1 クレメント辺境伯爵家
女学院が長期休暇に入り、クレメント家に向けて旅立つ出発当日の朝。
ブラン家には、迎えに来たリオンとレア以外に、思いもよらない人物が玄関の前で待っていた。呆然とするルイーズは、我に返ると目の前まで進んできた二人に話し掛けた。
「お見送りに来てくれたの?」
微笑みながら首を横に振るエリー。
「違うわ」
エリーの隣にいるエマはルイーズに笑顔で話しかけた。
「私たちも一緒に行くことにしたのよ」
ルイーズは、二人の言葉に戸惑った様子だが嬉しそうな表情だ。
「私は、嬉しいけど……」
少し離れたところで、馬の手綱を引くレアに視線を向けると、微笑みながら頷いている。その隣では、いつもとは違う優しい笑みを浮かべたリオンがルイーズを見ていた。
エマはつられるようにルイーズの視線の先を辿った。
「あんな表情もできるのね……」
エマの遠慮のない発言に、エリーは腕をそっと抑えた。
「エマちゃん、失礼よ」
ルイーズがそんな二人のやり取りにも気づかずリオンを見ていると、レアがこちらに近づいてきた。
「リアムはどうした?」
ルイーズはレアの言っている意味が分からず問い直した。
「リアムはまだ寝ているかと……弟が何か?」
すると、此方に歩き近づいてきたリオンがルイーズに答えた。
「先日の帰り際に、リアムが自分も辺境に行きたいと言ってきたんだ」
「リアムが辺境に……?」
ルイーズが茫然としていると、リアムが玄関から飛び出してきた。急いできたのだろう。後頭部の髪が跳ね返っている。
「おはようございます! 皆さんお待たせしてすみません!」
朝は寝坊助のリアムが頑張って早起きしたようだ。ルイーズは隣にきたリアムの寝癖を整えている。
「おはよう、リアム。話は聞いたけど、辺境に行きたかったの?」
「姉上、おはようございます。先日お二人にお会いしたとき、僕のことも連れていってほしいと頼んだんです」
「そうだったの。でも、お父様は辺境行きを許してくれたの?」
「リオンさんに、父上と母上、それからミシェルを説得できたら連れて行ってくれると言われたので、頑張りました」
「そうなのね。それで説得は成功したの?」
「はい。父上も母上も許してくれました。ミシェルは……、辺境から帰ってきたら、毎日おままごとに付き合うことを約束しました」
「……そう、私も付き合うわ」
リオンが両親を説得してまで希望を伝えるなど初めてのこと。ルイーズは弟の成長に感動した。
「リアム、良かったな」
「はい。お世話になります」
兄弟の会話を見守っていたリオンが、嬉しそうに笑うリアムの頭を撫でながら微笑んだ。出発の時刻になり、皆が馬車に乗り込み始めた。ルイーズとリアムは、玄関前で見送りをするトーマスとローラ、そしてモーリスの三人に話しかけた。
「お見送りありがとう。私とリアムが留守の間、どうかミシェルのことをお願いします」「ミシェルのこと、よろしくお願いします」
ローラとモーリスは、ルイーズとリアムを安心させるように笑顔を見せた。
「お嬢様、リアム坊ちゃま。どうぞ楽しんできてくださいね! ミシェルお嬢様のことは、私ローラにお任せください!」
「そうですよ、お二人とも楽しんできてくださいね」
ルイーズとリアムが感謝を伝えていると、トーマスが声をかけてきた。
「ルイーズお嬢様、リアム坊ちゃま。あちらの窓に旦那様と奥様がおられます」
トーマスが窓に向かい手を向けると、そこにはルーベルトとエミリーの姿があった。二人は控えめながらこちらに向かって手を振っている。
「お父様…お母様」「父上、母上」
「昨夜は旦那様と奥様、そしてミシェルお嬢様はご一緒にお休みになられました。本当は、お二人の見送りに出たかったようですが、ミシェルお嬢様がぐずってしまわれるからと、あちらでお見送りをなさるとおっしゃっていました」
「トーマスありがとう。お父様とお母様にも、お礼を伝えて」
「かしこまりました」
ルイーズとリアムは、窓際に立つルーベルトとエイミーに手を振ると、エマとエリーのいる馬車に乗り込んだ。
