4 花畑の記憶 ②
「私は、辺境へ来てから懐かしさや安心感を覚えることが多くて、少し戸惑っています。看病をしてもらったときも、何故だかすごくほっとして……。あのときは、一緒にいたいと思ったんです」
ルイーズは頰を赤く染めながらも懸命に伝えた。そんなルイーズの気持ちを置き去りに、リオンは唐突に話しを切り出した。
「女学院を卒業したら、辺境に来ないか?」
ルイーズは突然の誘いを受け体を硬直させた。しばらく沈黙が続いたが、ようやく落ち着いたのか自分の思いを語り始めた。
「リオンさん、ごめんなさい。私は、侍女になるために淑女科から侍女科へ移ったんです。初めて挑戦してみたいと思って、両親に我儘を言いました。これで、その思いを叶えなかったら、必ず後悔すると思うんです」
やんわりと断られたリオンは、俯きながら何やら考えている様子だが、顔を上げるとおもむろに口を開いた。
「それなら、まずは婚約をして、卒業後はこのクレメント家で、俺の専属侍女になってくれないか」
「婚約……? 専属…侍女……?」
ルイーズは唐突な提案に驚きが隠せないようだ。熱心に話すリオンの表情をしばらく見つめると、気持ちを切り替え落ち着いた様子で話し出した。
「考える時間を...いただけますか?」
(リオンさんの専属侍女は、違う気がする......)
「もちろんだ。前向きに考えてほしい。長い時間、話し込んでしまって申し訳なかった。そろそろ戻ろう」
馬に乗り帰路に着く二人は、来る時とは違い硬い表情だ。意気込みを感じさせるリオンと、何やら考え込んでいるルイーズ。対照的な表情の二人だが、どちらも真剣な様子であることはうかがえる。
屋敷に着くと、クレメント家の執事であるロバートが玄関前で二人を出迎えた。リオンとルイーズが下馬すると、ロバートは二人に近づいた。
「ロバート! 起き上がって大丈夫なのか?」
「リオン坊ちゃま、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。私は大丈夫でございます。今は意識もはっきりとしております」
リオンはほっとした表情になるとロバートに頷き返した。そんなロバートは、リオンから視線を外すとルイーズの方へ向き挨拶をした。
「ルイーズ・ブラン子爵令嬢様でいらっしゃいますね。以前お会いしたときは、貴女様が幼い頃でしたので覚えてはいらっしゃらないかと存じますが、執事のロバートと申します。お恥ずかしい話ですが、お迎えの際は、どうにか立っている状態で、ご挨拶もままならずに大変失礼いたしました。それから、この度は、私のためにお見舞いに来てくださったと、クロードから聞き及んでおります。横になっており気づかずに、大変失礼いたしました」
ロバートはルイーズに頭を下げた。その姿を見ているリオンは嬉しそうな表情だ。
「どうかお気になさらないでください。もう体調は良いのですか?」
「はい。この通り、回復いたしましたので、どうかお気に留められませんよう」
「それは良かったです。でも、無理はなさらないでくださいね」
「はい。本日は、リオン坊ちゃまにお付き合い頂きましてありがとうございます。今後とも、どうかよしなにお願いいたします」
ロバートは微笑みながら二人を見ている。
その後、部屋までルイーズを送るリオンは、朝食に誘うが断られたようだ。部屋に着くと、リオンにお礼を告げてドアの前で別れた。
「姉上、お帰りなさい。楽しかったですか?」
「ただいま、リアム。お花畑に連れて行ってもらったの。とても綺麗だったわ。それよりも、朝食はいただいたの?」
「はい。エマさんとエリーさんの部屋で一緒に食べました」
「そう、それなら良かったわ。リアム……、私…少し部屋で休むわね」
ルイーズはリアムに告げると寝室の中へと入っていった。しかし、一人になった途端に脱力したのか、目の前にあるベッドへと倒れこんだ。しばらく身動きもせずにそのままの状態が続いたが、起き上がるとクローゼットに向かって歩き出した。
「ここへ来てから、開いていなかったわね」
クローゼットを開け、鞄の中から日記帳とLノートを取り出すと机のほうへ歩いて行く。椅子を引き着席すると、日記帳を開き思いの丈を書き綴っていく。ルイーズはひたすら羽ペンを動かした。
「女性に腕を組まれても拒まない姿は…嫌だったわ。女性に慣れるための練習。こんな気持ちになるのは好きだからよね。
それから……今日は馬に乗ることができて嬉しかった。花畑も素敵だった。思い出せないのは残念だったけど……。思いを伝えてくれたことも、婚約の話も、突然だったけど…すごく嬉しかった。
でも、リオンさんの専属侍女……。本気なのかしら? 侍女の仕事は、きっと大変だけど、楽しいし、やりがいがあるわ。それに、学んだからには生かしたい…………でも、リオンさんの専属侍女は…違うと思う……それに今は、やるべきことが他にもあるわ」
本人は無意識だが、書いた内容を小声で呟いている。今日はそれほどまでに、心に負荷がかかっていたのだろう。
今のルイーズにとって、自身の感情に向き合い、気持ちの整理をする時間が必要なほど、リオンの存在と侍女の仕事はどちらも大切なものなのだろう。どちらとも真剣に向き合うところはルイーズらしい。
夢中で自分と対話をしているルイーズは、心配そうな表情のリアムが、時折ドアから顔を出して様子を伺っていることにも気づかないようだ。
それからしばらくの間、ルイーズは思考の整理に励んでいた。
(小話)
リアム「何があったんですか? 帰って来てから休んだと思ったら、今度はひたすら机に向かって書き物をしています」
リオン「っ!……そうか……悩ませてしまっただろうか……」
リアム「リオンさん、焦り過ぎです……」




