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間話2 消えないお菓子の謎・後編

 ギルドの裏口は、賑やかな通りに面した正面口と異なり、森のような静けさに包まれている。周囲を囲むのは石造りの大きな建物だが、王都で生まれ育ったオレットにとっては大自然よりも安らげるかもしれない。


「…………」


 石レンガで舗装されたアプローチの脇には二人掛けのベンチが置かれており、オレットが背凭れに大きく腕を広げ独占していた。とは言え、他に人もいないので文句を言われる心配はない。

 上を向いた口がだらしなく開いている。視線は一点を見つめているが、茫洋とした瞳には何も映っていない。

 完全にだらけきった姿だ。


「…………はぁ」


 眠たげな顔から発せられたとは思えないほど憂鬱な溜息。もし同僚が聞いていたら、真っ先に医神殿を勧めただろう。

 だが、彼の症状は神官に癒せるものではなかった。

 柄にもなく後悔していたのだ。


(やっぱ、言い過ぎたよなぁ)


 ラビィのことだ。

 自分勝手な都合を押し付けるような言い方をしてしまった。我ながら何様だと、自己嫌悪に陥る。どうも人からは情緒が薄く過去を顧みない男だと思われているようだが、オレットだって普通に反省するし落ち込むのである。

 去り際に見えた、ラビィの驚いた顔が瞼から離れない。今も罪悪感をチクチクと攻撃している。このままでは夢にも出てきそうだ。

 だが、謝ったらまた"犯人探し"に付き合わされそうな気もする。それはなるべく避けたかった。


 ラビィが何故、あれほど執着するのかオレットには分からなかった。

 そんなに好奇心の強い子だっただろうか? 向上心が高く、知らないことはただちに調べる熱意はあるが、それは仕事上必要だからであって好奇心ではないだろう。

 それとも、普段見せない一面が顔を出しているのか。


(菓子好きみたいだし……だからか?)


 確かに、好きなことにはとことん情熱を捧げそうなタイプではある。

 犯人を見つけ出して、専属の菓子係にしようとしている?

 自分で考えておきながら、いやいやアホかと頭を振る。

 あまりに突飛な発想だ。


(じゃあ自分で作ってみたいとか?)


 あるかもしれない。少なくとも、専属料理人よりかは絶対ある。

 しかし、いまいち似合わない。ラビィは自炊しないと言っていたし、覚える気もなさそうだ。曰く、安くて早くて美味しい屋台がたくさんあるのに買う必要がない、と。そんな彼女が菓子作りに手を出すだろうか? いや出さない。


(んじゃやっぱり恨みか)


 一度は否定されたが、実は最有力候補だと思っている。

 殺人の動機トップ3だって、金、痴情のもつれ、怨恨と相場が決まっている。ラビィの中では激しい憎しみが渦を巻いているのかもしれない。表面上は隠しているだけで……。

 ラビィのことだから、復讐するとなったら徹底的にやるだろう。彼女の恨みを買った者は、処刑の日が来るまで震えて待つしかないのだ。あるいは、恨みを買ったことにも気付かず最後の平穏を享受するか。二つに一つ。


「……こえーな」

「何がです?」

「うおっ!?」


 にゅっと、顔の横から顔が出てきて、オレットは反対の方向へ大振りに仰け反った。気配を絶って後ろから忍び寄っていたラビィは、その反応に気を良くしてニヒヒと笑う。

 オレットはベンチの端まで後退った姿勢のまま、バクバクと体を突き破る勢いで跳ねる心臓を押さえた。

 直前まで不穏な考えを巡らせていたせいか、ラビィの笑顔に裏を感じてしまう。見た目は小動物っぽい愛らしさがあるが――騙されてはならない。たまに存在する、ゴロツキのような冒険者にも平気で冷水を浴びせる豪胆さの持ち主なのだから。

 今も、不快を与えたオレットにどのような反撃をしようとしているか分からない。

 ベンチの空いたところにひょいと腰掛けるラビィを、固唾をのんで見つめるしかなった。


 赤く染まりはじめた夕暮れ。石造りの森に囲まれた、大都会の中の静けさ。

 前を向いて座るラビィの横顔は、どこか大人びている。


 ――反撃、しないのか?

