2 作戦
リリーの部屋を後にした四人は、ブラン家に用意された部屋で夕食を共にしていた。夕食は、できるだけ皆で摂ろうとエマに誘われ、ルイーズとリアムは快諾したようだ。
ルイーズとエリーは、食後の甘味を欲しがる二人のために、簡易キッチンでマドレーヌを作っている。
エリーが石窯を前に感動の声をもらした。
「この簡易キッチンすごいわね。石窯まであるなんて」
「本当ね。こんなに大きなお屋敷だから、石窯も何部屋かにあるのかしら。それに、部屋にキッチンがあると、お仕えする方にすぐにお料理を出せるからいいわよね」
ルイーズとエリーは、屋敷や内装を見ると侍女目線になるようだ。
ルイーズがマドレーヌの生地を混ぜ合わせていると、部屋のドアがノックされた。顔を見合わせた二人は、生地と石窯を見る。
「私が行くわ。ルイーズ、石窯もお願いね」
「ありがとう。火は見ておくわ」
エリーは急いでそこへ向かうと、ドアを開けた。 ドアの前には、リオンとキース、そしてクロードが立っていた。
エリーは対峙する敵を見るかのように、目の前に立つリオンを睨みつけた。そんな視線を向けられたリオンは、一瞬戸惑ったが話を切り出した。
「四人に話があって来たんだ。他の三人はいるだろうか?」
「はい。でも、ルイーズには会わせません」
エリーの大きな声は、他の部屋にも届いたようだ。エマとリアムが急いだ様子で部屋から出てきた。
ルイーズのいるキッチンにも、その声は届いていたが、石窯の火を消してから向かおうとしたため、皆から出遅れたようだ。しかし、向かう途中でエマの声が聞こえたのでエマに任せることにした。
「エリー、声が響いてるわよ」
「……ごめんなさい」
そんなエリーの様子にエマが軽い溜息を吐いた。
「エリーが、ルーちゃんを大切に思う気持ちは分かるわ。でも、エリーのそんな態度を望んでいないと思うわよ。周りは、本当に助けを必要としている時だけ、手を貸してあげればいいと思うのよね。社交界に出れば、姑息な手を使ってくる女性だって多いのよ。あんな光景を見たからって、一喜一憂していたら身が持たないわ」
エマの言葉を聞いても納得のできないエリーはぼそっと呟いた。
「それでも、リオンさんの言葉を聞いて嬉しかったのに……」
「確かに。僕もがっかりしました」
「まあね~」
エマの発言の一つ一つが気になるリオンは、眉間に皺を寄せて話を聞いている。自分の名前が出てきたことで気づいたようだ。
「その話は、自分のことだろうか」
そんな会話を背中越しで聞いていたルイーズは、ドアから離れて作業場所に戻っていった。
(私は、何を言おうとしたんだろう)
ルイーズは、エマの言葉を聞いて冷静になった。ちりりと感じた胸の痛みも落ち着いた。自身の気持ちや今すべきことは何か、様々なことを心に問いかけながらも、目の前の作業に集中することにしたようだ。
ドアの隙間から入ってくる声も、今のルイーズには聞こえていない。
一方、ドアの前で繰り広げられていた言い合いも決着がついたようだ。エリーがキッチンに入ってくると、何事もなかったかのように、ルイーズの傍に歩み寄った。
「任せちゃってごめんなさい。私も手伝うわ」
「……エリー、ありがとう」
「……うん」
エリーはルイーズにお礼を言われると、少しだけ涙ぐんだ。そんなエリーを見つめながら、ルイーズは何かを思い出しているようだ。
「……エリーは…いつも言い返してくれていたわ。優しくて、熱いところがあって……
」
エリーは顔を上げ目を見開くと、ルイーズの表情を伺っている。その直後、顔をくしゃくしゃにさせて泣き出した。涙腺が決壊したようだ。その様子を見たルイーズもまた、顔をくしゃくしゃにして、笑うように泣いた。
涙も止んだ頃、エリーが何かを思い出したような表情でルイーズと目を合わせた。
「......忘れてたわ。さっき、リオンさんとキースさんとクロードさんが部屋に来たの。手が空いたら、隣の部屋に来るようにって言っていたわ」
「そう。それなら、折角だからマドレーヌを持っていきましょうか」
「……そうね、さっき睨んじゃったし......」
「ふふっ……じゃあ、用意しましょう」
二人は急いで、お茶の用意を始めたようだ。
♢
ルイーズとエリーが皆の待つ部屋に入ると、良い香りに釣られたエマが、二人のところに飛んできた。
「わあ〜 良いにおい。焼きたてね、お茶にしましょう」
テーブルに全員分の紅茶とマドレーヌを置くと、ルイーズとエリーもソファーに腰掛けた。
「姉上、エリーさん……泣いていたんですか? 二人とも目が赤いです」
「リアム君、心配かけてごめんね。さっき、ルイーズが昔の記憶を少しだけど思い出したみたいで……嬉しくて」
「本当ですか!? 姉上、エリーさん良かったですね」
「「うん」」
「良かったわね! 後でゆっくり話しを聞かせて」
リオンが笑顔で頷くルイーズをもの言いたげな様子でじっと見つめている。しかし、表情を引き締めると前を向いた。
「——こんな時間に訪ねてきてすまない。実は、皆に話があってきたんだ。五日後に、この屋敷で遠征帰還パーティーが行われる。そのパーティーに、隣国に住む叔母と、その娘が出席することになっているんだが、おそらくその叔母が、リリーのぬいぐるみに宝石を仕込んだのではないかと我々は睨んでる。当日は何があるかわからない。皆は部屋からでずに待機してほしい」
エマは頷きつつも鋭い眼差しをリオンに向けた。
