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13.可愛いところあるんだねぇ

 ギルバートの依頼を承諾した翌日、シェリーは再び塔の魔術師の塔を訪れた。転んでも怪我しにくいように、長袖長ズボンの動きやすい服装だ。危険は(たぶん)ないと言っていたが、ギルバート基準だからあまり信用はできないだろう。それ以上に信用ないのが自身の運動能力なのだが。

 少々不安が残る以外は、とても楽しみだった。依然から冒険というものに憧れを抱いていたし、最近立て続けに嫌な意味での衝撃を食らい、精神的に疲れ果てていたので、気分転換にも丁度いいと思えた。

 ――なのに。


(なんで……なんで……)


 シェリーたちの全身をすっぽり囲う風の球。風車塔近くの崖を、ギルバートの魔術でゆっくりと下っているところだ。左隣には鼻歌混じりで風を操るギルバート。そして反対の右隣りには、守るように体を寄り添わせたルーク。

 背の高い男二人に挟まれて、シェリーは窮屈そうに体を縮めていた。


(なんでルークが一緒なのぉ!? 聞いてないよ!)


 心の中の絶叫を、左右の二人は知る由もない。

 確かにギルバートは言っていない。ルークが同行するとは。だが、シェリーを連れ回す了承を得に行くとは言ったのだ。それを聞き逃したのはシェリーの落ち度である。

 そして、了承を貰いに行ったら、同行すると言い出した。ギルバートも想定外の反応だっただろうが、彼にしてみれば断る理由もあまりない。むしろ、なんなく面白そうな雰囲気すら醸し出しているのだった。

 ギルバートはにやにやと、シェリー越しにルークを見やった。


「それにしても、ルークも心配性だ……ったとはね。シェリーとは友達だって何度も説明したのに、信じないんだから」

「信じなかったわけじゃない。案じただけだ」

「そうだね。シェリーが僕に取られるかもって心配したんだよね。可愛いところあるんだねぇ、君」

「……お前がこんなにうるさい奴だとは知らなかったな。ギルバート・ルフェウス」

「気まずい沈黙が流れるよりいいでしょ」


 シェリーの知る限り、二人はさほど交流がない。現に今も、親しくないようなやり取りをしている。というか、一方的にルークが刺々しい。それがギルバートの言葉に起因するのかと思うと、シェリーは不覚にも胸がきゅんとなるのだった。


(え? 私を取られるかもって不安になったの? そんなはずないのに。かわいい……)


 我慢できずに右隣りを盗み見てみると、ルークは不貞腐れたような顔でそっぽを向いていた。

 その子供っぽい仕草。

 普段は一等級冒険者らしく頼り甲斐のある振る舞いを心掛けているが、たまにこうした素を晒す。そのギャップが愛しいし、自分に気を許してくれているのかと嬉しくなる。

 だけど、そう何度も見たことがあるわけじゃない。真っ当な彼氏彼女の関係でいられたら、もっと目にする機会はあったのだろうけれど。

 今、少しだけ、エリザベートに出会う前に戻ったような感覚だ。


(本当なのかな。まだ、私のこと彼女って思ってくれてるのかな)


 あの夜、エリザベートと何があったのか。どうしてシェリーを避けるような返事をしたのか。

 本当のことを知りたい。

 ルークは話したくないのだろうけど。

 真実を知らないままでは、彼を信じることすらできない。

 信じたいのに。

 信じてもいいのかと、黒い不安が過ってしまう。


(今日ルークが一緒なのは、良かったかもしれない)


 一昨日は会う約束さえできなかった。今日は隣にいる。話をするチャンスくらい作れるだろう。

 とは言え、本日の目的はギルバートのお供である。まずはそっちを終わらせてからだ。

 そんなことを考えている間に、空の高さはぐんと下がり、どこか見覚えのある大地がすぐそこまで近づいていた。


「はい、到着。魔術で下りたからあっという間だったでしょ」


 ふわりと風の繭が解け、水の香りを孕んだ自然の風がシェリーたちの頬を撫でる。

 シェリーはさっきまで自分たちがいた崖の上を見上げた。包丁で切り落としたみたいに切り立った絶壁だ。シェリーであろうとなかろうと、道具なしで下るのは到底無理だろう。それが、魔術を使えば一分もかからないのだからすごい。繭の中はとても狭かったけれど。