 もしかして別件かな、と希望が出てきたタイミング。それを待っていたかのように、ラビィが口を開いた。


「お菓子を作って置いてるの、オレット先輩ですよね」


 ぴくり。

 口元が引き攣る。

 目線がラビィの全身を上から下までさっとなぞる。

 ――言い方にも態度にも迷いがない。

 オレットは動揺を誤魔化すように足を組み、右手で口元から顎を擦った。


「……まあ、意外性は抜群だな。あとは納得できる根拠を提示できれば完璧だ」

「ふっふー。できないと思ってますね? できるんだなぁ、これが。というか、支部長に聞いたらあっさり教えてくれましたよ。『休憩室にお菓子を置く許可を取った人はいますか?』ってね」

「なに?」

「思ったんですよ。誰が、いつ、どうやって作ったかも分からない食べ物を、支部長や副長が放置しておくだろうかって。防犯とか食中毒の問題がありますからね。逆に言えば、一年以上も放置されてるってことは許可を出してるってことなんです」


 ラビィの弁舌は淀みない。言うことを決めていたかのようにスラスラと流れる。


「支部長の返答は『ああ、いたぞ。オレット・タロントだ。一年と半年ほど前、菓子を作るのが習慣だが、一人暮らしで他に食べる人間がいないのでギルドの休憩室に置いてもいいか、と尋ねに来た』でした! 証明終了!」

「あんの人、ペラペラと喋りやがって……」


 ラビィがにこやかに勝利宣言する一方、オレットは苦虫を噛み潰したような顔で毒づくのだった。

 支部長に裏を取られたからには、否定しても仕方がないと腹を括ったのだろう。

 大人しく首を差し出す。


「もはやこれまでか。何の恨みがあるのかは分からんが、首がほしいならくれてやる。一思いにやってくれ」

「は? 先輩の貧相な首なんていりませんけど。飾る場所もないし」

「え? でもほら、あるんだろ。俺に恨みが」

「ありませんよ。何言ってるんですか。過去最高に意味不明です」


 畳み掛けるように否定する。蔑みをたっぷり含んだ眼差しを添えて。

 一刀両断されたオレットは、だらりと背凭れに沈んで天を仰いだ。


 そんな彼をラビィは表情を和らげて見つめていた。軽口の応酬は二人にとってコミュニケーションの一つだ。いつもと同じ調子に戻るにつれ、昼間の喧嘩がどこか遠くの出来事になっていくのを感じた。


