表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/63

3 婚約者の来訪 ①


 エリーと別れた後、馬車に乗ったルイーズは帰路についた。

 今はエリーからもらった紙袋を抱えながら馬車に揺られている。


 袋の中からは、ハーブの穏やかな香りがほんのりと漂っている。ルイーズは、馬車内に広がるその香りを芳香浴で楽しんだ。


 庭園のカフェから馬車に乗り、1時間ほどの時間が過ぎただろうか。


 馬車の窓から外の景色を見れば、見慣れた屋敷が見えてきた。他のお屋敷と比べると小さいが、焦げ茶色のレンガでつくられた建物は、緑に囲まれ郷愁的な雰囲気に包まれている。

古臭いなどと言う人もいるが、ルイーズは凛と佇むその姿が大好きなのだ。


 門を潜り敷地内に入ると、屋敷の正面玄関の横には、見慣れた馬車が停まっていた。


 馬車を二度見するルイーズ。


(……噓よね。今日の今日で、家に来るってどういうこと? もしかして、婚約解消をしに来たのかしら。でも、先ほどの様子だと、そこまでする関係性には見えなかったわ)


 ようやく落ち着きを取り戻したころ、婚約者本人かその関係者の来訪。


 ルイーズが馬車から降りると、執事のトーマスが玄関前で出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、ルイーズお嬢様」


「ただいま戻りました。トーマス、お出迎えありがとう。でも、私の帰宅時間がわからないときは休憩してね」


「ありがとうございます、ルイーズお嬢様。お言葉ではございますが、私は、皆さまが健やかに朗らかに、過ごされる姿を見守ることが、一番の幸せなのです。ですから、毎日このお出迎えはさせていただきとうございます」


「わかったわ、トーマス。いつもありがとう」


 ルイーズは眉尻を下げつつも微笑みを浮かべ、トーマスに感謝の気持ちを伝えた。


 父親から「歳のせいか、最近は足腰の衰えが目に付く」とは聞いていた。


 トーマスはいつも、穏やかな笑顔で出迎えてくれる。彼はルイーズにとって祖父のような存在なのだ。無理をしてほしくないから、ついつい余計なことを言ってしまう。このやり取りをするたびに、いつも切ない気持ちになる。


「とんでもないことでございます。それはさておき、先ほどお嬢様の婚約者様がお越しになりました。今は、旦那様とお話をなされています。お帰りになって早々申し訳ございませんが、そのまま応接室に向かっていただけますか」


「ええ、このまま向かうわ」



 玄関から入って右手の廊下を進むと応接室がある。普段は快適なこの距離も、今日に限っては憂鬱だ。ルイーズの足取りも少し重たそうだ。

 心を落ち着けながら、応接室のドアをノックする。


「ただいま戻りました、ルイーズです。お呼びでしょうか」


「入っていいよ」


 部屋の中から父親の返事が聞こえてきた。 ルイーズはドアを開けて部屋に入る。するとそこには、見知った顔の人物が目の前のソファーに座っていた。婚約者のオスカーと、その父親のジャンだ。


 ルイーズの父ルーベルトとオスカーの父ジャンは、王立学園の同窓であり、幼馴染である。

 子爵と男爵で爵位が近く、領地が隣り合っていることから、昔から家族ぐるみの付き合いをしている。


 以前はルイーズがブラン子爵家の跡継ぎとされていた。しかし、数年後に年の離れた弟が生まれたことで、男爵家嫡男のオスカーとの婚約が結ばれた。


 そのような事情から、この婚約が解消になることはないと誰しもが思っていた。だが、ここにきての不安定な状況。この婚約は、経済的支援や領地がらみの契約は交わされていない。破棄したところで、わだかまりが残るようなものでもない。しかも、爵位の差はほとんどなく、父親同士の仲が良い。そのような背景があるため、オスカーは、すぐにでも婚約を解消できると考えたようだ。しかし契約は契約だ。ここでわだかまりが残らないように、動かねばならない。


 ルイーズは気持ちを固めると、男爵に挨拶をした。


「お久しぶりです。本日はいかがなさいましたか」


「久しぶりだね。今日は突然の訪問ですまないね。実は、婚約に関することで話があって伺ったのだよ」


「婚約の話……ですか」


 ルイーズの問いに答えるように、オスカーが言葉を引き継いだ。


「ルイーズ、ごめんね。僕は、どうしても君を一人の女性として見ることができなくて……。僕は嫡男だから、それでは困るだろう? これから先も、その思いは変わらないと思うんだ。だから、婚約を解消したいと思ってる」


 オスカーは金髪碧眼だ。世間一般の美男子の部類に入るのだろう。きっと、自分でも自覚しているはずだ。それでも、中身が残念すぎる。


(——こんな無神経な人だったかしら)


 ルイーズの顔には、悲しみの代わりに呆れた表情が浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