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10.塔の魔術師の塔

 ギルバートの魔力属性は、火、風、土、闇。二つ兼ね揃えると天武の才と言われる世で、四つもの属性を発現させている。しかも内一つの闇は、光と並んで希少な属性。破格の天才と言える。

 闇魔術の特性は、内側からの破壊だ。

 破壊と言っても、肉体に損壊を与えるわけではない。

 闇魔術が干渉するのは――精神だ。



「彼女、先輩思いのいい子だね。僕に任せろって言った時の、あの何とも言えない顔。僕が信頼できるかできないか天秤にかけてたみたいだけど、どうやら最低限のお眼鏡には叶ったようだ。よかったよかった」


 馬車の停留所への道を歩きながら、ギルバートはにこにこと言う。

 彼のお喋りを聞いているのかいないのか、シェリーは両目を瞑ったままスタスタとついてくる。どちらの瞼もしっかり閉ざされているというのに、足取りに淀みはない。

 闇魔術の中でも特に高等な傀儡の術を使って、シェリーを歩かせているのだ。

 他人を意のままに操るなんて、当然褒められた行為ではない。たとえ害意がなくてもだ。それでも、ギルバートは無理矢理にでも彼女を動かすことを選んだ。


「ごめんね、シェリー。操られるのは不本意だろうけど、二、三十分くらい我慢して。引き摺って歩くわけにはいかないからさ。それは僕も気まずいし」

「はーい」


 なんて素直。

 自分で術を掛けといてなんだが、心配になるくらいの操りやすさだ。普通は、眠っていても無意識に抵抗されるものなのだが。


「まあいっか。話進むし」


 強引で申し訳ないが、こちらも必死だ。罪悪感は置いておく。


「ルークとか君のお祖母様にはバレないようにしないと。怒らせるとめちゃくちゃ怖いからな。考えてみたら怖い人ばっかじゃないか、君の周り。まずルークとお祖母様でしょ、それからラビィに支部長にエミリアにリリ……うん。しばらく近寄らないでおこうか」

「わーかりましたー」

「君はいいんだよ、君は。どうせ後で操ってる間の記憶消すし」

「りょうかいっ」

「良い返事です。まあラビィにはバレてるんだけどね~」


 停留所に辿り着くと、ちょうど停まっていた乗合馬車にシェリーの手を引いて乗り込んだ。

 馬車は十人以上が優に座れる大きさで、窓ガラスがなく風通しがよい。席は三分の二ほどが埋まっていた。王都の中心部なので、これでも空いている方だ。

 隣の乗客と間隔を空けて座ると、ギルバートは眠たそうなシェリーの横顔を見やった。眠気は闇魔術のせいじゃない。寝不足のせいだ。おそらく、昨夜はほとんど寝ていないのだろう。フローラの宣戦布告が効いたか、それとも別の理由があるのか。魔術で話させることもできるが、そこまでする意味があるとは思えない。余程傷ついたようだし、本当は必要なこと以外ではそっとしてあげたかった。


「――ごめんね、シェリー」

「?」


 シェリーはにこにこと疑問符を浮かべる。何も知らない、無邪気な子供でいられたらどれだけよかっただろう。


「余計なことに巻き込んじゃうかもしれない。最初に謝っておくよ」


 ――という謝罪も、数十分後には忘れてしまうのだ。

 我ながら卑怯だなぁと自嘲しつつ、ギルバートはどこか遠い目を天井へ向けた。



 * * *



 乗り合い馬車を降りたところは、一見するとごく普通の田園風景。春蒔きの麦が植えられたばかりで、畑には柔らかな土が寝そべっている。畑の中央には小さな神殿。ここは神殿が管理する耕作地なのだ。

 同じ王都の中にあっても、中心部と比べると都会と田舎くらい見える景色は違う。ギルバートにとっては、こっちの方が馴染がある。

 そんなところで降りる客は少なく、ギルバートとシェリーだけを下ろして馬車は走り去っていった。


「さて、目的地まであとちょっとだよ。ここからは歩くからね」

「はーい」


 神殿から遠ざかる方向に丘がある。そこをてくてくと登って越え、まばらに生えた木々を抜けた先が目的地だ。

 ギルバートがギルドにシェリーを訪ねていったのは、ここへ連れてくるという約束を取り付けるのが目的だった。今日中にそれが叶ったのは僥倖だ。無理矢理にではあるけれど。


 黒い外套を肩に引っ掛けて歩くギルバートの後ろを、手足をシャキシャキと動かしてシェリーがついていく。

 丘と雑木林を抜けると、強い風が二人に吹きつける。

 まるで来客を拒むかのように、風音がバタバタと耳元でうるさく喚いている。それに反して、青空は高くおおらかだ。ソルレシア王国が戴く太陽の神、ソルグラシアの恵みがこれでもかと大地と――そして、眼下に広がる湖に降り注いでいる。


