒業が確定したことと、王宮への推薦状がいただけるというお話を聞きました」
「ルイーズ、おめでとう! 貴女は本当に頑張っていたものね」
「お母様、ありがとう」
エイミーは、喜ばしい出来事とは裏腹に、緊張の色を帯びたルイーズの表情に気づいた。
「もしかして、何か迷っていることがあるのかしら?」
「はい。王宮への推薦は心惹かれるものでしたが、辞退したいと思っています」
それまで黙って話を聞いていたルーベルトが口を開いた。
「何故、辞退するんだ? 心惹かれるなら、推薦状はもらっておいたほうがいい。王宮は働きたいと思っていても、誰もが働ける職場ではないんだぞっ」
「——はい。ありがたいお話だと思っています。でも、卒業後は侍女として、クレメント家の御息女にお仕えしたいと思っています」
「......はっ? クレメント? 御息女の...侍女?」
驚きを隠せないルーベルトは、「なぜそんな話になるんだ」と呟いた。
「長期休暇に、クレメント家でお世話になったとき、何度酷い目にあっても、『大丈夫』と答える彼女を支えたい、お力になりたいと思ったのです。
こちらに戻って来てからも、ずっとお手紙でやり取りをさせていただいています。辺境伯爵様と姉のレアさんにも、侍女の件はお伝えしています。勝手なことをして申し訳ございません」
「あんなに頑張っていたのに、いいのか? その努力が認められて、王宮に推薦してもらえるんだぞ? それに、辺境なんか行ったら、中々会えないじゃないか!」
簡単に許されるとは思っていなかった。却下されても何度でも頼み込もうと思っていた。ルイーズはルーベルトの表情を見るとほんの少し胸が痛んだ。家族の切ない表情には弱いのだ。しかし、この考えを曲げるわけにはいかない。
「お父様、ごめんなさい。どうか、行かせてください」
ルイーズはルーベルトに頭を下げた。
「…………」
ルーベルトは両手で顔を覆い項垂れた。エイミーに背中を擦られても復活できそうにない。
エイミーは困った様に笑うと、ルイーズを安心させるように口を開いた。
「ルイーズの中では、もう決まっているのね。でも、お父様には時間が必要みたい。落ち着いたら、またお話ししましょう」
「はい」
ルイーズは、ルーベルトを気にしながらも部屋を後にした。
ドアが閉まると同時に、ルーベルトが顔から両手を外した。
「勘弁してくれ......最後の言葉はだめだ。もう泣きそうだ。はぁー、彼奴の喜ぶ顔が目に浮かぶ。クソッ!」
「予想していた内容とは違うけれど、遅かれ早かれ、こうなることは分かっていたのよね?」
「侍女だとは思わなかったがな…………はぁー」
「ふふっ。気持ちの整理がついたら、言葉をかけてあげてね」
♢
両親に自分の希望を伝えてから数日後。
ルイーズはルーベルトから、「いつでも戻ってきなさい」と告げられた。その翌日には、マノン先生に推薦の辞退を告げて辺境行きを報告した。
「ルイーズとクレアの進路が決まってほっとしたわ。それにしても、こんなぎりぎりに決まるなんて思わなかった」
「皆、長期休暇明けには決まっていたからね」
「「心配かけてごめんね」」
ルイーズとクレアがミアとエリーに謝ると、ミアが疑問を投げかけた。
「クレアは、何故すぐに王宮行きを決めなかったの?」
「姉に教員になりたいと伝えたの。でも、外で侍女の仕事を経験するように言われたわ。それで返事が遅れたの」
「そっか」
「だけど、決まって良かったわ。——でも、これからは中々会えないわね」
エリーの言葉にしんみりとした空気が流れた。
それから、二週間後の卒業式は、つつがなく執り行われた。ルイーズは、両親に見守られながら、首席卒業者の一人として挨拶をした。
毎年、淑女科の首席卒業者が代表として挨拶をする。しかし、女学院長とマノン先生から後輩に残す言葉を伝えてほしいとの依頼があった。ルイーズは、慌てながらも何とか原稿を書き上げて、今日の日を迎えた。
挨拶の途中で、エリーとルーベルトのすすり泣く声に気づいたが、なんとか無事に終了したようだ。
「何かあったら、必ず集まりましょう」
「エリー、何がなくても集まるわよ」
「そうね」
「皆、学院生活は本当に楽しかったわ。ありがとう」
エリーとミア、クレアとルイーズの四人は、抱きしめ合い何かを囁き合うと再会を誓いあった。
ルイーズが屋敷に戻ると、家族や使用人からお祝いの言葉が贈られた。ルイーズの辺境行きは、既に皆に知られていたことから、その夜は遅くまで別れの挨拶が交わされた。
翌日の正午近く、ブラン家を訪ねる者たちがいた。五名の騎士を引き連れた、レアとクロードだ。
「ブラン子爵、申し訳ない。もっとゆっくり来るはずが、気が急いてしまって早く着いてしまった」
「早過ぎます。今日は客室を用意しますから、泊まってください」
レアとルーベルトの会話を聞いて、その場にいたリアムとミシェルが慌てだした。
「姉さま、明日には出発してしまうのですか!?」
「ねえさま? うぅぅ……ぐすっ」
「二人とも、今日は一緒にいられるわ」
その後、
その光景をすまなさそうな顔で見ていたレアが、ルイーズと必ず会えるようにすることをリアムとミシェルから約束させられたようだ。




