2 修道院へ行く①
修道院を訪れる日。
朝から天候が良く、素晴らしい一日の始まりとなった。
この訪問については週の初めに生徒会から日時が知らされていた。ルイーズは、その日から今日までを指折り数え、そわそわと落ち着かない日々を過ごした。
前日はベッドに横になっても、頭の中は修道院一色で、なかなか眠りにつくことができなかった。ルイーズ自身、何故こんなにも修道院に惹かれてやまないのかと不思議なようだ。
そんなこんなで朝になり、ルイーズは、昨夜の寝つきの悪さなど感じさせないほどに早起きをした。身支度を済ませてから朝食を摂り、玄関でシャロン家の馬車が到着するのを今か今かと待っていた。
玄関前で待つこと20分、一台の馬車が門を潜り敷地内に入ってきた。馬車のドアに描かれた家紋から、シャロン家の馬車と気付いたようだ。
見送りのため、玄関前で待機していたローラが、修道院に持参するお菓子をルイーズに手渡した。
「お嬢様、いってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて」
「ありがとう。ローラ、行ってきます」
ルイーズは、挨拶を交わし馬車に乗り込んだ。まだ早朝のため、静かに出発するようだ。馬車の中に入ると、エマとエリーが笑顔で待っていた。
「おはようございます。今日は一日よろしくお願いします」
「ルーちゃんおはよう。今日はよろしくね」
「ルイーズおはよう。昨夜は良く眠れた?」
「楽しみで、すぐに眠れなかったの」
エリーはルイーズがなかなか眠れなかったことに気づいたようだ。心配なのか、道中が長いから休むようにと告げている。
走り出した馬車は、いつもの通学路を通り、女学院の方角に向かっている。三人でおしゃべりをしていたら、あっという間に女学院の建物が見えてきた。今日は女学院に続く並木道を通らずに、T字路の道を逆方向に進むようだ。
「そろそろ上り坂になるわね。舗装されているからそこまでひどい揺れはないと思うけど、気分が悪くなったら言ってね。そうね、外の景色を見ていた方が良いかもしれないわ」
エマは、初めて登山をするルイーズとエリーを気にかけ声を掛けた。二人は、エマに返事をすると、窓から外の景色を眺めはじめた。
外の景色を眺めると、野生の花たちが可愛らしく咲き乱れている。ルイーズとエリーは、あたり一面に咲く、爽やかな色の花々に感動して何も言えないようだ。
「二人とも、そろそろ着くわよ。外に出る準備をしておいてね」
「はい」
「分かったわ」
ルイーズはエマの言葉を聞いた途端、胸の高まりを感じてそわそわし始めた。
「着いたわ。二人とも降りるわよ」
御者がドアを開けると、エマは馬車から颯爽と降りた。二人もその後を続けて降り立った。
外に出た二人は、目の前の修道院を見上げて、再び言葉を失った。大きい建物だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
「三人とも来たわね。待っていたわよ」
先に到着していたエリザベスが声を掛けてきた。
「おはよう、リザ。早かったわね。レアも来てるの?」
エリザベスに答えながら、辺りを見回しレアを探すエマ。
「レアはまだよ。何かあったのかもしれないわ。これから人も増える時間だし、先に院長にご挨拶を済ませましょう。エリー、ルーちゃん行くわよ」
建物内は、静けさの中にも柔らかな空気を纏っている。皆同様の事を思っているのだろう、心なしか表情が穏やかになっているようだ。
エリザベスを先頭に、他の三人もその後ろをついていく。慣れた足取りで歩くエリザベスは、どうやら院長室に向かうようだ。
ルイーズとエリーはというと、落ち着いた様子ながらも視線は忙しない。
そうこうしている間に、院長室の前に着いたようだ。エリザベスがノックをすると、「お入りください」と室内から女性の声が聞こえてきた。挨拶を返し、エリザベスが入室すると、他の皆もついていく。
修道院長とエリザベスは、親しげな様子で挨拶を交わしている。エリザベスが後ろを振り返り、ルイーズとエリーに頷くと二人も頷き返し院長への自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります。シャロン伯爵家のエリーと申します。お目にかかれて光栄です」
「お初にお目にかかります。ブラン子爵家のルイーズと申します。お会いできて嬉しく存じます」
「二人とも、ご挨拶ありがとう。こちらこそ、お会いできて嬉しいわ。私は修道院長のイリスです。よろしくお願いしますね。——さあさあ、皆こちらに座ってちょうだい。ほら、エマちゃんもこちらにいらっしゃい」
穏やかな笑顔で迎えてくれた修道院長との初対面は和やかに進んでいった。しばらくの間、五人で世間話を楽しんでいると、ドアをノックしてレアが部屋に入ってきた。
「遅くなりました。申し訳ございません。ご無沙汰しております、修道院長」
「レアちゃん、お久しぶりね。少し元気がないようだけど、大丈夫かしら?」
ソファーから立ち上がり、入室したレアに近づき声を掛けるイリス。
「大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ございません」
イリスへ謝罪するレアに、エリザベスが話しかけた。
「レア、何かあったの?」
レアはため息をつくと視線を床に落とした。
「——ああ。ここに来る途中で兄と会ったんだが、少し言い合いになってしまってな」
レアを見ながら、エマは方眉を上げ、エリザベスは「……そう」と呟いた。
「私の事で話を中断させてしまい申し訳ありません」
イリスはレアの謝罪に「大丈夫よ」と答えた。
その時、ルイーズがレアに近づき、彼女の手をそっと掴んで持ち上げた。その手には赤い染みが付着している。自分のハンカチを急いでポケットから取り出すと、赤い染みを丁寧に拭き取った。
「レアさんの血ではないようですが……、少し傷がついています。痛みはありませんか?」
レアは自分の手とルイーズの顔を交互に見る。
「——ありがとう、大丈夫だ。ルーちゃん、感謝する」
「良かったです。でも消毒はした方が良いですね。修道院長様、こちらの部屋に薬品はありますか?」
「こちらには無いの。今、医務室から持ってくるわ」
「大丈夫です。私が行ってきます」
「ルイーズ、私も行くわ」
医務室へ向かおうとするルイーズに声を掛けるとエリーが立ち上がった。




