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12.フェリウス王子

 第三王子フェリウス・ルキ・ソルレシアは、悲劇の王子として知られている。稀有な魔術の才を持って生まれ、当時まだ幼かったにもかかわらず、将来は王族初の宮廷魔術師かと専らの評判だった。


 宮廷魔術師は、たった九人にしか与えられない王国魔術師の最高位。国王のみが任命権を持ち、王族の魔術教育をはじめ王城の防御魔術の構築や維持、王家専属の相談役など、こと魔術においては多大な発言権を持つ。一方で政への関与は許されておらず、万が一これを踏み越えれば、最悪の場合反逆罪に問われる。

 また、出世を生まれに左右されることもないので、平民から宮廷魔術師に成り上がるケースもそれなりにあった。

 実力と信頼が何よりも重要な地位。そこに王族が就任するということは、盤石を意味する。

 フェリウスには、才能と身分、必要なものが揃っていた。

 だが――彼を殺したのもまた、魔術の才能だった。


「フェリウス王子は、五歳の時に複数属性の同時発現で発生した魔力乱を制御できず、瀕死の怪我を負い重体――逝去された、というのが公式情報だったと思うんですけど?」

「重体までは本当。たまたま師匠と地母神の神官が近くにいたおかげで、最速で最高の処置を施されて助かったんだよ。いやあ、我ながら運が良かった。まあ事故のことはよく覚えてないんだけど。気付いたら全身包帯巻かれててびっくりしたね。命は助かったと言ってもその後しばらく激痛で動けなかったし、大変だったよ」

「そんな事も無げに言われましても……」


 喉元過ぎれば熱さを忘れるというが、忘れ過ぎじゃないだろうか。死にかけたというのに。ギルバートの笑顔がちょっと怖い。


「僕は運が良かったんだけど、一緒にいた兄が不運でね。僕の暴走に巻き込まれて怪我してしまったんだ」

「それって第二王子様……?」

「ううん。一番上」

「おおお王太子様」


 ひええと真っ青になるシェリー。平民のシェリーでも、王太子が特別ということくらい知っている。次期国王に怪我をさせたとなると、普通なら死罪だ。ただ、怪我の原因が実の弟で不運な事故だったなら、表沙汰にしないというのも理解できる。現にギルバートはここにいるし、王太子は五体満足で健康だ。それよりもシェリーは、どうして重傷を負ったフェリウスが死んだことにされたのかが気になった。


「王太子殿下はかすり傷程度の軽症で、だからこそ神官たちも僕を優先して治療したんだって聞いてる。だけど、王妃殿下が烈火のごとくお怒りになって」


 大切な後継ぎに怪我をさせたこと。そして、大切な跡継ぎの治療を後回しにしたこと。

 長男至上主義の王妃は、国王が諌めるのも聞かずに吠えた。


「僕を王家から追放しなければ絶対に許さない、と仰ったんだよ」

「え……。王妃様って、お母様だよね? ギルバートさん――フェリウス王子の」

「そうだよ」


 微笑すら浮かべて肯定するギルバートに、シェリーは胸を突くような悲しみを覚えた。

 兄を王太子殿下、母を王妃殿下と呼ぶことにも切ない距離を感じた。公の場ならともかく、ここには三人以外誰もいない。母、兄と呼んでも誰も咎めないのに。

 同時に、実の息子に酷い要求をする母親に怒りが湧いた。兄に怪我をさせて怒るのは分かる。しかし、大きすぎる魔力を抱えた時に起きる魔力乱は、本人にはどうすることもできない事象だ。普通は気分が悪くなる程度で収まるが、ギルバートの場合、複数の属性が同時に芽生えたというのが問題だったのだろう。例えるなら、煮えたぎった油に水をかけるようなもの。熟練の魔術師なら制御できただろうが、たったの五歳でそれをやれというのは無理がある。

 一番辛かったのは、魔力乱を起こしたギルバート本人だったろう。命が助かったのは、彼も言った通り、運が良かっただけに過ぎない。なのに心配するでもなく、家から追い出せなんて。


「王妃様ってそんな怖い人だったんだ……」


 新年の祝賀で国王の隣に立ち、笑顔で手を振る姿を見て「綺麗な人だなぁ」などと呑気に眺めていたが、今王妃が目の前に現れたら思い切り顔をしかめてしまいそうだ。


「そうじゃぞ。怖いんじゃ、あの人は。一度怒ったら国王陛下でも手が付けられんからな。それで辞めさせられた女官は山程おる。さすがに政の分野には関わらせないよう、周囲が全力で壁を作っておるがな」