「一つだけ、昼間の言葉を訂正させてください。あたしは、単なる好奇心であなたを探していたんじゃありません。ずっとお礼を言いたかったんです。直接、目を見て」

「……お礼?」


 不思議そうに繰り返すオレットに、ラビィは全てを明かした。

 自分の境遇。ギルドの中で孤独を感じていたこと。追い打ちをかけるように昔の苛めっ子にお金を奪われ、心が折れてしまったことを。

 そんな時、休憩室にあったお菓子と置き手紙が彼女を救った。

 ラビィがギルドに馴染むことができたのは、"誰か"の優しさのおかげ。

 だからどうしても伝えたかった。

 "誰か"の秘密を暴いてでも。


「ごめんなさい。そして――ありがとうございました。あの書き置きもオレット先輩なんですよね?」

「……そうだよ。お前の元気がなかったから心配で」


 ムスッとして頬を掻く。

 照れているのだろうか。情緒が薄いと有名のこの人が。

 オレットは、我慢できず忍び笑いを漏らすラビィを睨んだ。


「なんだよ。笑うなよ」

「ふ、うふふ、すみません。つい」

「笑うなって。お前な、同僚が毎日毎日暗い顔して隣に座ってみろ。気になって仕方ないのに、下手に触るとダメなヤツって分かるんだぞ? 心配くらいするわ」

「その節はどうもご迷惑をおかけしました」

「分かればいいんだよ。……あの日。同じ部屋に俺がいるのに全然気付いてなかったから、行けるかと思ってこっそり皿の下に挟んだんだ。案の定だったな」


 そう言って、オレットはドヤ顔をする。いつもなら冗談の一つや二つ叩き返しているラビィだが、今は胸が支えてそれどころじゃない。

 すごく、すごく嬉しかった。

 思った通り、あの書き置きを残したのが、甘くて美味しいお菓子と同じ、とても優しい人だったから。

 探してよかったと、心から思う。秘密を暴かれたオレット先輩は良い気がしないかもしれないけど、その分の申し訳なさをしょっ引いたとしても達成感が勝つ。


「こんなに近くにいたんだ」


 思わず溢れた本音はオレットの耳に届き、彼は擽ったそうに顔を顰めた。

 自分がそこまで大層なことをしたとは思っていない。疲れた時には甘い物だという、極単純な考えに則ってお菓子を勧めただけだ。それが予想を遥かに超えてラビィを元気づけていたなんて、本人の口から聞いた今でも実感が湧かない。ゆえに、恩人ぶるつもりもない。


「正体を隠すのは、趣味バレが恥ずかしいからですか?」

「そうだよ。分かってんじゃねぇか。聞くなよ」

「分かりませんよ。先輩のことなんか、なんにも分かりません」


 今のオレットのことは知っていても、過去のオレットのことは何一つ知らない。

 知りたい。もっと知りたい。

 そんな気持ちがラビィの胸を占拠していた。

 なんなんだろう、この気持ちは。


「もっと教えて下さいよ。どうしてお菓子作りをはじめたんです? いつから?」

「お前に聞かせるような話じゃねぇよ」

「いいじゃないですかー。知りたいんですよー」


 楽しそうに詰め寄る後輩に、オレットは面倒くさそうにしながらも仕方なしに口を開く。


「……姉貴が誘ってくれたんだよ。俺は商家の次男坊でな。材料は簡単に手に入ったし、手順も姉貴が教えてくれた」

「え? 商家の? そうだったんですか。へー……」


 意外そうに呟くラビィの目が、突然カッと見開かれた。


「え、もしかしてタロント商会? あの!?」

「そうだよ」


 ラビィは悲鳴のような声を発してオレットを見やった。オレットはすごく嫌そうな顔をする。

 驚くのも無理はない。タロント商会は東王都で一、二を争う大商会だ。確か、会長の娘は貴族に嫁いでいるはず。つまり、オレットは貴族の縁戚ということになる。

 全然知らなかった。オレットも吹聴するような性格ではないとは言え。


「家を継ぐのは兄貴だって決まってたし、俺も性に合わないと思ってたからそれでよかった。でも、ある日突然、兄貴が騎士になるって言って家を飛び出したんだ。一緒に剣術習ってたから、そういう願望があるのは意外じゃなかったけど、家督を捨ててまでってのは完全に俺も予想外だった。で、当然親父はカンカンだったわけだが、出て行ったもんはどうしようもない。騎士になるってことは貴族に仕えるって意味で、取り消しなんかできないからな。兄貴のことは諦めるしかなかった。ってことで、俺にお鉢が回ってきたんだ」

「それは……オレット先輩が後継者に指名されたってことです?」

「まあ、そうだな。一旦は」


 オレットは腕を――左側にはラビィが座っているので、右腕をベンチの背凭れに引っ掛けて、眠たげに上を見上げた。


「――商売の勉強を本格的にさせられて、上流階級用のマナーも無理やり覚えさせられて、人脈の引き継ぎとかで毎日毎日知らない人間に会わせられて。もう本当に、ストレスで禿げそうだった」

「そんな華やかな生活、先輩には似合いませんねぇ」

「だろ? あの頃からだなぁ。なんか、笑うのも億劫になってさ」

「……それは」


 内容の重さを吹き飛ばすような軽さで言うが、流石に笑えない。

 ラビィにも作り笑いさえできない時期があったから、オレットの気持ちが痛いほど分かった。

 辛いのにどうにもならない圧迫感や、自分に対する情けなさ。もちろん、オレットの感じたものと全く同じではない。しかし、周囲との隔たりを強く意識した時の、あの深い谷底を見下ろすような絶望感や孤独感は、決して忘れることなどできない。

