7 感謝
侍女科にきてから半年ほどの月日が流れ、ルイーズも新しい環境に慣れてきたようだ。
まだまだ学ぶことは山ほどあるが、それらを身につけて、確実に自分のものにしている。こんな順調に進んでこれたのも、先生や友人たちの協力があってこそ。ルイーズはそんな思いで今までLノートに書き綴ったページを見返していた。
最新のページに目を留めると、合同授業のお茶会での出来事が書かれている。
お茶会では、自分が淹れる紅茶の味に納得ができず、給仕当番を外してもらった。背中を押してくれたエリーとクレア、そしてミアの三人にも断りを入れた。
(私って、頑固なのかしら……。こだわりって言えば聞こえは良いけど、侍女になったらそんなことを言ってはいられない。丁寧に迅速に、作業をこなしたいとは思うけど……)
侍女の仕事は、限られた時間内にこなさなければいけない作業も多い。しかし、ルイーズとしては、適当なものは出したくないというこだわりが強いようだ。
(三人は、香りも味も良いって言ってくれたわ。それから、味の好みは人それぞれだとも言っていたわね。これからは、一つの味に拘らず、色々な味も知るべきよね。それに慣れてきたら、茶葉のブレンドも上手にできるようになりたいわ。それから……、あの時は、実践の場で試す機会を逃してしまったわね。……次こそは、必ず行動するわ)
普段ならば当たり前のように思えることでも、没頭していると気づきにくいこともある。今回も、Lノートには新たな課題が書き込まれていく。紅茶に関しては、自分の中で折り合いをつけたようだ。
それからルイーズは、Lノートの中でも気になる課題に視線を落とした。
馬車通学-家族が使用するときはモーリスが往復。お父様は乗馬も可能
ルイーズは、自力で通える方法がないかを考える。御者のモーリスに相談した時、『これから環境が変わるのだから、慣れるまではこのままで様子を見ましょう』と言われたが、侍女科にも慣れてきた今、どうしても考えてしまうようだ。
「乗馬の練習がしたいとお願いしても、きっと反対されるわよね。誰か教えてくれる人はいないかしら……」
ルイーズは侍女科に移ってから活動的になった。侍女科の積極的な仲間たちに感化されたのか、それとも元々の性格なのか——。淑女科にいた時であれば、乗馬をするなんてことは思いもしなかった。新しい経験や知識を通じて、確実に視野が広がっている。
「そうだわ。明日はお休みだし、皆に私の淹れた紅茶を飲んでもらおうかしら」
♢
女学院が休みの休日——
ルイーズは、午前中から調理場で料理をしていた。
屋敷の皆に紅茶を振る舞うため、昨夜は皆の好みに合わせたメニューを考えていた。まだ、全員の料理を用意するのは難しいため、午後の休憩に合わせて紅茶とお菓子、それから軽食を用意するようだ。
朝食の片づけ後から、昼食の準備が始まる前までに、オーブンを使うことを考えて、早い時間から準備を始める。
まずは、スコーンとキッシュの材料を全て揃えてから、オーブンを予熱する。スコーンの生地を作り、休めている間にキッシュの生地を作り型に敷く。キッシュの具材は野菜とベーコン、チーズのようだ。それらを炒め終わったら、スコーンの生地を成形してオーブンで焼く。その間にキッシュのアパレイユ(卵液)を作り、キッシュの型にアパレイユと具材を入れてオーブンで焼く。ここまでくれば、最終地点まであと少しだ。
焼いている間に、クロテッドクリームとブルーベリージャムを作る。フルーツジャムが苦手な人もいるため、ハチミツも用意する。スコーンだけでも良かったのではないかと思うが、キッシュは皆が好きな料理のようだ。
昼食後、スコーンとキッシュ、それから紅茶のセットをティートロリーに乗せて目的の場所に向かう。ローラには、最初は父親の執務室に向かうと伝えたが、先ずはローラの所と決めていたルイーズ。ローラには、あらかじめ時間と場所を聞いていたようだ。ローラはミシェルのお世話もしているため、他の使用人とは休憩時間が異なるようだ。
「ローラ、ルイーズです。入っても良いかしら」
「お嬢様? どうぞ、入ってください」
ルイーズが、休憩室に来るとは思っていなかったローラは、何かあったのかと心配そうだ。
「今、休憩中よね。ローラにお茶を淹れたくて来たのだけど、今、良いかしら?」
「私に…ですか? ええ、頂きます……」
ローラは感情が溢れ出し、感動で泣きそうになっているようだ。ルイーズを近くで支えてきた姉のようなローラにとって、ルイーズの成長が嬉しいのだろう。
ルイーズは、甘いものが大好きな彼女のためにスコーンと多めのクリーム、そしてジャムをのせたものを差し出すと、紅茶を淹れ始めた。
やはり、侍女としては気になるのだろう。茶葉の選別から、最後の一滴を淹れるまで見届けると微笑みながら頷いた。ローラは出された紅茶の香りを確認して口に含むと、感想を伝える前にどうやら感極まってしまったようだ。
