10 ルイーズの決意
パーティーのフィナーレが近づく頃、ルイーズとエリーはレアの勧めで夜の庭園に出ていた。
落ち着いた気温のせいか、人もまばらに点在している。二人はドレスを着用していないため、目立たないように脇道をひっそりと歩いている。
「レアさんの言っていた装飾って、これのことね。とても綺麗だわ」
「本当ね。暗闇の中に、蝋燭が置かれているなんて初めてみるわ。あれは、陶器でできた囲いかしら。あんな風にすれば、危なくないわね」
感動するルイーズと、感心するエリー。二人は、パーティーの余韻が残る庭園をゆったりと満喫しているようだ。
しばらくすると、エリーが立ち止まり、ある一点をじっと見つめた。。ルイーズもつられるようにそちらを見ると、そこにはリオンとエマが腕を組んで立っていた。おまけにエマは、リオンの肩に頭を預けているようだ。
「あれは何かしら……」
エリーが低い声で呟く横で、ルイーズは固まっているようだ。
「ルイーズ、ちょっと待っててね」
エリーは真顔で告げると二人のもとに足早に歩いて行った。そして二人の前に立つと厳しい口調で話しかけた。
「二人とも、何をしているんですか?」
「あら、エリー。今、リオンさんにつきまとう女性たちを追い払うために、恋人の振りをしていたのよ」
「リオンさん、失礼ですが、今そんなことをしている場合ですか? こんな些細な事と思うかもしれませんが、こんなことで大事な人を失うかもしれませんよ」
エマはエリーが何で怒っているのか全然わからないといった表情だ。
「エリー、大袈裟よ。リオンさんには、多くの釣書が届いているそうなの。私は、その防波堤になっただけ。それに、エスコートなんて友人でもするものなのよ。そんなことで目くじらを立てないで」
エリーはエマの言葉も聞き入れず、リオンをじっと見つめながら小声で話した。
「今、ルイーズの気持ちは揺れているのに、何でそういう中途半端なことをするのですか」
目を見開き固まるリオンの前に、ルイーズが歩いて来た。
「リオンさん、改めてお話しようと思っていたのですが、お花畑で言ってくれたこと、とても嬉しかったです。でも、卒業後は侍女の仕事を精一杯頑張りたいと思います。どうかお身体を大切に、ご家族を大事にしてください」
「えっ!? ルーちゃん? どういうこと??」
「きっかけではありますが、お二人の様子を見て決めた訳ではありません。それでは、失礼します」
呆然としたリオンとエマは、この場から去る二人の後ろ姿を見ていることしかできなかった。
♢
遠征帰還パーティーの翌朝——
辺境伯から声がかかり、今回の事件を知る者と使用人たち全員がホールに集められた。
「皆、早朝から呼び出してすまない。昨日はご苦労だった。早速だが、結論から言わせてもらう。義妹と姪が、この辺境伯家の乗っ取りを企てていた。俺は、今から二人を連れて王都に向かい、陛下に一部始終を説明してくる。出発は二時間後、急で申し訳ないが、皆それまでに準備を整えてくれ。以上、解散!」
使用人たちが、忙しない様子でホールを後にすると、リオンが辺境伯に声をかけた。
「父上、俺も一緒に王都へ行く」
「お前はいい、ここに残れ」
「何故? 護衛対象も多い。俺も行く」
「お前は振られたからな、反省だ」
「——はっ? 振ら…れた??」
「お前、気づいていないのか? 昨夜あったことは、レアから聞いている。リリーが泣いていたそうだ。可愛い妹を泣かせるなんぞ、どういった料簡だ! 少し、頭を冷やせ!」
辺境伯はリオンに喝を入れるとその場を去った。リオンは固まったまま、その後ろ姿を見つめていた。
そんな二人のやり取りを見ていたレアが、ルイーズとエリーとリアムに声をかけた。
「身内の恥をさらしてすまない。これに懲りず、またここへ遊びにきてほしい。三人には、リリーが本当に世話になった。本人は見送りには出られないが、リリーも私も、皆には本当に感謝している。ありがとう。私は、ここに残るが、どうか気をつけて帰ってくれ」
「レアさん、こちらこそお世話になりました。どうか、リリーちゃんにもよろしくお伝えください」
「ああ、分かった」
ルイーズとレアの話が終わると、エリーがレアに話しかけた。
「レアさん、リザちゃんとエマちゃんはどこでしょうか?」
「エリザベスとエマは、話が終わると直ぐに出て行ったようだ。多分......、エマはエリザベスから説教されていると思う」
「——そうですか。それでは、私たちも準備に向かいますね」
「じゃあ皆、気をつけて」
「「「はい」」」
三人は、急いで部屋に向かうと準備を始めたようだ。支度を整え外に出ると、既に荷物の搬入が始まっていた。ルイーズとリアムは、帯同する騎士たちに荷物を預けると、馬車に乗り込んだ。
しばらくすると、馬車のドアが開き、エリーも二人の馬車に乗り込んできた。
「エリー、エマさんはどうしたの?」
「エマちゃんは、まだリザちゃんにつかまっているわ。多分、一緒の馬車に乗るから、私はこちらにお邪魔するわね」
三人は和やかな雰囲気の中、出発の時を待っていた。外の忙しない空気も落ち着いてきた頃、辺境伯の出発を知らせる声が届いた。
馬車が走り出してしばらくすると、ルイーズはほっと息を吐いた。別れを惜しむように窓から屋敷を眺めていると、馬車に向かい一頭の馬が猛スピードで駆けてきた。その馬が馬車に近づくと、ルイーズは窓を開け、馬の主の顔を確かめた。
「っ! 本当にすまない! どうか許してほしい! 必ず会いに行くから、その時はどうか会ってほしい! お願いだ!!」
リオンの必死の懇願に、ルイーズは思わず頷いてしまった。
馬車を護衛する辺境の騎士たちは、驚きながらも早く屋敷に戻るようにと伝えている。王宮の騎士たちも、リオンの縋るような姿に驚きが隠せないようだ。
すると、リオンの存在に気づいたブライスが大声で叫んだ。
「リオン! 早く戻れ!! 親父殿に見つかったらどやされるぞ!! 早く屋敷に戻れ!!」
「ブライス、護衛たのんだぞ!!」
「っ! 分かってるよ! いいから、お前は早く戻れ!!」
リオンは、ブライスに忠告されながらもずっとその場に留まっていた。
「ルイーズ、大丈夫?」
「——うん。最後に顔を見ることができて良かった」
それからしばらくの間、ルイーズは進んできた道をずっと眺めていた。




