5 宝石
「………隣国」
リオンは、隣国と聞いて一瞬だが顔を歪めた。レアは、そんな兄の変化を見逃さない。
「兄上、何かあるのか?」
「いや、今は関係のない話だ」
「——隠し事はやめてくれ」
「…………」
リオンは、苦い顔をしながらも、レアに問い詰められ口を開いた。
「……叔母上から、キャサリンとの縁談を持ちかけられているんだ」
「っ! なんだって!?」
レアの声が部屋中に響き渡ると、皆の視線が二人に集中した。
「皆、すまない……レア、その話は後だ」
「…………チッ!」
隣で見ていたエマは、黙り込んでテーブルを叩くレアの荒々しい姿に戸惑っているようだ。
「レア、今は落ち着きましょう。まずは、リリーちゃんのことを解決しないと」
「……ああ、そうだな……すまない」
心配そうに見つめていたルイーズは、レアが落ち着くのを見ると話し始めた。
「手紙には、術の依頼をした者の詳細には触れられてはいませんでした。その代わり、見かけたら気をつけるようにとの一文と共に、宝石についての詳しい記述がありました。術を施した者が残した当時の記録では、二つから三つほどの宝飾品が作れる大きさの原石で、研磨する前の大まかに整えられた状態だったそうです。研磨後は、きっと夕焼けを思い起こさせるような赤色をしているのではないか、と書かれていたそうです。
それから、宝石を見つけた場合は安全に留意するよう、その場で浄化をかけずにこの木箱にしまうようにと、リアムが父から預かっていました」
「ルーちゃんのお祖父様とお父様、すごいわね。宝石について、どうやって調べたのかしら?」
「曾祖母の生家が、神職を代々継承している家系なのだそうです。祖父は、生家の代表者の役割についている従兄弟を頼りに、情報を集めて調べたそうです」
「東の国……神職、聞いたことがあるわ。こちらでいうところの聖職者のことよね?」
「はい、そのようです。この木箱も、その従兄弟から譲り受けたものだそうです」
「そう……それだけ扱いには気をつけないといけないということね」
ルイーズは、興味が尽きない様子のエマに頷き返した。
エマがルイーズから木箱を受け取り皆と見ていると、エリーがルイーズに歩み寄った。
「朝から大変だったわね、お疲れさま。私も何かできる事があれば手伝うわ」
「ありがとう。それなら、妹さんのお世話を手伝ってくれるかしら?」
「もちろんよ!」
緊張に包まれていたルイーズの心は、エリーとの会話で穏やかになった。リアムは、目を合わせて微笑む二人に近づくとルイーズに声をかけた。
「姉上」
「リアム、どうしたの?」
「妹さんの部屋を確認する話はしなくていいんですか?」
「……そうだったわ。リアム、ありがとう」
「いえ、まずは、話しを先に進めましょう」
ルイーズはリアムを見て頷くと、リオンに話しかけた。
「リオンさん、妹さんの部屋の中を確認させていただいてもよろしいですか?」
「もちろんだが……、何かあったら大変だ。自分もついていく」
「……よろしくお願いします」
リオンは、後ろに控える側近に何やら伝えると、ルイーズとリアムを伴い、リリーの部屋に向かった。
♢
部屋に着いた三人は、ベッドの側に歩み寄ると、リリーの顔を覗き込んだ。朝よりもだいぶ落ち着いているようだ。皆の表情が安堵感に包まれた。
リリーが目を覚まさないように、足音を立てずに部屋の中を歩く。
「リオンさん、クローゼットの中を見ても良いですか?」
「ああ、全て見てもらって構わない」
リオンとリアムは、クローゼットの中にあるものを、一つ一つ確認している。そんな二人とは別行動のルイーズは、しきりにベッドの周りを見回している。
(赤い色は目立つから、すぐに見つけられると思ったのに……)
「リオンさん、少しよろしいですか?」
