ターゲットを救出する
ターゲットは背後にいた。
「何して…あ。あ、いや、それは違っ!ご、ごめん」
俺はすぐに彼女を押し倒した。いつも通りポケットから銃を取り出そうとしたが、無い。常備しておくべきものだろう。何をやっている馬鹿。
仕方なく、手を首にかけて絞めようとする。
これから、どうしようか。あの会社、確かビルガドだったか、に命を狙われてしまっている。イコの能力にも限界がある。俺を隠して生きるのは難しいだろう。
「ぐあっ!あぁっ!」
電気が体に流れた。スタンガンとかその辺とは比べ物にならない痛みだ。
視線を上げると、黒服の人間がいた。ビルガドのやつか。
カナは…逃げただろう。多分、カナは大丈夫だ。
頭上から、ひらひらと一枚の紙が落ちてきた。それは地面に着地し、俺に裏面を見せた。『紀冬』とだけ書かれていた。
それは何を意味するのか。考えていたら、そろそろ瞼が重くなってきた。
「これはペナルティだ。ユキ、いや春菜」
「彼は、どうなる」
「死ぬ」
「私が代わりに死ぬから、彼は見逃して」
「ダメだ。アレは危険な存在だ。必ず死ぬ」
そう言いながら、黒服の人間は私にスタンガンを向けた。
私の体に電気が流れることはなかった。目の前で、男は死んだ。頭から血が流れていた。
「先輩のターゲット。貴方を死ぬだけでは許せない」
そう言って私を担いで、どこかへ向かった。
目が覚めた。という事は、俺は死んでいないようだ。あの男は何だったのか。
床を見ると、黒服が赤い液体の上で寝ていた。つまり死んでいた。
誰が殺った?そう考えた瞬間にスマホにメッセージが届いた。
『来い』
ビルの位置が送られてきた。行く必要はないだろう。行ったところで意味はない。
メッセージの送り主を見ると、カナだった。なら、行くか。
拳銃とナイフ、予備の弾丸を乱暴に鞄に詰める。ターゲットは死んだだろうか。何故か、必要以上に気になった。
「久しぶりだね」
暗い夜。外は真っ黒で、不穏な空気が漂っていた。だから、その声に反応し、ナイフを取り出しながら振り向いた。
「木村さん。どうしてここに?」
「たまたま、通りかかった」
「そうですか。では」
進行方向に向き直す。
「ちょっと待ちなさい。彼女、ユキさんを、助けに行くんでしょう。私は場所を知っています」
彼は勘違いをしている。きっと、俺が騙されていたことを知らないだけだ。
「君は騙された。でもさ。彼女は、乗り気には見えなかったよ」
「どうして、そう言える」
「その顔、その口調。前まで君に戻ったみたいだ」
彼は少し表情を緩ませた。
「申し訳ないけど、あれからも観察させてもらっていたからね。わかるんだ。君も、彼女も、恋をしていた」
「それはまやかしだ。騙すための嘘でしかない」
「いや、あれは金とか、保身とか、そういう感じじゃない。君の勘も、そう言ってるんじゃないかな」
「うるさい!そんなことは…」
「君は前にも言ってた。自分の勘と金は絶対に裏切らない、と」
彼女は確かに俺と会話をして、笑って、喜んで、甘えていた。俺は、彼女が、ユキが好きだ。
勘が働かない、ということは、敵意はなかったのではないか。
でも、と。そう考えた時、彼は言った。
「どうしても信用できないのなら、直接会えばいい」
彼は後ろの車に指を差した。乗れ、という事だろう。
俺を隠れて観察していた人を簡単には信用できない。
「大丈夫。しっかり送り届ける。私、ゴールド免許なので」
彼の言葉には、説得力がある。彼はきっと、信用して良い。俺の勘が言っている。俺の勘は、イコのお墨付きだ。今回のターゲットには働かなかったが。
自分の勘と、金だけは、信用している。
「ここだ。ほら、行きなよ」
「…ありがとうございます」
着いた場所は、カナから送られてきた場所と同じだった。カナは、ターゲットと一緒にいる。
「助けて、本音で語り合うと良い」
そこで俺たちは別れ、俺はビルに足を踏み入れた。
勘で開けた扉。その部屋に、二人はいた。
「先輩、来ましたか」
目の前には、椅子に縛られたユキと、ナイフを持ったカナがいた。
「カナ。ユキと、話をさせてくれないか」
「いいでしょう。また騙されないよう、気をつけてください」
「もちろんだ」
俺はユキに近づいて、話を切り出した。彼女は気まずそうに、不思議そうに俺を見つめた。
