3 リリー
翌朝——
廊下から使用人たちの動きだす音が聞こえると、ルイーズはベッドから起き上がり、身支度を始めた。昨夜はリオンたちの様子が気がかりで、夜が明ける頃には目を覚ましていた。
朝の支度も終えて、寝室の隣の部屋で荷物の整理をしていると、リアムが室内のドアから顔を出した。
「リアムおはよう。今日は早いわね」
「よそのお屋敷で寝たのは初めてだから……」
「そうね。まだ早いけど、朝食は食べられる?」
「うん」
「それなら身支度を整えて、呼ばれるのを待ちましょう」
ルイーズが、侍女から受け取っていた洗面器とタオルを差し出すと、リアムは身支度を始めた。ちょうど身支度を終えた頃、侍女が部屋をノックした。
「失礼いたします。朝食の準備をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「シャロン家の二人もすぐにきますから、四人分の準備をお願いします」
今朝は、エマとエリーを含めた四人で一緒に朝食を摂る約束をしていたようだ。侍女が準備を始めてしばらくすると部屋にエマとエリーが訪ねてきた。四人は挨拶を交わすと、着席をして食事を始めた。
「ルーちゃん昨日はありがとう。スープを飲んでお腹を満たしたから良く眠れたわ」
「それは良かったです」
「昨夜は、リリーちゃんの部屋に行ってくれたのよね。二人とも食事は摂ったのかしら」
「私が部屋へ行ったとき、リオンさんは疲れた顔で、まだ何も口にしていない様子でした。ただ、食事を受け取ってくださったので、多分召し上がってくださったかと思います。それから、私はまた部屋に伺うと伝えました」
エマがルイーズの話に相槌を打つと同時に、リアムとエリーの声が重なった。
「僕もいきます」
「私も行くわ」
その言葉にエマが横から待ったをかけた。
「大人数で行くのは迷惑だわ。ルーちゃんは約束してるけど、二人が行くのはどうかしら」
「僕に行かせてもらえませんか。父からも、何かあったら姉上について行くようにと言われました」
エマはリアムの言葉を聞くと、少し考えた後で二人に任せることにした。
「そう……わかったわ。二人とも、よろしくね」
♢
ルイーズとリアムは、食事が終わるとすぐに、リリーの部屋に向かった。部屋に着いてドアをノックするとレアが扉を開けた。
「おはよう、二人ともどうしたんだ?」
「レアさん、おはようございます。昨日お屋敷に着いてから、休まずに妹さんの看病をされていますよね。今日は私が変わります」
「しかし、まだどんな状態か把握していないんだ……だから......」
「お二人に何かあったら、妹さんも心配されます。少しだけでもお休みになってください」
「……ありがとう。それなら、少しだけ休ませてもらうよ」
レアはリオンに声をかけにいったが、リオンはソファーにもたれて眠っていた。
「ルーちゃんすまない。兄上は起きそうにないから、ここで休ませておいてくれ」
「分かりました」
「よろしく頼む」
ルイーズとリアムは、レアが部屋から出ていくと、リリーの眠るベッドの横にある椅子に腰を下ろした。
「顔色が良くないですね」
リアムに目を合わせ頷くと、ルイーズはケットの上に出ているリリーの手に自分の手を合わせた。
どのくらいの時間が経っただろうか。リリーは瞼をゆっくり上げると、虚ろな視線でルイーズを見つめた。
「だ...れ?」
「ルイーズと申します。部屋にはお兄様もおりますから、心配なさらないでくださいね」
囁くように話しかけるルイーズに、リリーがゆっくりと瞬きをした。
「リアム、リオンさんに妹さんが目を覚ましたと伝えてきて」
リアムは頷くと、リオンのいるソファーに向かった。
「リオンさん、起きてください。妹さんが目を覚ましました」
深い眠りについたいたリオンは、自分の名を呼ぶリアムに焦点を合わせると突然ソファーから立ち上がり、リリーの元へ急いで駆け寄った。
「っ! リリー、分かるかっ?」
「……おにい…さま……?」
「気分はどうだ? 起き上がれるか? 何があった?」
「…………」
