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7.我が家の居候

「ルークたちのパーティは確か、一週間の休養だっけ」


 家に戻ったシェリーは、買い物かごを居間のテーブルに置きながら、頭の中にあるルークの予定表を引っ張り出した。

 基本的にスケジュール管理は各冒険者たちに委ねているが、急遽人手が必要な場合などに備えて、ある程度ギルドの方で調整を入れさせてもらうことになっている。

 さすがに全ての冒険者の予定を把握しているわけではないが、ルークのことであれば別だ。それは男女の仲だからというわけではなく、彼が最高位の一等級冒険者だからだ。いざという時最も戦力になるからこそ、ルークをはじめ実力者たちの予定はギルド職員全員が閲覧できるようになっていた。


「あと四日か」


 休養が終わったら、ルークはまた新たな依頼に旅立つ。予定では二週間。結構な長丁場だ。しかも旅の準備を兼ねた休暇のはずなので、何度も会えるかと言うとそうでもない。

 初めてのデートだからと張り切っていたシェリーだが、二人きりで遊ぶ機会などそうそうないからこそでもあったのだ。


「昨日は、結局二人を見てるのが辛くて帰っちゃったんだよね。はぁ、あの後踏みとどまっていれば……」

「なになに? まだ落ち込んでんの? 相変わらずくっらいなぁ、シェリーは」

「うわっ、ゼオ」


 誰もいないと思っていた居間のソファに、黒髪の少年が寝そべってこちらを見上げていた。明かりも点けず、窓から差し込む街灯の光だけで本を読んでいたらしい。

 髪も瞳も黒色で、中性的な顔立ち。見た感じ十代半ばといったところだが、シェリーは彼の正確な年齢を知らないし、尋ねたこともない。ただ、結構な若作りであることは確かだった。

 彼の名はゼオ。ベルモット家の居候だ。働く素振りも見せず、普段は読書をしているか姿が見えないかのどちらかだが、なぜか両親には気に入られている。いつまでも家にいていいからねと言われて、図々しくもその通りにしているのだ。居候というより、出入りを許された野良猫みたいな存在である。


「キリエなら出掛けてったよ。お友達と観劇。若いね~。シェリーも見習ったら? それと夕飯は鍋の中。温めて食べなさいだってさ」

「聞いてないけど余計な一言までありがとう。おばあちゃんはお出掛けかぁ」


 ゼオは再び本に目を落として、寝そべったまま足をパタパタ。

 こちとら朝から晩まで働いてきたのにいいご身分だと、いささかムッとする。


「いるならせめて明かりを点けてって、いつも言ってるでしょ。暗がりから声をかけられるとドキッとするの」

「シェリーの心臓が弱いのが悪い」

「弱くないよっ」


 弱かったら既に百回は死んでる。しかしどれだけ叱ろうと無駄だということは、百回どころじゃなく思い知っていた。野良猫を躾けようとしても無駄なのと同じだ。

 結局、シェリーはぶつくさ言いながら、ぴっと指をさしてランプに明かりを灯すのだった。

 暖かみのある白い光が部屋を明るく照らす。

 魔術は祖母に仕込まれた。キリエは、かつて高名な魔術師だったのだ。詳しい経歴は知らないが、権力者がキリエにへこへこと頭を下げるのをこの目で見たこともある。だから地位は結構上の方だったんじゃないかと思う。そんな祖母に魔術を教えてくれと頼んだのはシェリー自ら。だが、彼女の才能を見出したのは他でもないゼオだった。


「何よ」


 本から目だけを上にあげてこちらを見ているゼオに気が付き、シェリーは渋い顔をする。無感情ではないのに何を考えているのかさっぱり読めない瞳が、前から少し苦手だった。


「宝の持ち腐れだな~と思って」

「何が?」

「希少な属性魔術とキリエ譲りの才能を持ち合わせておきながら、やることがショボすぎて涙が出てくるんだよ。もっと有効活用しようよ。なんだよ、ランプのスイッチ代わりって。明かりを点けるくらい幼児にだってできるじゃん。魔術師ならもっと高尚なことに魔術を使おうよ。あーもったいない。才能が埃被ってわんわん泣いてる」

「べっ、便利なんだからいいでしょ! ゼオにいちゃもんつけられる謂れないし!」


 いちいち癇に障る物言いに、ついムキになって叫び返した。

 "魔術師"は一般的に魔術を学んで実践する者たちの総称だが、剣士や弓使いと同列に、戦闘職を指して使われることもある。また、魔術研究のみする人間は魔術家と呼ばれる。どちらを名乗るかはその人次第だ。