「なんで…?」
「聞きたいことがある。あのメールと、メモは何だ?」
「あれは、ビルガドからの依頼。二人については、仕事のために調べた」
「一つ、引っかかる情報があった。何故、俺の本名がわかった」
「生羅、じゃなくて、紀冬のほう?」
「ああ。メモの裏に書いてあった」
「きふゆ。先輩の、本名」
生羅は、イコのつけた名前だった。
「思い出したんだ。まだ、幼稚園児だったっけ」
「思い出した、幼稚園児…」
彼女が何かを語ろうとした。出てきた単語を口にするが、俺自身に関係することとは思えなかった。
「私の家の隣の家の、同い年の子。彼とは、二年くらい、仲が良かった。私はすぐに、引っ越したから、覚えてないかもしれない」
「俺に、関係あるのか?まさかその彼が、俺と言うのか?」
「そう。覚えてないか。じゃあ。これを言ったら、わかるかな。春菜」
その名前には、覚えがあった。頭が痛む。昔の記憶が、忘れたかった記憶が溢れ出し、鮮明に映し出される。
幼稚園児の頃は、母さんがいた。父さんは、殺された。殺し屋、ビルガドの奴がやったらしい。
母さんと二人。母さんも仕事で、会う事は少なかった。
そんな時に、春菜が現れた。彼女と、その家族は光だった。時々、俺の面倒を見てくれた。
彼女とは、将来を約束するような仲だった。幸せだった。
彼女が引っ越すとき、俺は泣き叫んで、喚いた。また会おう、と約束して。
その次の年、母さんは死んだ。
懐かしい、苦い記憶だ。
「春菜。春菜、なのか」
「そう。春菜だよ。紀冬」
感動の再開。俺は椅子に縛られたままの彼女に近づいて、抱きつこうとした。
「面会の時間は終了です。先輩」
「邪魔するな」
彼女の放った銃弾が俺と春菜の間を貫く。
「先輩。決着をつけましょう。私が勝ったら、先輩がその女を殺してください」
「俺が勝ったら?」
「先輩が勝ったら。良いでしょう、二人の交際を認めます。イコにも、口利きしてあげます」
「交際!?いや、そんなこと…」
「頑張って!紀冬!」
前の戦いでは、ユキのせいで悩みがあって、負けた。しかし、今回は違う。
「春菜。終わったら、伝えたい事があるんだ」
「うん。待ってる」
なんだか死亡フラグのようだ。フラグなんて、折って仕舞えばいい。
「条件を変更させてください」
カナは苛立ちながら、俺に提案した。
「私が勝ったら、私のモノになってください。先輩」
「問題ない。どうせ、俺が勝つ」
俺の勘が言ってる。勝てる、と。
「彼女は貴方を騙した!何故、助けようとするんです!」
「それは、好きだから」
カナは接近し、ナイフを振り回した。紀冬はそれを避けて、後方に飛び退いた。
「好き?色仕掛けで、貴方を死に追いやろうとした女が?ターゲットが?ふざけるな!」
「好きなものは仕方ない」
怒りに身を任せ、拳銃を乱射する。紀冬はコンクリートの柱に隠れてやり過ごす。
「先輩は!死のうとした私を勝手に救って、人生を変えた、責任を、取れよ!」
柱の裏へとカナは飛び込んで、拳銃のトリガーに手をかけた。
そこに、紀冬はいなかった。
「ごめん。その責任は、取れない」
「…!」
カナの背後に紀冬は張り付いていた。
「11年の、責任を取らなきゃいけないんだ」
「あんな、あんな女のどこが良いんだ!」
「可愛いし、時々見せる笑顔はもっと可愛いし、料理を美味しそうに食べてくれるし、可愛いし、可愛いからだ!っ…」
「惚気るな!恥ずかしがるな!」
一番恥ずかしいのは、春菜である。
わっ。とカナが足を滑らせて、転んだ。紀冬がすぐさま腕を頭の下に置いて抱える。
「私の、負けです。もう、勝てません」
「あっさり、認めるんだな」
「春菜さんのことは、口利きしておきます」
「そうか」
カナは、顔を赤くして眠った。
「改めて、久しぶり、春菜」
「久しぶり、紀冬」
ぎこちなく、挨拶を交わした。
「紀冬、いいの?後輩は」
「申し訳ないとは、思ってる。でも」
俺は一息ついて、落ち着こうとする。心臓はまだまだ落ち着かない。
「でも、春菜のほうが、好きだ」
「あ…」
彼女は呆気に取られたように、口をぽかんと開けていた。
春菜は落ち着いたようで、俺に目を合わせて言った。
「じゃあ、春菜と、ユキ、どっちが好き?」
「へ?」