「リオンさん、落ち着いてください。妹さんは今、目を覚ましたばかりです。そんな問いただしても、すぐには答えられません」
「ルイーズ……、すまない」
リオンは一瞬ためらうと、ルイーズを見て謝った。そして、リリーに視線を戻してから手を握った。
ルイーズは、敬称なしで呼ばれたことに一瞬驚いたが、リオンは呼んだことさえ気づいていない。ルイーズは、リオンが動揺しているのだと思うことにした。
「リアム、レアさんの所にいってくるからここにいて」
「姉上、僕が行ってきます。——何か必要なものはありますか?」
「レアさんを呼びに行った後、お水とコップ、あとは…、洗面器にぬるま湯とタオルを数枚と清潔なガーゼをもらってきてほしいの」
「わかりました。行ってきます」
ルイーズから必要なものを聞くと、リアムは急いで部屋を出て行った。ルイーズは二人の方に向き直る。リリーはまだ完全に目を覚ました訳ではないようだ。うつらうつらしたまま、リオンを見ていた。
「リオンさん、妹さんに侍女か乳母はいますか?」
「ああ、乳母はいるんだが……、昨日執事に確認したら、リリーの乳母は半月前に階段から転落して、今は静養しているようなんだ。急ぎ、侍女を付けるように申しつけたが、まだ決まらない状況だ」
「そうでしたか……」
見たところ、リアムとリリーは同じ年ごろのようだ。そんなリリーが、一人で寂しい思いをしていたのかと思うと、ルイーズはやるせない気持ちになった。
「リオンさん、滞在期間中は、私に妹さんのお世話をさせていただけませんか?」
「……しかし、君に侍女のような仕事をさせるわけには……」
「私は、侍女になるために勉強中です。お役にたてることもあると思うんです」
返事に迷うリオンを尻目に、ルイーズはリリーの手を自分の手で包み込んだ。自分よりも少し小さな手は、かさつきひんやりとしている。リオンやレアとは違う、薄紫の髪色に、透き通るような白い肌。今は血色が悪いが、早くお世話をして元気な姿にしてあげたい。
リリーもルイーズに手を触れられると、呼吸が穏やかになるようだ。心なしか、先ほどより瞬きの回数も増えている。
しばらくすると、リアムがレアとメイドのメアリーを連れて部屋に戻ってきた。レアを呼びに行く途中で、メアリーにお水や洗面器の用意をお願いしたようだ。ルイーズはそれらを受け取ると、リオンとリアムに少しの間だけ廊下で待つように頼んだ。二人が廊下に出たことを確認すると、ルイーズはリリーの隣で膝をついた。
「少し体を拭きますから、不快に思うところがあったら、私の方を見てくださいね」
リリーは、瞬きをしながら返事をする。ルイーズは、その様子を見つめると、身体を優しく拭きはじめた。そして、徐々に表情が和らいでくると、ガーゼに含ませた水をリリーに飲ませた。
すると、その様子を隣で見ていたレアから安堵のため息が聞こえてきた。
「ありがとう。リリーの顔が昨日とは全然違う」
レアに微笑み頷くルイーズは、その後ろに控えていたメアリーに視線を合わせた。
「メアリーさん、廊下にいる二人を呼んできてもらえますか」
「かしこまりました」
メアリーが呼びに行くと、リオンとリアムが部屋に入ってきた。リオンはリリーの側に駆け寄った。
ルイーズは、その場から離れてドア付近にいるリアムの所に歩み寄った。
「リアム、ありがとう」
「姉上、お疲れさまです。僕もお役に立てたようで良かったです」
顔を見合わせ頷き合う二人は、近くにいるレアに声を掛けた後、リリーの部屋を後にした。廊下に出ると、リアムがルイーズに小声で話しかけた。
部屋に戻ると、ルイーズはリアムからソファーで待つように言われた。少し経つと、隣の部屋から小さな封筒を持ったリアムがこちらに戻ってきた。
「姉上、父上からです。これを読んでください」
封筒を渡されると、封を開けて手紙を取り出す。
「何故、手紙なのかしら……?」
「父上は、直前まで姉上に伝えるべきか迷っていたそうです」
「……そう」
ルイーズは不思議に思いながらも一先ず手紙を読み始めた。