 オレットは家の柵に縛られて、縛られて、縛られて、少しずつ気力を失っていったのだろう。やる気のない人だと思っていたが、本当はきっと真面目なのだ。思えば、やるべきことをきっちりこなす姿勢は責任感のある人柄そのものだろう。

 優秀なのも納得だった。努力に裏打ちされていたのだから。


「スケジュール通りに淡々と日々を過ごしてた。そんな時だよ。既に嫁いでた姉貴が帰ってきたのは。あ、別に離婚したとかじゃないぞ。ただの帰省だ」


 上流階級では、家を出た娘が実家に頻繁に帰るのは体裁が悪いとされる。ましてや平民から貴族へ嫁いだのであれば、その辺は特に気を遣うだろう。何か特別な理由があったのなら頷ける。


「あ、分かった! もしかしてお姉さん、先輩の様子がおかしいの知ったんじゃないですか? 手紙か何かで。それで帰ってきてくれたんでしょ」

「なんで分かるんだよ。エスパーか」

「へへへ」


 軽口ではなく、純粋に驚いた様子のオレットに気を良くする。

 お菓子作りは姉に習ったと言っていた。それだけ仲が良いなら、体裁を汚してでも弟のために行動するのではないかと思ったのだ。正解だったらしい。


 しかし、オレットは唐突に、「なんで俺はこんな話をしているんだろう」というような顔で黙り込んだ。後輩に見抜かれて急に恥ずかしくなったのか。そこでラビィはオレットの左腕をぐいぐいと引っ張り、強引に話を続けさせるのだった。


「~~~~っ。あとはもうアレだ。半ば自棄だよ。最初は気乗りしなかったけど、そのうち無心で手を動かしていることに気が付いた。作業してる間は余計なことを考えずに済んだんだ。相変わらず勉強漬けではあったが、空いた時間はひたすらボウルを掻き混ぜてたな。出来栄えには興味なかったけど、不味かったら流石に改良したり……まあ、そういうのは嫌いじゃなかった」


 ラビィは、子猫みたいに真剣な瞳で聞いている。優秀な聞き手のおかげか、オレットの口もなんだかんだ滑らかだ。


「そしたら、なんか俺も知らん間に『次男は菓子職人になる』ってことになっててな。親父に呼び出されて、『家督は末っ子に譲るから、お前は好きなようにしろ』って溜め息吐きながら言われたんだわ」

「へあ!? 急展開ですね?」

「俺もワケ分からんかったが、たぶん、長男のことがあったからだろうな。本人にその気がないなら早々に次に回そうって判断したんだろう」

「あー……。お父さんも過去から学んだんですね。いや、先輩にとっちゃよかったですけど」

「思えば、俺は中途半端に従順だったんだよな。最初から、嫌なら嫌だって言やあよかった。ちゃんと話せば親父も分かってくれたはずなのに。無駄な時間を過ごしたわ」


 そう締め括ると、オレットは脱力してベンチに凭れかかった。長話をして疲れたのだろう。眩しくもないのに目を閉じて、今にも寝入ってしまいそうな雰囲気だ。


 ラビィは――悲しかった。

 無駄な時間なんて、オレットにだけは言ってほしくなかった。

 だって、今だけが現実じゃないか。そうだろう。


 後悔は悪いことじゃない。同じ間違いを起こさないために必要だ。

 オレットは父親に本音をぶつけなかったことを悔やんだ。そうしていれば回り道をすることなく、笑顔が億劫になるほどの苦痛も生まれなかったから。

 だけどその代わりに、今を失う。

 甘いお菓子と優しい置き手紙で結ばれた今を。

 そんなのは嫌だ。

 もし、苦しまない道がよかったとオレットが本気で思うのなら、ラビィは全力で否定したい。それがどんなに身勝手でも、不思議な縁で交わったこの道がこれからも続けばいいと願うから。