馬上にいるリオンとレアは、馬車の護衛をするようだ。前方を守るリオンと、後方を守るレアは慣れた様子だ。そんな二人に守られながら、馬車の旅が始まった。
♢
ブラン家を出発した馬車は、王都を抜け北へと向かうようだ。通常であれば、王都から北の辺境までの道程は、馬車で五日~七日ほどかかる。今回は、護衛と御者を兼務するリオンの側近三名を帯同させているため四日の予定を組んでいるそうだ。そんな挑戦的ともいえる計画を立てるということは、旅慣れた側近たちなのだろう。
四人が乗る馬車も、がっちりしていて、安定性も抜群のようだ。
「今回、リアム君はどうして辺境に行きたいと思ったの?」
「……姉が心配で」
「そっか……お父さんもリアム君の辺境行きについては、そんなに反対はしなかったの?」
「そうですね。すぐに賛成はしてもらえませんでしたが、何度もお願いしたら許してもらえました」
「そう、許してもらえて良かったわね」
「はい」
エマとリアムが話をしている隣では、ルイーズとエリーが窓から外の景色を眺めていた。
「ねえ、エリー」
「なに?」
「私、リオンさんに会ったことがあるのかもしれないわ」
「なにか......思い出したの?」
「ううん……でも、リオンさんを見ていると、懐かしいような……そんな感じがするの」
エリーが何かを答えようとしたとき、エマがエリーとルイーズに向き直った。
「それについては、私から話しても良いかしら?」
エリーがエマに問いかけた。
「エマちゃん、何か知っているの?」
「ええ、修道院で聞いたんだけど、貴女たちはいなかったから伝えておきたかったの。ルーちゃんも、『自分のことは教えてほしい』と言っていたしね」
「教えてください。私は、忘れていることがあるなら思い出したい」
エマはルイーズを見つめながら頷き返すと話し出した。
「さっき言っていたことは気のせいではないわ。ルーちゃんは幼い頃、クレメント家の屋敷でリオンさんに会ったことがあるそうよ。そのときは、お祖父様と一緒に屋敷を訪れて、しばらく滞在したとリオンさんから聞いたわ」
「そうなんですね……、全く記憶にないわ......」
「クレメント家に行ったら、戸惑うことがあるかもしれない。でも、訪れたことがあると分かっていれば、思い悩む必要もないわ。向こうに着いたら、辺境の景色を見たり、乗馬を楽しみましょうね」
「はい」
ルイーズは微笑みながらエマに返事をした。
♢
旅の一行は、ちょうど四日目にクレメント家の領地に入った。宿泊と休憩をしっかりと取りながらも早い到着だ。
馬に乗ったリオンが馬車に近づいてくると、そろそろ屋敷に到着することを伝えてきた。楽しそうな雰囲気が漂う車内では、皆が馬車を降りるための準備を始めた。
それからしばらくすると馬車が停車した。外の景色を見ていたリアム以外の三人は、間近に迫る屋敷を見ると息を飲んだ。
想像していた屋敷とは違っていたようだ。四人は、馬車から降りると辺り一帯を見渡した。リアムがとても興奮している。他の三人は、重厚な城壁に圧倒されて足が前に進まないようだ。その様子を見ていたリオンとレアが、四人に近づき声をかけた。
「クレメント家へようこそ」
四人は我に返るとリオンとレアに視線を向けた。その先に整列する使用人たちにもようやく気づいたようだ。長旅で油断していたのだろう。四人は背筋を伸ばした。
リオンに連れられ屋敷内に足を踏み入れると使用人たちが動きだした。
四人は侍女に案内され部屋に向かう。すでに緊張も解けたのか、エマは屋敷内を興味津々な様子で観察し始めた。その後ろからは、ルイーズとエリー、そしてリアムが緊張した面持ちでついていく。
部屋はブラン家とシャロン家にそれぞれ用意されているようだ。ルイーズとリアムは部屋に通されるとほっと息を吐いた。
「緊張したわ」
「僕もです。すごいお屋敷ですね」
「そうね」
二人は目を合わせて頷きながら呟いた。
その後、そわそわした様子のルイーズとリアムは、部屋のバルコニーから見える景色を見ながら心を落ち着けた。




