こいつらさぁ…
後輩であるカナが家に住み始めた。彼女は殺し屋としては優秀であるが、日常生活をまともに送ることができないくらいに家事が苦手だ。
「ねぇ。今日のご飯は?まだ?」
「わぁ!先輩、割れました!皿が割れました!」
「わぁ…」
地獄だった。家事代行サービスの後輩としてカナを迎え入れたが、家事がまったくできないのだ。そのうち追い出すことになるかもしれない。
「ご飯は俺が作るから、二人は仲良くテレビでも見てな」
「「はーい」」
可愛い奴らではある。面倒なことに変わりないが。
「先輩、料理できたんですね」
「家事代行でしょ?できて当然…ごめん」
当然だ、と言いたかったのだろうが、できない奴が隣にいたから言うのをやめたようだ。
「家事代行って、家事できなくてもなれるんだね。私でもなれるかも」
「それは絶対に無理だ」
逆に家主を使っていそうだ。絶望的に向いていないだろう。
「先輩、この後はどうしますか?」
「買い物に行く。そろそろ食材を補充したい」
「じゃあ、先輩と私と二人で…」
「ユキも連れて行く。運動させなきゃ、死んでしまう」
「うん。死ぬかもしれないから行く」
「確かに、骨と皮ですね」
これでも、頑張ってくれたおかげで筋肉がついてきたところだ。この調子で健康体にしてやる。
「あ、ついでにアイス買っても良い?」
「ああ、俺の分も頼む」
「……」
「あ、カナも食べるか?」
「いらないです」
「そうか。あ、ついでにバターも取ってきてくれ」
「了解」
何だか後ろから視線を感じる。振り向くと、不貞腐れたような顔で、俺を睨んでいるカナがいた。
こういうときは、放っておくべきだ。下手なことを言えば、更に怒りが増す。
「これで全部だな」
なんとなく辺りを見渡すと、一人の子供が目に入った。お菓子をお母さんの持っているカゴに入れている。微笑ましい光景だ。
ふと前の買い物の事を思い出す。俺とユキが夫婦と間違われた事だ。今なら、夫婦と間違われても不快感はない。
まあ、この恋は捨てたのだから、今更か。
私は何を見せられているのだろうか。先輩の、仕事先の家に住み始めてまだ八時間とちょっと、今、私は恋す…してない先輩とそのターゲットのイチャイチャを見せつけられていた。
先輩が恋していたのはわかっているが、諦めると宣言した手前、そこまでアプローチはかけないと思っていた。が、バリバリイチャイチャしていた。
まるで夫婦だ。と周りも噂している。
絶対、恋を諦めてない。なんとかしなくては。
私はポケットからスマホを取り出し、イコに相談する。
『恋路断っちゃおう作戦、失敗』
『お前でもダメなのか。やはりメイド服を買っておくべきだったか』
『どういう意味です?』
『いや、あいつがメイド服に興味を示していたから効くかと思って』
『効く?』
『色仕掛けで、恋愛対象を変えるんだろ』
知らない、そんな作戦。
気まずいし、そっとアプリをおとす。
「おーい。行くぞー」
まるで、私があの二人の子供みたいだ。
食材を買い終えて、三人、ソファに座ってテレビを見ながら、アイスを食べていた。
「美味しいね。これ」
「ああ。また買おうか」
「……」
ああ、可愛い。彼女の笑顔が眩しい。
こんなことを思っている場合ではない。今日からは、全力で彼女を奴らの会社に勧誘するのだ。早速、彼女に探りを入れよう。
「前から気になっていたんだが、いつも自室で何をしてるんだ?」
「そんなに気になる?女の子のプライベートを探るのは良くないと思うよ」
「私も、気になります」
カナも加勢するが、どうしても話したくないようで、何も話さなかった。
その日の夜。カナは風呂を上がり、ソファでくつろいで牛乳を飲んでいた。
俺にはやらなければならないことがある。ユキが風呂に入っている間に、彼女の部屋に忍び込み、秘密を探るのだ。
この手の潜入は何度かしたことがあるため、失敗することはないだろう。何故今までこの手段を取らなかったのか、疑問だ。
「あ。一緒に入ろうか。お風呂」
作戦は崩壊した。あまりに魅力的な提案。しかし、断らなくてはいけない。だから、遠慮する、と声に出そうと口を開く。
「わかった。一緒に入ろう」
「じゃ、早くきて」
…!?何をやっている!?俺は、今何を。
遠慮する。そう言おうと、えの形に口を開いたのに、俺は了承の言葉を口にして、上着を脱いでいた。
