1 依頼
ルイーズが、侍女科に移り半年以上が経過した。
夏らしい雰囲気が漂う中、女学院の生徒たちは長期休暇を楽しみに、やる気を取り戻しているようだ。教室を見渡せば、笑顔と活気に満ち溢れている。
午前の授業が終わり、一息ついたルイーズは、教室の窓の方へと歩み寄った。窓から見える青空と、緑豊かに茂った木々たちを見て気分転換をしているようだ。
その時、エリーがルイーズに声を掛けてきた。
「ルイーズ、今、良いかしら」
「エリーどうしたの? 何かあったの?」
表情の硬いエリーを見て、何か困ったことが起きたのかと心配するルイーズ。
「実は今、上級生から手紙を渡されたの。宛名が私とルイーズで、差出人が生徒会三人の連名になっているの」
「何かしら……。取り敢えず、封を開けてみましょう」
「そうね、でも姉からは何も聞いていないし……。本当に何かしら」
姉のエマから何も聞いていないエリーは不安げな表情だ。その隣では、ルイーズが急いで封を開けている。封筒の中身を取り出すと、中には花の絵が描かれた上品なカードが入っていた。二人が恐る恐るカードを開くと、〈招待状〉という文字が目に入った。ルイーズとエリーは不思議そうな表情で顔を見合わせた。
「どういうことかしら。日時が今日の放課後だわ」
エリーはルイーズの言葉に頷いた。
「本当ね。日時が今日って……。招待というよりも呼び出しよね」
ルイーズは、エリーの腕に手を添えながら囁いた。
「放課後、遅れないように行きましょう」
「——そうね」
二人は顔を見合わせながら頷いた。
授業の後、クラスミーティングを終えた二人は生徒会室に向かっていた。二人は先ほどまで緊張した表情を浮かべていたが、久しぶりに訪れた淑女科の教室を見ると顔が綻んだ。
この場所を離れてからまだ一年も経っていない。しかし、侍女科に移ってからの半年を、無我夢中で過ごしてきた二人には、懐かしくもほっとする場所のようだ。
廊下でのおしゃべりは禁止されているため、二人は視線で会話をしながら歩いて行く。時折、寄り道しながら微笑んだ。
そうこうしているうちに、二階の一番奥にある生徒会室に辿り着いた。
「失礼いたします。侍女科のエリー・シャロンです」
「同じく侍女科のルイーズ・ブランです」
「どうぞ、入って」
部屋の中からエリザベスの返事が聞こえてきた。ドアを開けて部屋に入ると、レアがソファーから立ち上がり、二人に声を掛けてきた。
「急に呼び出して申し訳ない。こちらに座ってくれ」
二人が勧められたソファーに並んで腰かけると、エリザベスが紅茶を差し出した。
「今日は急にごめんなさいね。二人とどうしてもお話がしたくて、お呼びしたの」
「いえ、お気になさらないでください」
「それで、ご用件は?」
エリザベスは、素直な様子のルイーズと懐疑的な態度のエリーに微苦笑を浮かべた。斜め向かいのソファーに座り、その様子を見ていたエマが口を開いた。
「ルーちゃん、エリー。今日は急に呼び出してごめんなさい。二人にどうしても話したいことがあって来てもらったの。リザ、ここからは私が話すわね」
「ええ、お願いするわ」
ルイーズとエリーは、これから聞く内容が重要なことなのかと緊張した面持ちでエマが話し出すのを待っていた。
「二人とも、五十年前の問題が未だに解決されていないことは知っているわよね? そして、あの問題が原因で、人生に影を落とした人たちが多くいることも。どんなに時が経とうと、どうしても黒い影が付いて回るわ。五十年以上も前の話なのに、高位貴族家では、未だに尾を引いている。私たち三人は、その問題解決のために動いている方々と一緒に、問題の真相を探っているの。生徒会活動という名目があれば、動ける範囲も広まるし、内容も三人だけに留める事ができるでしょう? 先輩方の卒業後、生徒会が三人だけで活動している理由はそのためなの」
「エマ、続きは私が話すわ」