「――ラビィ?」


 急に静かになったことを不思議に思ったのか、オレットは俯いたラビィを怪訝そうに窺う。

 それが契機となった。

 ラビィは肩をふるふると震わせながら、キッとオレットを睨みつけ――


「オレット先輩のバカ! アホ! 面倒くさがり! たまに三日連続で同じシャツ着てるの知ってるんだからね! 二日までならまだ分かるけど、三日はない!」

「お、おお?」

「トーヘンボク! 魔性の男! むっつりスケベ! 拾ったら最後まで責任を持てー!」

「待て待て待て! 色々言いたいことはあるが、俺は何を飼わされようとしているんだ!?」


 ハァ、ハァと肩で息を整える。このくらいの発声で息切れすることはない。感情が昂ったせい、いや全部オレット先輩のせいだ。勝手に涙が滲んでくる体が実に忌々しい。別に泣きたいわけじゃないのに。これじゃ弱っちい子供みたいだ。

 オレットはどこか怯えた顔でこっちを見ている。それが無性に憎たらしく、逆に少し冷静になれた。

 ふーっと、肺の底から空気を出す。ゴシゴシと邪魔な水分を袖で拭う。

 すると、言いたいことが次から次へと湧いてきた。


「……無駄な時間なんて言わないでくださいよ。全部丸く収まってるじゃないですか。いつまでも昔のことでクヨクヨするような先輩じゃないでしょ? あたしだって嫌なことたくさんあったけど、自分の馬鹿さ加減に恥ずかしくて暴れたくなる時もあるけど、後悔はとうの昔に捨てましたよ。だって、今の自分が好きなんですもん。頑張って生きてるって、毎日実感するんです。そうしたのはオレット先輩なんですよ。先輩の優しさに救われたんです。それが全部無駄だったって言うんですか? 言うってんなら殴りますけど」


 オレットは圧倒されたようにぽかんと口を開けていた。そのまま時が止まったみたいに動かない。

 いつまでも何も言わないので、黙って拳を握るラビィ。それを見て、我に返ったオレットが慌てて制止する。


「待て。やめろ。その手を下ろせ」

「後悔しないって明言したら下ろします」

「しない! つーかしてない! 無駄って言ったのは悪かった、でも言葉の綾だ。本気で思ってはいない!」

「ならいいんですよ」


 あっさり許して、拳を下ろす。最初から殴るつもりなんかなかったんじゃないかと思うくらいの変わり身の速さ。オレットは深く息を吐いて安堵した。


「ラビィ、やっぱ俺に恨みがあるんじゃねぇか?」

「まだ言いますか。先輩には好意しかありませんよ」

「嘘くせー」

「むむ。信用ありませんね。じゃあ――」


 ラビィはすっくと立ち上がると、オレットの鼻先に人差し指を突きつけた。


「もし辛いことがあったら、あたしに相談してください。絶対救ってあげますから」


 自信に満ちた、挑戦的な笑顔。爛々と光る眼が、驚きに染まるオレットを射抜く。


 ――いつか、直接会ってお礼を言いたい。

 ――助けてくれて、ありがとうって。

 その夢は今日叶った。

 だから、次はあたしが前へ進む番。


「……へっ。分かった。その時は頼りにするわ」


 あくまで大人びた返答。

 彼がラビィを拒絶することはない。

 分かっている。先輩はあたしに甘いのだ。


 ――だけど、それだけじゃ終わらない。

 ラビィは、すうっと息を吸う。


「オレット先輩」

「今度はなんだよ」

「大好きです」


 口を半開きにし、言葉を詰まらせるオレット。

 ラビィはにやりと笑った。そのまま軽やかに身を翻し、ギルドの方へと駆け出す。が、思い直したように扉の手前で立ち止まると、弾ける笑顔で振り返った。


「これからもよろしくお願いします!」


 投げつけるように言い放って、颯爽と建物へ入っていく。

 残されたオレットはしばらくの間静止していたが――やがて苦笑交じりに溜め息を溢し、空を見上げた。

 薄く夜に染まりだした空には、瑞々しい一番星が輝いていた。

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