「……はっ」


 突然、シェリーは体を揺らした。繭が解ける前のまま、ルークと密着していたことを思い出したのだ。慌てて離れようとしたのがいけなかったのか、足元にあった小石を踏んでバランスを崩してしまう。あっと思った時には視界があらぬ角度を映していて、その端っこに驚くルークの顔が見えていた。

 ぽすん、と軽い衝撃。体は倒れて……ない。


「大丈夫か?」


 すぐ近くにルークの顔があった。どっ、と心臓が飛び跳ねる。現状を理解すると同時、反射的に彼の胸を押し返していた。


「ご、ごめんっ」

「気にしないで」


 ルークは特に抵抗することなく、シェリーを離した。


(恥ずかしくて、顔見れない)


 密着していたと思うと、緊張と羞恥心が込み上げてくる。

 恋人といったって、思いが通じ合ってたったの数日。触れ合いといえば手を握ったことしかなく、次の段階へ進む前にエリザベートという壁が現れた。付き合う前からほとんど進捗していない。今の二人は、友達以上恋人未満といったところだろう。


(突き放しちゃった……)


 今になって後悔が押し寄せてくる。嫌がるような素振りを見せたシェリーのことを、彼はどんな気持ちで見ているのだろう? 拒絶したつもりはないけど、そう捉えられてもおかしくない。見放されたりしたら、嫌だ。

 思春期の少女じゃあるまいしと情けなく思うけれど、恋愛ド素人なシェリーは一歩の大きさが分からない。どうやって間合いを詰めればいいのか、いちいち立ち止まって悩んでしまう。


「二人とも何してるの? こっちだよー!」

「あっ、はーい」


 降り立った地点から一歩も動かずにいた二人に、さっさと先へ進んでいたギルバートが呼びかける。

 我に返ったシェリーが視線を向けると、そこには大きく手を振るギルバートと、彼の後ろには空みたいに真っ青な湖が広がっていた。崖に向かって吹く風が、一つに縛った薄青の髪を揺らす。


「わぁ」


 思わず見惚れ、小さく歓声をあげる。

 湖の周囲は、見渡す限りの緑で覆われていた。湖に流れ込む水が豊かな土壌を育んでいるのだ。それが地上にまで色彩鮮やかな花を咲かせ、あちこちに瑞々しい生命の輝きを弾かせている。

 感動だ。熱に浮かされたように足を踏み出す。

 その一歩目で、シェリーは思わぬ土の柔らかさに足を取られて転びかけた。用意していたかのような滑らかさで、ルークが助けに入る。


「ご、ごめん。ありがとう」

「いいって」


 しかし、その後も三歩に一回は躓いていた。予期せぬ位置に落ちてた石だとか、伸びた草だとか、うさぎかモグラが掘った穴だとか。自然の罠には尽く嵌まった。


「面目ありません……」

「ははっ。シェリーはたまに何もないところでも転ぶから、特に驚かないよ」

「…………」


 違うんです。小さい頃から石畳が敷かれた町で生活してたから、土の上が慣れないだけなんです。

 ――そう言い訳したかったが、生来の運動音痴を自覚しているので下手に言えない。

 せめて、もう少しマシなフォローがほしかった。悪気がなさそうなのが悲しみを煽る。

 穴があったら入りたい気持ちを堪えつつ、シェリーは柔らかい土の上をふらふらとギルバートのもとに向かうのだった。


 ギルバートは水際にほど近い崖の下で立ち止まり、二人が追いつくのを待っていた。服装はいつもと同じ、上質な黒の上下に頑丈なブーツ。一見富裕層のお坊ちゃまだが、腰に提げた魔術師の杖が只者でないことを言外に物語る。

 ルークもまた、冒険に出る時ほどガチガチではないが動きやすい服装だ。今日はショートソードを斜めがけにした剣帯に括り付けている。町中で剥き出しの剣を携帯するのは違法行為だ。必ず布で包んだり紐で固く縛って、簡単に抜けないようにしなければならない。ここは中心から離れているが、人がいないと言っても王都は王都。ルークのことだから、ギルド長を通してきちんと帯剣許可を得ているだろうと思い、シェリーは何も言わなかった。