 と、元宮廷魔術師のラウスが口を挟む。

 そう言えば、この人もフェリウス王子の暴走時に居合わせた当事者だった。なんかすごい、とシェリーは月並みな感想を抱いた。


「まあ、シェリーは関わることのないお方だ。あの方の話はもういいじゃろ」

「ですね。これ以上は話も逸れますし」


 シェリーの向かいに座った二人は、息の合った様子を見せる。ギルバートはラウスのことを父のような人だと言っていたが、単なる師弟以上に深い繋がりがあることが察せられた。

 正直まだまだ気になるけれど、そろそろ塔に呼ばれた理由が知りたいのも事実。

 シェリーは一口お茶を啜り、ギルバートの言葉を待った。


「これで、僕が早くから色々動けた理由は分かったでしょ。僕は王族から籍を抜かれたけど、国王陛下との繋がりが完全に断たれたわけじゃないんだ。陰ながら支援してくれてるし、突拍子もない僕の話を聞いて、信じてくれた。だからこそ、トラントの森やアティスの大会で兵や騎士を動かすことが出来た。もちろん、王都襲撃のことも話してある。そのための備えも進んでいる。……だけど、まだ足りない気がするんだ」

「軍や騎士団でも守れないっていうの?」

「相手は魔族だ。目的は分からない。ただ王都を狙っているっていう事実だけが判明している状態。頑張ってはいるけど、襲撃自体は避けられないと思う。だから僕らの目標は、襲撃による被害を最小限に抑えること」

「……そうか。軍や騎士団は、できる限り守りに回したいんだね」

「そう、僕のスタンスは最初から変わらない。できることは何でもやる。――救うために」


 ギルバートの紫暗の瞳が、薄く翳った。覚悟とは違う、別の感情が垣間見えた気がした。だが、それも一瞬のこと。すぐにいつもの笑みが戻ってくる。


「実は、冒険者ギルドにも王都防衛に助力を請うことになっているんだ。まだ上層部にしか話してないけど、そのうち一般の冒険者たちにも通達があると思う。まあ魔獣退治も休むわけに行かない仕事だし、こっちはあくまで力を借りるだけだけど」

「そう聞くと、俄然現実味を帯びてくるね。……うん。私もギルドの一員として、できることをやるよ」

「ありがとう」


 いきなりこんな話を聞かされて戸惑いはしたが、王都を守りたい気持ちはシェリーにだってある。むしろ、協力できることは嬉しかった。


「それで結局、私に頼みたいことって何なの?」

「ああ、ごめん。前置きが長くなった。とある場所に、僕と同行してもらいたいんだよ。とりあえずはそれが頼みかな」


 とりあえず? と首を傾げつつ、シェリーは肝心な部分を尋ねる。


「とある場所って?」

「この近くだよ。来る時、湖が見えたでしょ。あの崖下に目的の場所がある」


 ギルバートはニヤリと笑う。詳しいことは教えてくれないようだ。あとのお楽しみってことだろうか。


「準備するものとか、心構えとか」

「動きやすい服装で来てくれればいいよ。危険は、たぶんない」

「たぶんー!? 王都の中だよね!?」

「王都だよ。ここも一応」


 反射的に嫌な想像をしたシェリーは、ギルバートのふてぶてしい態度に一旦落ち着く。横目で見たラウスは無言でお茶を啜っており、その姿からもバチバチにバトルをしなければならない展開は予想できなかった。ギルバートがいるから、大抵の危険は払いのけられると考えているのかもしれない。


「言っとくけど、私運動は苦手だからね?」

「崖は魔術で下りるから大丈夫だよー。……走るのは普通にできるよね?」

「できるよ!」


 運動は苦手という言い分を、いったいどういう意味で捉えたのだろうか。

 シェリーは三割ばかり不安を抱えたものの、残りの七割くらいは浮き立つ気持ちに躍っていた。決して顔に出ることはなかったが。


(もしかしなくても、これって冒険。人生初だ!)


 冒険者ギルドに所属していながら、冒険したことがない。些細なことだが、ちょっとだけそこに不満というか引っ掛かりを覚えていた。冒険した経験が必要か否かで言えば、必要じゃない。それでも、シェリーは冒険してみたかった。身の丈に合わないから諦めていただけだ。それが突然目の前でぴかぴかと輝き出して、興奮しないわけがなかった。


(やったぁ! 私も冒険できるっ!)


「あ、言い忘れてた。ちゃんとルーク・トライデンにも伝えておくから。その点は安心してね」


 小さい頃王都に引っ越してきて以来、王都の外に出たことのないシェリーは我を忘れて浮かれた。

 浮かれるあまり、にっこりと笑うギルバートの言葉も耳に入らないのだった。

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