1 メアリーの正体
ルイーズは、目覚めた翌日にはリオンの部屋からブラン家に用意された客室へと戻った。部屋に入ってホッと息をつくと、そのままソファーに腰を下ろした。
「ルイーズ、ハーブティーで良いかしら?」
「姉上、何か食べますか? 僕、メアリーさんにお願いして用意してもらいます」
ルイーズは甲斐甲斐しく世話をする二人を引き留めた。
「二人ともありがとう。私はもう大丈夫よ。できれば、三人でゆっくりお茶を飲みたいかな」
「分かったわ。今、用意するわね」
機嫌のいいエリーが、簡易キッチンでハーブティーを淹れていると、新たな訪問者がやってきた。エリーが慌ててドアに向かうと、そこからエマが入ってきた。
「皆いるかしら。ちょっとお邪魔するわね」
「エマちゃんどうしたの? レアさんと一緒に、妹さんのところに行ったのよね?」
「うん、そうよ。……良い香りだわ。エリー、私にもハーブティー淹れてくれる?」
「もう……、分かったわ。向こうの部屋に二人がいるから、大人しくしていてね」
「大丈夫よ、わかってるわ」
エマが部屋に入ると、続いてエリーも急いでお茶セットを持って入ってきた。
「ルーちゃん、体調はどう?」
「もう大丈夫です。エマさんにもご心配をおかけしました」
「私は何もしてないのよ。身体の洗浄や着替えはエリーがしていたし、その他は全て、リアム君とリオンさんがしていたから、何もさせてもらえなかったわ」
「そうでしたか……」
ルイーズは、エマからリオンの様子を聞いて、驚きながらも照れくさそうな表情だ。
「ところで、この部屋に侍女はついてるかしら?」
エマはリアムに尋ねるが、首を傾げている。ルイーズが見かねて答えようとするも、寝込んでいたために思い出せないようだ。
「寝込んでいる間のことは分かりませんが、初日に部屋へ案内してくれた方しか、記憶にありません。その時も、あまり言葉は交わしませんでした。メイドのメアリーさんと制服が違うので、多分侍女だとは思いますが……」
「そう。私たちのところも、そんな感じよ。侍女の態度が余りにもよそよそしいから、レアに確認したの。そうしたら、以前からいた侍女が数名辞めて、新顔が増えていたらしいわ。おかしいわよね」
「エマちゃん、情報は大切だけど、他家のことを嗅ぎ回るのは良くないわ」
「エリー……何言ってるのよ。隣国に接しているこんな危険なところに、『ルイーズとリアム君を二人で行かせられない』って言ってたのはエリーでしょう。それに、人聞きが悪いわ。嗅ぎ回ってるのではなく、情報収集よ。こういうことは、遅れをとると命取りなんだから。リアム君も将来はブラン家の当主になるのだから、覚えておいてね」
「……はい」
リアムはエマの勢いについて行くのがやっとのようだ。その隣では、ルイーズがエマの話を聞いて何かを考えている。
「エマさん、私も気になったことがあるんです。他の侍女よりも、接触することの多かったメアリーさんは、本当にメイドなのでしょうか。話す言葉や所作も、お手本にしたいと思えるくらいに綺麗でした」
「……盲点だったわ……ねえ、私たちの母親って、昔から仲が良いのは知ってるでしょう? 実は、二人とも王妃様と親交があるのよ。女学院時代の先輩、後輩だったらしいわ。だから、話しが筒抜けなのよね。お母様もレアのことを気にかけていたし……一瞬、隣国のスパイかと思ったけど……もしかして、王妃様がクレメント家に潜ませたのかもしれないわね」
エマは頬に手を添えながら何度も頷いている。
「エマちゃん、後半の部分は憶測よね。誰が聞いているかわからないから、口にはしない方がいいわ」
「もう、エリーは心配性ね。でもまあ、確かにそうね。気をつけるわ」
エリーに諭され、反省した様子のエマだが、尚も言葉を続けた。