「分かりました。そういう事情なら、当日は大人しくしています。ところでリオンさん、そのパーティーに来る娘さんというのは、縁談を持ち掛けられている従妹のことですか?」
「ああ、そうだ」
エマは、「もしかして」と呟くと探るような表情でリオンを見た。
「今日騎士団の練習場で、リオンさんが女性に囲まれていたのは、何か理由があるんですか?」
黙り込むリオンを横目にキースが口を開いた。
「そうだ。リオンには、従妹にハニートラップを仕掛けるために、女性に慣れてもらおうと思ってな。聞くところによると、その従妹はリオンに惚れているらしい。でも気が強いらしくてな。今のリオンだと押され気味になるのが目に見えている」
「そういうことですか……それで、リオンさんもされるがままに、抵抗しなかったんですね」
キースは口元を歪ませるとエマに鋭い視線を向けた。
「エマ…あまり、リオンを虐めないでくれるか?」
「虐めてなんていないわ。ただ……ちょっと残念に思っただけよ」
吐き捨てるようなエマの言葉を聞いたリオンは何やら考え込んでいる。
「君も幼いが、後継者教育を受けてるだろうから分かるよな。色恋も大事だが、後継者になる者にとって大事な時機がある。今はクレメント家にとっても、国にとってもその時なんだ」
キースは、ルイーズの身内であるリアムに話を振った。
「僕は、幼いという年齢ではありません。それに、教育は受けていますから、跡継ぎにとって大事なことはもちろん学んでいます。色恋には疎いかもしれませんが、それでも大事なものは分かります。姉を傷つける人は、絶対に許しません。父も同じ考えだと思います」
「リアムの言う通りだ………」
「お前、やらないつもりか? 相手が結婚を狙っているなら、お前が誘惑すれば簡単に口を割るかもしれないんだぞ」
その発言を聞いたリアムはキースに鋭い視線を向けた。
「公爵令息様は、リオンさんが色仕掛けをできると思っているんですか? 僕は無理だと思います。それから、リオンさんもできないのなら違うやり方を考えてください」
それまで黙って会話を聞いていたクロードがリアムに微笑んだ。
「リアム、その通りです。ちなみにリアムだったらどうしますか?」
しばらく悩んだリアムは、エマの顔を覗き見た。それに気づいたエマは、リアムが遠慮してるとでも思ったのか、後押しするような言葉を吐いた。
「良いのよ、リアム君。遠慮せずに言ってやりなさい」
リアムはそんなエマに頷き返した。
「その従妹さんが押しの強い人なら、エマさんに話してもらうのが得策かと思います。エマさんが話すことによって、何か情報を引き出せるのではないかと思います」
黙って聞いていたキースがエマに顔を向けた。
「エマ、行けるか?」
「えっ? 行けるかって......ちなみに、リアム君。今の発言は、押しの強い私が従妹を相手して来いってことかしら?」
リアムは視線を床に落とすと、「ごめんなさい」と呟いた。
「エマ嬢、すまないがよろしく頼む」
申し訳なさげなリアムと、頭を下げるリオンを見たエマは、不満げな様子ながらも承諾した。
(ここにいる方たちは、ゆくゆくは当主になるのよね。他にやり方はなかったのかしら)
ルイーズが隣に目を向けると、エリーが軽く頷いた。性格は違うが、考え方が似ている二人。ルイーズは、その様子にほっとした。
それからは全員で、パーティー当日の計画を話し合い、ルイーズとエリーとリアムの三人は、この部屋で待機することになった。
「では、そういうことで。当日は何が起こるかわからない。三人は絶対に部屋からは出ないように」
三人はリオンに念を押されて頷いた。
話し合いも終わり、キースやクロードが部屋から退出しようとする中、リオンはその場を動けずにいるようだ。
「ルイーズ、少し良いだろうか?」
「はい、何でしょうか」
ルイーズの淡々とした話し方に戸惑うリオン。
「すまなかった」
「何について…でしょうか……?」
「…………」
ルイーズは黙り込むリオンに戸惑いながらも口を開いた。
「リオンさん、先日は看病をしていただいて、ありがとうございました」
「いや、良いんだ。自分がしたくてしたのだから。——回復して良かった」
「感謝しています。それと……私は、リオンさんから呼び捨てで呼ばれる関係ではないと思います。できれば、他の方たちと同じ呼び方にしていただきたいです」
「いや……だったのだろうか。すまない、気をつける」
「はい、お願いします」
それからしばらくしても話し出さないリオンに、ルイーズはお辞儀をしてテーブルの上を片付け始めた。
その一部始終を見ていたエマとキースは……。
「リオンさんって、あそこまで不器用だったかしら……」
「いや、女性に対して笑顔を向けることはないが、舞踏会やお茶会ではそれなりに接していると思う。言い寄られれば、上手く躱しているしな。まさか、本命を前にすると、あそこまで酷くなるなんて思わなかった。なあ、ルイーズ嬢は怒っているのか?」
「うーーーん。わからないわ。ねえ、エリー。ルーちゃんは怒ってるの?」
「怒ってないわ。でも、あんなルイーズは初めて見るかもしれない」
リアムは皆の会話を聞きながらリオンを見ていた。すると、すっと立ち上がり、リオンの側に歩み寄った。
「——姉上は、料理も好きですが、花が好きです」
「......リアム、ありがとう」
リアムは弱々しく笑うリオンの背中を軽く叩いた。
ルイーズのお世話係をした二人には、やはり絆が結ばれていたようだ。