エリザベスは、エマに声をかけると話し始めた。
「どうしても、私たちの世代であの問題を終わらせたいの。二人とも、淑女科に在籍していたから分かるでしょうけど、本来であれば、婚約を結んでいる子たちはもっと多いはずよ。あの問題が、家同士の繋がりを結びづらくさせているの。私たちは、そういう歪みを正したい。でも、私たちもこの女学院を卒業する年になってしまった。もちろん、卒業後も問題が解決するまでこの活動を続けていくつもりよ。でも、学生の方が動きやすい場面もある。これから私たちの後を引き継ぐ生徒会入会予定の後輩たちには、伝えるつもりはないの。そこで、あなたたちに協力してほしいの。もちろん、危険なことをさせるつもりはないわ。どうかしら、お願いできるかしら」
ルイーズとエリーにとっては思いもしない内容だった。二人とも俯きながら考え込んでいる。それから数分後、ルイーズが顔を上げてエリザベスに尋ねた。
「二つほど、伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「まず、その活動は私たちにもできる事なのでしょうか? それに、先輩方の後を引き継ぐ予定の方々に、お話しをされない理由は何でしょうか?」
「この活動は、二人にもできる事よ。もし協力してもらえるなら、外部の方々との関わりは増えるけど、心配しないでほしいの。私たちの活動は、学院長と淑女科の一部の先生、それから修道院長もご存じよ。何か困ったことがあれば、私たち以外にも頼れる人たちがいるわ。だから安心してほしいの。それと……、生徒会を引き継ぐ予定の後輩たちだけど、メンバーの人数が増える予定なの。でも、この活動内容はなるべく少人数に留めたい。そこで、卒業後も頻繁に連絡を取り合うことが可能な二人に、お願いしたいと思ったのよ」
エリザベスの返答を聞いたルイーズは、エリーを見つめながら無言の確認を取る。ルイーズの表情から、気持ちが固まったことを察知したエリーは、小さくため息を吐きながら頷いた。
「私たちに何ができるのか、まだ分かりませんが。そのお話、お引き受けいたします」
「ルーちゃん、ありがとう。エリーも良いのね?」
エマの問いかけに、エリーは頷きながら返事をした。
「よかったわ。それでは早速、修道院に行きましょう。いつが良いかしら」
「できれば、長期休暇前に頼む」
それまで黙って話を聞いていたレアが、エリザベスの提案にすぐさま答えた。
「修道院ですか?」
疑問に思ったルイーズが聞き返すと、エリザベスが答えた。
「ええ、二人はまだ修道院長にお会いしたことはないわよね。これからお会いすることも増えるから、前もってご挨拶しておきましょう」
「分かりました。訪問の際は、よろしくお願いします」
「ありがとう、こちらこそよろしくお願いするわ」
「よろしくたのむ」
ルイーズとエリザベス、そしてレアの三人はお互い顔を見合わせて握手を交わした。そんな三人から少し離れたところでは、エリーとエマが何やら小声で話している。
「三人の行いは素晴らしいと思うわ。でも、ルイーズを危険が伴うようなことに巻き込まないでほしいの」
「危険なことはないわ。それに、エリーもルーちゃんがこの問題の影響を受けていることに、気づいているのよね? ルーちゃん自身が動くことで、どんな影響を受けたか分かるかもしれない。だから、エリーはあの場で反対しなかったし、ルーちゃんの意志に任せたほうが良いと思ったのよね?」
エリーは躊躇いながらもエマに答えた。
「そうね、エマちゃんの言う通りよ。でも、強引には動かないでほしいの。心にどんな負担がかかるか分からないわ」
「分かったわ。ルーちゃんの様子を見ながら動くから、そんなに心配しないで」
表情を緩めたエリーがエマに頷き返した。
その時、その場を仕切るようなエリザベスの声が聞こえてきた。
「それでは、次は修道院への挨拶のときに集まりましょう」