 シェリーは魔術を使えるが、戦闘職の魔術師でも魔術家でもない。ゼオからすれば、貴重な才能を潰しているように見えるのだろう。

 ただ、それだけなら余計なお世話で済む話。シェリーの言う通り、いちゃもんをつけられる謂れはない。

 もちろん、それだけではないのだった。


 シェリーは過去、冒険者を目指していた。戦闘職としての魔術師だ。そのきっかけを作ったのがゼオ。彼女に魔術の才能を見出した彼は、魔術師として力をつけることを強く推していた。その情熱は本物で、虫一匹殺すにも怯えて泣き出すシェリーに対し、「そんな体たらくで冒険者になれると思ってんの?」と幾度となく尻を引っ叩いてきたのだ。全部無駄だったが。

 そう、無駄だった。

 トドメは母と祖母の「お前は絶望的に向いてない」という一言。その台詞が出るまで、ゼオはようやくシェリーを立派な戦士にすることを諦めた。

 今思うと、なぜあれほどまでに拘っていたのか理解できない。自分がシェリーの才能を見出したことに責任でも感じていたのだろうか。

 いや、そんな殊勝な性格ではないはず。だとしたら、「せっかく僕が見出したんだからそれに見合った結果を出せよ」という傲慢の表れだったに違いない。きっとそうだ。

 何にせよ、今更あれこれ言われても困る。


「あのね、私は今の生き方に納得してるの。別に持ち腐れだって何だっていいでしょ。宝をどう使おうと私の勝手なんだから」

「そうは言っても、ギルド職員だって全く現場に出ないってわけじゃないんでしょ? 魔獣の生息数調査とか、生態調査とか。実地踏査もギルドの仕事のうちだって、いつだったか言ってたじゃん」

「そういうのは専門知識を持った人が行くんだよ。多少の戦闘スキルも必要だけど、冒険者の護衛がつくし。余程の人手不足じゃない限り、私にお鉢が回ってくることはないよ。っていうか、どうしてゼオは私に戦わせたがるの?」

「今のままじゃ弱っちぃから心配してるんだよ」

「寝転んでばっかのゼオよりは強いと思うけど?」

「ほぉぉ? じゃあやるかい?」

「いいよ? やろうよ」


 バチバチと火花を散らし合う。

 しかし双方口だけだったらしく、数秒睨み合いしただけですぐに視線を外すのだった。

 何事もなかったかのように。

 ゼオは片手で頬杖をつき、右手でぺらりと本のページを捲る。


「しかし、そんな君がどうやら珍しく戦う気になったらしい。何が君を変えたのか、僕は非常に気になっているよ」

「え? 戦うって、なんのこと?」

「なんのことって……昨日泣きながら帰ってきた件だよ。フローラだっけ? 今朝仕事に行く時だって、鬱陶しいくらい落ち込んでたじゃないか」


 今はその様子が見られないので不思議がっているらしい。


「話聞いてくれるの?」

「話したいなら話せば? 居候だから聞き役くらいはするよ」

「ゼオにか~。……まあ、壁に話すよりはマシか」

「上からやめて」


 シェリーは少し迷ったのち、ギルドでの出来事を我が家の居候に話すことにした。

 喧嘩はするけど、別にいがみ合っているわけではない。むしろ、一家の中で一番相談しやすいのが彼だ。祖母はすぐ説教になるし、両親は両親で仕事が忙しく、顔を合わせることも少ない。

 ルークとのことなど大体の事情は話してあるので、ギルドにフローラが押しかけてきたことから簡単に説明する。短いのですぐに話し終わった。


「そのエリザベートって子は、随分と行動力のある娘みたいだね。昨日はデート現場、今日は職場に押しかけるとは」

「やっぱり、昨日私たちの前に現れたのは偶然じゃないと思う?」

「そう聞くってことは、察してはいたんだ」

「まぁ、ね」


 察しない方が無理があるだろう。

 エリザベートは、まるで物語のワンシーンみたいに劇的な登場を果たした。

 演劇であればクライマックスだ。

 単なる偶然とは思えない。シェリーの職場も一日で調べたのではなく、前から知っていたのだろう。


 不運な事故によって引き裂かれた男女が、新しい恋人の眼前で運命の邂逅。生まれ変わりという神に許された奇跡を携えて。最愛の人が誰かを思い出した男は偽りの恋人を振り切り、運命の手を取る――とかなんとか。

 新しい恋人、あるいは偽りの恋人、つまりシェリーの立ち位置は、当て馬か悪女の二択。だが、今日の出来事で完全に悪女認定されただろう。もちろんそれはあくまでもエリザベート視点であって、シェリーの周囲は彼女の味方だ。逆に考えれば、あちらの両親や友人たちがエリザベートを応援するのは確実。上流階級が敵に回ると思うと憂鬱だった。