 ギルバートはパチンと指を弾く。

 その途端、シェリーの瞳に意思が戻った。


「……はえ!? え、あら? どこここ、外!? え、なんで。ギルバートさん??」


 至極真っ当な混乱に、ギルバートは内心で謝る。

 ギルドにいたはずなのに気付いたら屋外、しかも湖を臨む崖の上ときたら、慌てふためいて当然だ。知らなければ、ここが王都の中だということも分からないだろう。


「ギルドなら大丈夫だよ。ラビィのおかげで早退したってことになってるはずだから」

「早退?? えっと、ここはどこですか? なんで私、ギルバートさんと一緒に……って、うるさっ」


 シェリーが煩そうに耳を塞ぐのは当然だった。

 風の音の他に、木片を激しく叩くような雑音が絶えず聞こえてくるのだ。

 ガラゴロガラゴロ。ガラゴロガラゴロ――と。


「馬車?」

「残念。不正解」


 どこか嬉しそうに言い、ギルバートは長い腕をすっと伸ばし、シェリーの後方を示した。

 振り返ったシェリーは大きく目を見開く。


「ようこそ、シェリー。王国随一の魔術師――塔の魔術師の塔へ」


 聳え立つは、石を積み上げた巨大な風車。見上げるほど高い屋根に、帆布を広げた羽根車がゆっくりと回転する。青空を背景にしたその姿は、草原を泳ぐ船のよう。

 堅牢で物々しく、それでいて風流。

 圧倒されたシェリーは、はっと我に返るまで、口を開けたまま塔の威容に見入っていた。


「王国随一の、って……ギルバートさんのこと? じゃないですよね?」

「もちろん違うよ。僕なんて、師匠に比べればまだまださ」

「師匠? それが塔の――」


「そう、"塔の魔術師"ラウス・クリューサー。つまり儂じゃ」


 突然割って入った第三者の声。シェリーはきょとんと目を瞬き、ギルバートは口を噤む。

 そして、二人揃って空を見上げた。


 元宮廷魔術師で、現役時代は"遠雷"の異名を轟かせ、引退後も魔術界に大きな影響を持ち続けている大魔術師。彼が現役だったのは三十以上も前なので、今の世間でその名を知る者は少ないが、魔術に携わる者ならば知らない者はいない超大物だ。

 それがラウス・クリューサー。ギルバートの師匠である。

 長い口ひげにテカテカと光る禿頭。灰色のくすんだ瞳は厳格な光を宿しており、骨格も老人とは思えないほどしっかりと筋肉がついている。魔術師より軍人みたいだと思わせる彼は――浮かんでいた。


「おじいちゃん!」

「師匠!」


 シェリーとギルバートは口々に叫び、同時に首を傾げる。隣を見やると、相手の怪訝そうな顔が目に映る。


「えっ。師匠? おじいちゃんがギルバートさんの?」

「えっ。おじいちゃん? 師匠がシェリーの?」


 ラウスは空にふよふよと漂ったまま、偉そうに腕組みなどして二人を見下ろしている。

 ギルバートはそんなラウスとシェリーの顔を交互に見やり、「ええぇ~」と複雑そうな声を出した。反対にシェリーは嬉しそうだ。ギルバートの祖父との関係がどうというより、祖父と会えた喜びの方が勝ったらしい。


「おじいちゃん久しぶり! もう何年も会いに来てくれないから、私のこと忘れちゃったのかと思ったよ」

「うっ。すまんのぉ、シェリー。会いたいのは山々だったんじゃが、色々と忙しくてのぅ」

「ふふ、冗談だよ。おじいちゃんに会えないのは寂しかったけど、誕生日のプレゼントは毎年贈ってくれたし。嬉しかった、ありがとうね!」

「なんの。可愛い孫の成長を祝うのは祖父の務めじゃ。こんなに別嬪さんになって。さすがは儂とキリエの孫じゃの!」

「そ、そう? ありがとう。おじいちゃん」


 すーっと滑るように降りてきたラウスに、シェリーは腕を広げて抱きつく。よしよしと頭を撫でてもらい、子供のように笑うのだった。

 ギルバートはまだ何か言いたそうにしていたが、風の冷たさと風車の煩さが気になったようで、塔に入るよう二人に促した。


「塔の中は防音の魔術がかかってるんだ。お茶でも飲みながら話そう。――実は、君に協力してほしいことがあるんだ」

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