2 親友の決意
「私、婚約を解消するわ。この婚約は政略ではないから許してもらえると思うの。両親には今夜にでも話してみるわ」
「そう……でも、そうね。話すなら早いほうがいいわよね。ルイーズのご両親なら、許してくれるとは思うけど、お相手との話し合いが難航しそうなときは教えてね。私にできることはないかもしれないけど、役に立てることはあると思うの」
「ありがとう」
ルイーズは、頷くエリーに微笑み返すと窓の外を眺めた。
静かな時間が過ぎたころ、顔を引き締めたエリーがルイーズに話し掛けた。
「——こんな時にする話ではないんだけど……どうしても話しておきたいことがあるの」
窓の外を眺めていたルイーズは、エリーに顔を向けた。
「私、半年後の進級に合わせて、淑女科から侍女科に転科するわ」
「…………」
エリーは固まるルイーズをよそに話を続けた。
「私は、これからも婚約をすることはないと思う。だから、侍女科で将来の仕事につながる学びがしたいと、以前から両親に伝えていたの。それが、最近になってようやく、侍女科への転科を許してもらえたの。面談はこれからだけど……。私、侍女科へ移ることになると思うわ」
いつもは冷静なエリーだが、熱のこもった決意を語ってきた。
ルイーズは、いつにない様子の親友を静かに見つめた。
いつも見守り、寄り添うように傍にいてくれるエリー。普段は相手の気持ちを第一に考え、このように唐突な発言をすることはない。
しかし、そんな様子にも気付かないほど、ルイーズ自身も動揺している。
エリーから決意を打ち明けられたルイーズは、困惑から、思わず黙り込んだ。どうやら先ほどの光景も、すっかり頭から消えてしまったようだ。
幼馴染であり大切な親友。これまで二人は、いつも一緒に過ごしてきた。
幼い頃から共に遊び、成長してからは同じ学校に通い始めた。これからも、そんな平和な時間を一緒に過ごせると、当然のように思っていた。
ルイーズは、平穏な日々が当たり前すぎて考えもしなかった。そして、そんな自分に少しだけがっかりした。
(私は、エリーが考えていたことにも気づかなかった——)
伯爵家三姉妹の末っ子でありながら、しっかり者のエリー。今は婚約者がいなくても、将来を見据えた最善の道を歩んでいくのだろうとは思っていた。
しかし、ここにきての突き放し。ルイーズは、話の急展開に、少しの間我を忘れた。
ルイーズは、将来は決められたレールを歩くのが当然だと思っていた。女学院を卒業後は、婚約者と結婚をして、家庭を築くものだと思っていた。しかし、それも先ほどの光景を目にしたことで、自分の中で結末を迎えた。
我に返ったルイーズは、エリーを見つめた。
エリーに侍女という職業は結びつかない。だか、自分の意志で前を向いている女性はそれだけで尊い。そんな友を誇りに思うが、悲しいかな、前を向き輝いている親友と、婚約者に裏切られてこの先お先真っ暗な自分を比べたくなくても比べてしまう。
ルイーズは、込み上げてくる涙と震える声を、どうにか堪えてエリーに伝えた。
「すごいわ。将来を見据えての方向転換なんて、中々できることではないもの。侍女科に移ったら、一緒に過ごせる時間が少なくなるし寂しいけど、応援するわ」
エリーは、その表情と声を聴くなり一瞬眉をひそめるも、思い切って話を続けた。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。侍女科では、医療や薬草についても学ぶことができるから、今から楽しみなの。……でも、不安なこともあるのよね」
「不安に思うことなんてあるかしら? エリーはなんでもそつなくこなせるし、全く思いつかないわ」
「侍女科のカリキュラムは、家庭的なこと全般を学ぶ授業が多いでしょう。私は、刺繍とお茶を入れることしか出来ないから、不安なの。でも、まだ時間はあるし、自分で決めたことだから最後まで頑張るわ。——でも、もしルイーズが一緒だったらと思ってしまうの」
エリーはそんな言葉を伝えながら、意味ありげな視線を送った。どうやら他にも気づいてほしいことがあるような表情だ。しかし、その視線とは裏腹に、ルイーズはエリーの気持ちを知ることができ、少しだけ気持ちが上向きになった。