「デートの日取りや待ち合わせ場所なんて、どうやって調べたんだろう。ラビィとおばあちゃんにしか言ってないのに」

「さあね。お告げでもあったかな」

「嫌なこと言わないでよ……」


 既に神様のおもてなしで酷い目に遭っているため、ゼオの冗談は笑えなかった。


「誰かがエリザベートを止めてくれることを祈るしかないね。常識的な親なら、娘の好き勝手を許すはずないよ」

「だといいんだけど」

「ともかく、身の回りには一層気をつけることだ。ルーク青年とも早く仲直りしなよ」

「うん――って、別に喧嘩してるわけじゃないけど……」


 ぶつぶつ言うシェリーを横目に、ゼオは本を閉じて身を起こした。ソファの上で足を組み、その上に閉じた本を置く。黒と白のシンプルな装丁。彼の手指の隙間から、作者と思しきサインがちょこっと覗いている。

 ランプの明かりに照らされた横顔は、年頃の割に大人びている。虹彩を弾く光は、まるで小さな夜空のようだ。

 なんだろう、とシェリーはゼオを見返す。彼がこんな物憂げな表情を見せるのは、記憶にある限り初めてだ。いつも気怠げに時を過ごし、たまにシェリーときょうだい喧嘩のようなことをする。それが普通だった。


「ねえ。僕の話していい?」

「うん? いいよ?」

「昔、仲の良い友人がいたんだ。それほど頻繁に顔を合わせてたわけじゃないけど、不思議とウマが合ってね。いつも一人だったそいつに、僕はたびたび声を掛けていたんだ」


 ゼオの昔話だ。珍しいと思いつつ、シェリーはソファの背凭れに寄りかかり、大人しく耳を傾ける。


「ある日、そいつに好きな人ができた。と言っても恋愛的な意味じゃない。じゃあ何なのかって聞かれると困るんだけど、とにかく気になる存在だったみたいで、次第にその人を見てることが多くなっていった」

「異性なの?」

「そうだよ。まだ若い女性だった」


 ふと、いつだったかギルドで耳に入ってきた会話を思い出す。男女間の友情は成立するか否か、という内容だ。一方は成立する派、もう一方は成立しない派に分かれて主張を戦わせていた。ゼオの友人のことも、そういう話だろうか。どちらの主張が正しいのかシェリーには分からないが、結局人によるような気がする。ゼオは男だけど、異性としては天地がひっくり返っても好きにならないと思う。友人かと言われると微妙だが。


「で、どうしたの?」

「どうもしなかった。最後まで話しかけられなかったみたいだ。気が弱いやつだったからな」

「へぇ……。それは何とも残念な人だね」

「あいつも君にだけは言われたくないだろうね。長年ルーク青年に話しかけられなかったくせに」

「仰るとおりで……」

「まああいつはそんな風に思わないだろうけど」

「どっちよ」


 と、そこではたと気づいた。ゼオの話が、全部過去形だったことに。


「ゼオの友達、今はどうしてるの?」


 恐る恐る尋ねると、ゼオは諦めたような、それでいて悲しそうな顔で笑った。


「どうしてるのかなぁ。生きてはいるはずなんだけどねぇ」

「……そうなんだ」

「たぶん、どっかの穴蔵とかに閉じ籠もってるんじゃないかな? あいつ暗いとこ好きだから」

「へ、へ~。随分と変わった友達だね」


 ゼオと気が合いそう、とは思っても口にするのは止めておいた。少しおどけた口調が、悲しみを上塗りしているように思えたから。

 シェリーの気遣いが伝わったのか、ゼオは照れ隠しのように咳払いをした。


「えっと、なんでこんな話したんだっけ。なんか、ふと言わなきゃって思ったんだよな――って、ああっ! これ、エルメスの書いた本じゃん! こんなもの読んでるから余計な情緒湧いてくるんだよ、もう!」


 そう叫んで、黒と白の本をソファの上に放り出す。自分の意思で読んでいたくせに、身勝手な言い草だ。どんな内容なんだろうと思って手を伸ばしたが、それよりも早くゼオの手が本を奪った。


「シェリーは読んじゃダメ」

「ええっ、なんで。気になる」

「いいんだよ、読まなくて。シェリーには必要ないから。それより早く夕飯食べなよ。キリエが帰ってきても鍋が片付いてなかったら、怒られるよ」


 そう言われてシェリーは時計を見た。


「うわあもうこんな時間! 食べる食べる、今すぐ食べるっ。もしおばあちゃんが帰ってくるのに間に合わなかったら、今日は残業で遅かったんだってフォローしてねっ」


 気の抜けた返事を背中に聞きながら、キッチンへと向かう。

 鍋の蓋を開けると、今日の夕飯は肉入りのシチューだった。祖母は肉が苦手なので、これはシェリーのためだろう。ゼオは、なぜだか家では食事をしないのだ。

 たった二人分作るのも却って負担だろうに、祖母は夕暮れを越えて帰ってくるシェリーのために毎日料理を作ってくれる。ギルドでは色々あったが、ここだけ変わらない日常のようでほっとした。


(食べ終わったら、ルークに手紙書こう)


 話をする。その決意は揺らいでいない。ルークの本心を確かめることへの不安や恐怖はあったが、それ以上に彼を信頼している。だから大丈夫、と自分に言い聞かせるのだった。

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