 二人が近づくと、ギルバートは確認していた懐中時計の蓋を閉じ、内ポケットに仕舞った。見間違いでなければ、銀色の蓋には時の神ゼオスの聖印が刻まれているようだ。魔術を毛嫌いする神官は多いが、神を厭う魔術師は少ない。信仰をもつ魔術師も当然いる。彼もその一人なのだろう。


「来たね。随分手間取ってたみたいだけど」

「それは放っといて」

「そうだ。放っとけ」


 シェリーが顔を赤くして言い返し、ルークがそれに同調すると、ギルバートは可笑しそうに肩を竦めた。


「さあ本題だ。今日はこの洞窟を探検してもらう」

「洞窟って、そこ?」


 察するまでもなく、洞窟の入口はギルバートのすぐ後ろにぽっかりと口を開けていた。大きくはないが、小さくもない。まるで人間のサイズに誂えたかのような丁度いい形で、古い住居の入口に見えなくもない。洞穴学には詳しくないが、これが自然に形成されたものだとは思えなかった。

 ルークは早速入口に近づき、身を乗り出すようにして中を確かめる。


「水が近いな。浸水しないか?」

「大雨でも降らない限り大丈夫だと思うよ。そして太陽神殿によれば、今日から一週間は快晴だ」

「深さは? 往復で何時間くらいかかる?」

「片道二十分もかからないよ。一本道だから迷うこともない。あと心配なのは魔獣や野生動物かな? 大丈夫、中は虫一匹いない」

「それは逆に怪しくないか?」

「だから気になっているんだよ。何かの儀式の場で、特殊な力が働いているのかもしれない。その調査のためにシェリーを呼んだんだ」


 ルークは、笑顔を崩さないギルバートの言動に顔をしかめた。ギルバートの言っていることは嘘ではないが、肝心の調査目的を明らかにしようとしないため、微妙に胡散臭さがある。目的とはもちろん、魔族による襲撃から王都を守るためだ。それと調査がどう繋がるのかシェリーには分からないが、ギルバートの中ではある程度の確信があるらしい。

 だが、ルークはそれでは納得しない。納得しないが止めるつもりもないようで、険しい顔をしながらも口を噤む。それを了承と受け取ったギルバートは、屈託のない笑顔をシェリーに向けた。


「もし魔獣か何かが襲ってきたとしても、僕とルークがいるから安心して。万が一洞窟が崩れた場合でも、僕は土魔術も得意だしね」

「そう言えば、私とギルバートさんで全属性カバーしてるね」

「だね~」


 シェリーが水と光。ギルバートは火と風、土と闇。そこに剣技最強のルークがいれば、大抵の危険は乗り越えられる気がする。いやまあ、戦闘面で期待しないでほしいのだが。

 そもそも一等級冒険者が二人もいるのだから、自分がでしゃばる必要ないだろう。むしろ邪魔にならないように控えているべきだ。

 そんなわけで怯えもなく落ち着いていたわけだが、何を思ったのかルークがギルバートを押しのけ意気込んだ。


「大丈夫。シェリーは俺が守るから」

「ル、ルーク?」


 いきなり何を、と狼狽えるシェリー。目の前には息を呑むくらい綺麗な顔があり、鼓動を否応なしに弾ませる。

 決して、決して見た目で好きになったのではないけれど、彼の見た目も大好きな要素の一つなのだ。

 爽やかな空が似合う金色の髪。すっきりと整った鼻梁。唇は薄すぎず厚すぎず、笑うと犬のような愛嬌が出る。

 それに、強い瞳。初めて惹かれた時から全く衰えない、意志の固さ。

 その強烈な青に吸い込まれそうになる。


(私は、やっぱりルークが好き。この気持ちはちょっとやそっとじゃ曲がらない)


 恋愛は惚れた方が負けだと聞いたことがある。それが本当なら、十年間ルークを思い続けてきたシェリーは大敗だろう。たとえルークがエリザベートに心奪われたとしても、みっともなく足掻くしかない。それが悔しいような、安堵するような気持ちだった。

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