「な!?何を言ってるんです!?先輩!」
「早くして、早く入りたいの」
「少しくらい待ってくれ」
「先輩!?諦めるんじゃなかったんですか!?」
「…?諦める?何のこと?」
「…?さあ?早く入ろう」
「あ。ちょ!」
俺の体は勝手に動いて、風呂場の扉を開けていた。無駄に広いのは相変わらずだが、何だか、ユキとの距離が近く感じ、この空間が狭いように感じる。
「じゃあ、背中流して。いつもみたいに」
「いつも?やったことないんだが」
扉を叩く音が聞こえるが、気にしない。面倒な予感がする。
「いいから、やってよ。家事代行」
「家事代行の仕事ではない気がする」
言いながら、背中を流してしまった。俺は随分諦めが悪い。ちなみに、俺の背中は流してくれなかった。
「湯船、入ろう」
「流石に狭くないか。二人入ったらぎゅうぎゅうだ」
「…だめ?」
狭い。つまり、あんなところやそんなところが当たってしまうのだ。だから、流石にここは節度を守る。
「そう。もう裸体を見てるのに」
「触れるのは、違うんだ」
「触れたこともあるのに」
「ッ!?」ガタ
流石に、別々に入った。風呂を出たら、扉にカナが張り付いていたのは驚きだった。
「ブフー!?」
爆弾発言を聞かされた。
入浴中に襲撃したとは聞いていたが、触れていたのは初耳だ。
私も、裸で触れ合ったことくらいはある。負けていない。
こんなぽっと出の女に、負けるはず…
『ないかな』
…負けている。
私の脳は、破壊された。
就寝時間となり、俺は自室に向かう。当然のようにユキが俺のベッドに潜り込んでいる。
「今日も一緒に寝よう」
「俺が眠れないからダメだ」
「心臓バクバクだもんね」
バレていたらしい。密着していれば、わかるらしい。
「せ、先輩。まさか、寝る時も一緒なんですか?」
「あ、ああ。なんか、一緒に寝ると、すぐ寝れるらしい」
「家事代行の仕事じゃないでしょう!」
「だよね。俺もそう思う」
本当にそうだ。絶対に家事代行の仕事ではない。 カナは少し考えて言った。
「…じゃあ。じゃあ私も一緒に寝ます」
「わかった。じゃあ俺はソファで寝るから」
「じゃあ私はソファで寝ます」
何を言っているんだ?ソファのほうが狭いだろうに。
「ダメ。私と貴方が一緒に寝るの。後輩ちゃんは、一人で、私達を見ながら寝て」
「嫌です。私が先輩と寝ます」
何だか、空気が悪くなってきた。二人は相性が良くないらしい。
「こうなれば、仕方ない」
「貴方は」「先輩は」「「どっちと寝たい?ですか?」」
できるなら、一人で寝たいです。
寝たい。先輩と寝たい。
先輩の心臓の音を感じながら、二人で手を繋いで寝たい。
この願望を、あの女は既に叶えている。あの時、手を繋げない体にしてやりたかったが、先輩の勘の良さのせいで、叶わなかった。
彼の勘の良さは侮れない。ターゲットの場所も、弱点も、金庫の位置も、あっち系の本の場所も、全てを勘で当てる。
私の気持ちも、勘でわかればいいのに。
結局、三人で寝ることになった。二人でも狭かったベッドに三人で入れば、もっと狭い。寝心地が悪い。
俺は二人を起こさないように部屋を出ると、ユキの部屋へと向かった。入浴中に侵入する作戦は失敗したから、今がチャンスだ。
彼女の部屋に入ると、そこにはホワイトボードとパソコン、大量のエナジードリンクがあった。
癖で空き缶を袋にまとめながら、ホワイトボードを見る。そこには、いくつかの名前と、その人物に関係する情報があった。
二つ。知っている名前があった。
『生羅 殺し屋 16歳』
『カナ 殺し屋 13歳 備考 泥棒猫』
これ以外にも、細かな情報が書いてあった。パソコンは作業中だったのか、開きっぱなしだ。
『生羅を始末するため、ポイントXまで誘導せよ』
俺を始末する。そんな内容だった。大体察した。この仕事自体が罠だったのだ。
おそらく、俺をこのポイントへ誘導し、そこに待ち構える依頼主の職員に始末させるつもりなのだろう。
彼女はつまり、ハニートラップを仕掛けていたのだろう。やはり、人は信用できない。敵に恋をするなんて馬鹿みたいだ。
どうしたものか。とりあえず、写真を撮り、イコに送り、相談する。
『例の会社が裏切った。どうする?』
『少し考える。明日、カナと一緒に恋」
『来い』
さて、早速荷物をまとめよう。そう考えて、振り向き、扉に向かう。
「何…してるの?」
ターゲットがいた。