ルイーズの声かけに、リオン優しい口調で答える。
「どうした? 何かあったのか?」
「いえ、何もないから焦ってしまって……もし、今日見つからない場合は、妹さんに別室へ移ってもらいたいのです」
「そうだな、そうしよう」
リオンは、説明するために側近の三人を部屋へ呼んだ。
「このまま紹介されないのかと思ったぞ」
「本当だよね。僕はわざとそうしているのかと思ったよ」
「他の方々への挨拶は、既に済ませてある。もちろんリアムにもな」
側近の三人に責められるリオンが口を開こうとしたとき、レアが部屋に入ってきた。
「兄上、三人に聞いたぞ。ルーちゃんをまだ紹介していないらしいな」
妹からも責められたリオンは、四人に鋭い眼差しを向けた。レアは兄の態度に呆れながら、ルイーズに目を向け話しかけた。
「すまないな、ルーちゃん。最近の兄上は、心ここにあらずなんだ。許してやってくれ。じゃあ、早速皆を紹介する。左から、ブライスとシリルとクロードだ。皆、貴族家の二男で、貴族学院の出身だ。そして兄上と私の幼馴染なんだ。三人とも剣は強いから、何かあれば頼ってほしい。そして、こちらはブラン子爵家のルイーズ嬢だ。私の可愛い後輩だ。皆、よろしく頼む」
「よろしくね、ルーちゃん。僕はシリル。困ったことがあったら言ってね」
「ルイーズ嬢、ブライスだ。よろしく」
「ブラン子爵令嬢、クロードです。よろしくお願いします」
「ルイーズです。こちらこそ、よろしくお願いします」
三人は、ルイーズと順々に握手を交わしていく。握手を交わしたことのないルイーズは、戸惑ったがすぐに慣れたようだ。
「……お前たち…こちらは、ブラン子爵令嬢だ。呼び方は統一しろ」
「お前、何言ってんだ……。自分もルイーズ嬢って呼んでただろう」
ブライスに痛いところを突かれ、反論できないリオンは顔を横にそむけた。
「リオン、落ち着きなよ。らしくないよ」
リオンはシリルに宥められると息を吐いた。
「そういえば、何か用があったんじゃないのか」
クロードの指摘により、全員の視線がリオンに集まった。
「今日中に、リリーの部屋にあると思われる宝石を見つけたい。皆には、それを一緒に探してほしい。もし見つからない場合は、リリーを別室に移動させる。移動先はレアの部屋にしたいと思うんだが、レア、いいか?」
レアはリオンを見ると「もちろんだ」と言いながら頷いた。
「皆、宝石の詳細については聞いていると思うが、それ以外にもおかしいと感じるものがあれば、それには触れずにすぐに知らせてほしい。じゃあ、早速はじめてくれ」
リオンの言葉を合図に、皆が一斉に宝石を探し始めた。その様子を確認すると、リオンはクロードに視線を送り廊下に出た。
他の皆が机や本棚を探す中、ルイーズはどうしてもリリーの周辺が気になるようだ。眠っているリリーの隣には、少しだけ色褪せた白いくまのぬいぐるみが横たわっている。ルイーズは、そのぬいぐるみを手にすると、怪しいものがないか確認した。
廊下に出たリオンとクロードは、小声で何かを話しているようだ。
「ナタリーとは話せたか?」
「ああ、しかし…階段から転落した時の状況は何も覚えていなかった。だが、本人が言うには、この数か月の間ずっと体調が芳しくなかったようだ。体に痛みがあるわけでもなく、怠さと眩暈に悩まされていたそうだ」
「そうか…一番近くで世話をしていたナタリーが、影響を受けてしまったということか」
「今はその可能性が高いだろう。それから、侍女に関してだが、見慣れない顔が三人増えている。ロバートにも確認したが、記憶が曖昧だ」
「父上が遠征に出たのが一月前だ。このおかしな状況はそれ以前からなのか、それとも」
その時、部屋の中からリアムとレアの叫ぶ声が聞こえてきた。
「姉上!」
「ルーちゃんっ!!」