「そうだわ。今から皆でリリーちゃんの部屋に行ってみない? ルーちゃんもその後が気になるだろうし、紹介もまだよね。それに、メアリーさんもいると思うわ」
「確かに気になります。ご迷惑でなければご一緒させてください」
「僕は姉上が良ければ」
部屋を出て、廊下をしばらく歩くと、何やら賑やかな声が聞こえてきた。四人は廊下の窓から外を眺めた。その声は、騎士団の練習場から聞こえてくるようだ。
「すごい人ね。練習風景はたまに見かけたけど、こんなに大勢いたかしら?」
エマは、騎士の人数に驚いているようだ。エマの後ろから、その光景を見ていたエリーが、今まで見たこともない怖い顔つきになっている。隣で見ていたリアムが、そんなエリーに目を見張った。
「エリーさん、どうしたんですか?」
リアムは、怒った様子のエリーが見つめる先に視線を向けた。そして、その光景を見たリアムも、エリーと同じ顔つきになっている。
「……許せません」
そんな二人のやり取りに気付いたエマが、二人と同じ場所を見てため息をついた。
「いつものことだと思うわ。まあ、あんなに露骨なのは初めて見たけど……。彼は舞踏会に出ると、いつも囲まれるらしいわよ。もちろん、彼だけではないわ。殿下やキースもね。姉さまが言っていたもの。それに、あの中には支援者のご家族がいるかもしれないし、邪険にできないんじゃない?」
当然と言わんばかりの様子で、エマは二人を見ている。
皆のやり取りに気付いたルイーズも、釣られて視線を向けた。
リオンに懐かしさと安心感、そして、ほのかな恋心を抱き始めていたルイーズは、少し悲し気な表情を見せた。
そんな表情を見た二人は、唇を噛み締め、練習場にいる人物を睨みつけた。こちらの二人が姉弟なのでは、と思うほどにそっくりな表情だ。
「ルイーズ行きましょう」
「姉上行きますよ」
二人に連れられて歩き出すルイーズは、そんな二人に心配をかけまいと前を向いた。
♢
レアの部屋に着くと、エマが静かにノックをした。ドアを開けて笑顔で迎えるレアは、中へ入るように小さく手招きをした。部屋の中には、レアの他にリリーとメアリーがいる。
「リリーは、話せるぐらい回復したんだ。だから、皆にも紹介したい。こっちに来てくれるか?」
頷く四人は、レアに連れられてベッドに行くと、リリーは横になったまま、目をきょろきょろさせていた。
「リリー、エマは分かっているな。こちらは、エマの妹殿のエリー嬢だ。そして、こちらがルイーズ嬢と、弟のリアン殿だ」
「皆さん、はじめまして。リリーです。よろしくお願いします」
ルイーズとエリーとリアムがリリーに挨拶を返した。
「リリー、こちらがリリーを助けてくれたルイーズ嬢だ」
「姉に話を聞きました。助けてくれて、ありがとうございます」
ルイーズは、体調が万全ではないリリーが必死にお礼を伝える姿に、胸が締め付けられる思いがした。
「お役に立てて良かったです。早く回復するように、またお部屋にお邪魔してもいいですか?」
「っ! はい、待ってます」
ルイーズは嬉しそうなリリーに断りを入れると、リリーの手を優しく包んだ。お互いに見つめ合い笑顔になる二人。このやり取りを見ていた四人も、ほっこりとした二人の空気感に癒されたようだ。
そんな時、エマが急に振り向きメアリーを見た。
「あっ、そうだわ。メアリーさん、王妃様のお誕生日はいつだったかしら?」
突然、エマから声を掛けられたメアリーは、微動だにせずその場に立ったままエマを見ている。そんなメアリーの顔を見ていたエマは、にやりとした目つきで口角を上げた。
「……エマ様、好奇心が旺盛なのは結構ですが、あちこちに首を突っ込むと、またお姉様に叱られますよ」
「っ! 姉様のことも知ってたか~……、今のことは内緒ね」
二人はお互い何事もなかったかのように笑顔で振る舞った。
その様子を見ていた他の者たちが、二人の会話に触れることはなかった。