「お嬢様……、美味しいです。本当に美味しい……」
「ローラありがとう。練習にも付き合ってくれて、本当に感謝しているわ。それから……いつもありがとう」
「っ、もう、泣かせないでください。紅茶もスコーンのジャムも私好みでした。とても美味しかったですよ」
「これから、皆様の所へ向かうのですよね。今日は昼食後に、お嬢様がお茶を淹れることを侍女長が奥様にお伝えした様で、皆さん執務室でお待ちかと思います。楽しみにされていると思いますので、紅茶を振る舞って差し上げてください」
「ローラ、ありがとう。これから執務室に向かうわ。それと、他の皆にも紅茶を飲んでほしいのだけど、仕事の邪魔をせずに紅茶を出せる機会はあるかしら?」
「皆さん、週末に集まって秘密の会合をしているそうですよ。多分、今夜がその日だと思います」
「秘密の会合なら、私が顔を出しても大丈夫かしら?」
「他の皆も、集まっていることは知っていますし、秘密でも何でもないですから大丈夫ですよ」
「ふふっ、そうなのね。今夜、行ってみるわ」
その後、会合へ行くことを勧めたローラは、四人の年配紳士たちに、『今日は早く仕事を切り上げるように』と伝えたようだ。
♢
執務室へ来たルイーズは、ドアをノックしてから室内に入った。部屋の中では、ルーベルトとエイミー、そしてリアムとミシェルが待っていた。トーマスは、家族団欒ということで遠慮をしたようだ。
「お待たせして申し訳ありません」
「良いのよ。皆楽しみに待っていたわよ」
エイミーの嬉しそうに笑う姿に嬉しくなったルイーズは、皆の前にスコーンとキッシュを並べてから、紅茶を淹れた。ルーベルトには渋めの紅茶をストレートで、エイミーには紅茶にミントの葉を添えて出す。リアムには紅茶にミルクを入れ、ミシェルにはミルクを出す。
「どうぞ、お召し上がりください」
ルイーズから勧められ、紅茶を口にするルーベルトとエイミー。リアムとミシェルはスコーンに夢中のようだ。
リアムは頷きながら、二つのスコーンにクリームとハチミツを掛ける。一つをミシェルに渡して、一緒に食べ始めた。ニコニコ顔でスコーンをほお張るミシェルを、ルイーズとリアムは顔を見合わせ笑いあった。
「姉上、とても美味しいです」
「ねえたま、すごくおいしいよ」
「二人とも、ありがとう。良かったら、キッシュも食べてね」
「お父様、お母様もお味はいかがですか?」
「ルイーズ、とても美味しいわ。沢山練習したのね」
ルイーズを褒めるエイミーの横で、ルーベルトは紅茶を一口含んだ後から、ずっと紅茶を見つめていた。その様子を横で見ていたエイミーから脇腹を突かれ、ハッとして顔を上げた。
「美味しかったよ。ありがとう」
涙声で答えるルーベルトに、エイミーは呆れながらも微笑んだ。
♢
その日の夜、年配紳士たちの会合はいつもより早い時間に始まった。
「今夜は、ルイーズお嬢様が我々のために、軽めの軽食を用意してくださったようだ。皆、晩御飯は軽めに済ませてきてくれたか」
「ああ」
「大丈夫だ、いくらでも食べられるぞ」
「わしは食べていないから大丈夫だ」
執事トーマスの問いかけに、御者モーリスと料理長トミー、そして庭師のトムが答えた。
「そうか、皆の協力に感謝する」
トーマスはローラから、会合を早めに出来ないかと相談され、皆に晩御飯を控えめに取るように伝えていたのだ。
ルイーズはローラから、四人は晩御飯を軽く食べてくることを聞いたため、夕方からローストビーフのサンドウィッチと野菜のスープ、そしてフルーツを用意した。
ルイーズが四人の待機する部屋へと着くと、トーマスがドアを開けて待っていてくれた。
「急なお願いを聞いてくれてありがとう。今夜は、皆に感謝の気持ちを込めて紅茶を淹れさせてください」
「ルイーズお嬢様……」
「ありがとうございます。お待ちしてましたよ」
「さあさあ、こちらにどうぞ」
モーリスが感動している隣では、トミーとトムがルイーズに部屋に入るように勧めた。
皆の前にあるテーブルに、夕方作った軽食やスコーンを並べてから、トーマスとトミー、トムの三人には渋めの紅茶を、モーリスには少し味が軽めの紅茶を淹れた。
「いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします。……そうだわ、これはローラが用意してくれたの。後で飲んでね。それでは、ごゆっくり召し上がってください」
ルイーズは、ローラから渡されていたワインをトーマスに渡して部屋を後にした。
「……グスッ」
「泣くな、モーリス。あんなに大きくなられて……。大旦那様もきっと、安心なされる」
トーマスの言葉に同調するトミーとトム。
「ああ」
「そうだな」
感極まって言葉にならないモーリスと、感慨無量の三人。
ルイーズの成長と、生き生きとした表情を見ることができた今夜の会合は、ワインを片手に夜遅くまで続いたそうだ。




