こいつまったく起きないじゃん
「少女は幸せなハッピーエンドを迎え、楽しく生きましたとさ。めでたしめでたし」
いま、俺は絵本の朗読をしていた。これも彼女を寝かしつけるためなのだが…
「もう一回お願い」
もう3回ほど同じ話を読んでいる。純粋な少女がただただ幸せに過ごすだけの物語。個人的には良い物語で、俺にもこんな道があったのかもしれない。そう思わされる。が、一般的にこれが面白いとは思えない。
「まだ寝れないから、何とかして」
などと言ってくる姿は子供のようで、その容姿とは反対と言える性格だ。俺は次の施策に取り掛かる。
ホットミルクだ。暖かい飲み物を飲めば眠れるはずだ。そう思ってミルクを差し出す。
「ごくごく、ポカポカ」
彼女は一瞬にしてそのコップを空にした。流石にこれで寝るだろう。そう油断していた。
「逆に目が覚めた」
などと言う。もうどうしようもない。この他にできる手段は思いつかない。ネットを開くのも手だが、夜中にブルーライトを浴びるのはあまり良くない。どうしたものか。そう考えていると、疲れてきた。俺はもう眠れるだろう。
そうだ。急に天啓が降りてきた。疲れさせる。つまり運動させれば良いのだ。早速それを提案する。
「えー。やだよ。運動なんて」
なんて言う。それは予想していたため、すぐ次の案を提案する。それは、寝る姿勢でできる運動をすることだ。
「寝る姿勢でできる夜の運動。へー。まさか、ソウイウコトをしようとしてるの?」
紛らわしい言い方をする。まったく。だが、こんなことをしている間に、ただでさえ気怠げな彼女の声も眠たそうになって来ていた。この調子でどうでも良い会話をすれば、いずれ寝るのではないだろうか。
結果を言えば、彼女は寝た。俺が適当な雑談を振り続けているうちに寝ていたようだ。が、悲しいのは、自身のある話をしているときに寝ていたことだ。結構面白い話だと思っていた分、悲しい。
だが、また問題を見つけた。布団が一つしかないため、俺も同じ布団に入っているわけだが、狭いし暑い。だからまったく眠れない。
時計を見るともう朝七時。そろそろ起こすか、と身体を起こす、彼女に向かって叫ぶ。
「朝ですよーー」
効果はないようで、ぴくりともしない。これはまだ想定内だ。次は布団を剥ぐ。
ブワッと布団を剥ぎ取る。そして、近くのカーテンを開け、太陽光を浴びせる。そして耳元で爆音アラームを発動する。最後、ダメ押しにもう一つ。冷水を額にかける!
「ん、んぅ。う」
彼女は身を捩らせ、目を細くしている。起きたか、と思ったが、枕に顔を埋め、ぐーすかと眠りに落ちていった。
良い眠りっぷりだが、さっさと起こして仕事を終わらせなければならない。
俺にはもう手段が思いつかない。ので、同業者にきいてみることにした。スマホの連絡アプリを開くと、そこには二つの連絡先がある。一つはもう使っていないので、実質一つしか連絡先を持っていない。そのもう一つの連絡先をタップし、電話をかける。
「もしもし」
何コールででるか数えようとしていたのだが、数える前にでてきた。いつも思うが、暇なのだろうか。仕事はそれなりに忙しいはずだが。
「それで、何のようですか」
いつものように淡々としたやつだ。冷たい殺人機って感じだな。
「早くしてください」
いまのが声に出ていたのか、はたまた電話越しに心を読んだのか、少し怒りを含んだ声で急かしてくる。すぐさま要件を伝える。
「人を起こす方法を教えてくれないか?」
「…は?」
「人を起こす方法を…」
「聞こえてますが」
「あ、そう」
圧の強い声だ。普段が大人しいだけに恐怖を感じる。眉間に皺を寄せているのが想像できる。
「…一応聞きますが、女性ですか?」
「そうだな」
「そうですか。そうですか」
さっきと比べて圧が強くなった。にも関わらず少しぶっきらぼうに、面倒くさそうな声になった。
「まあ、キスでもしたらどうです?」
「ほう」
彼女はそう提案する。確かに童話などに出てくる手段だ。童話は時に現実に通ずるところがある。これも使えるのかもしれない。
「まあ、真面目に答えるなら、日光を浴びせて冷水をかければ…」
「ありがとう。早速試してみる」
「は!?ちょっと待っ」
プツンと電話を切る。何やら慌てていたが、不都合でもあったのだろうか。
そんなことより、彼女を起こさなくてはいけない。彼女の側により、その顔を、正確には唇を見つめる。こうみると美人といえる顔をしている。残念な美人図鑑にのれるくらいに残念な生活をしているからか、昨日は気づかなかった。俺はそんな顔に自身の顔を近づけていく。
「お、おはよう!」
ごん、と額に頭突きをくらう。随分と元気な挨拶だ。それについて文句を言うと彼女は
「顔を近づけて来た貴方が悪い」
という。確かにそうかもしれない。
「まあ、起こしてくれたことには感謝する。で、朝ごはんは?」
はて、彼女は何を言っているのか。業務はここまでのはずだ。当然、朝食など作っていない。
「えー。契約はまだ続いてるんだけど。ほら」
と、契約書を突きつける。また見落としがあったかと確認する。そこには、雇用期間が書かれていた。その期間は、今月いっぱいだった。
「ほら、早く作ってよ。家事代行でしょ」
これに関しては家事代行の仕事だ。いや、俺はこんな契約していないのだが、妙なことに、その契約書の情報は余りにも俺と似ていた。
そんなときだった。突然、電話がかかってきた。俺は部屋を離れ、それに応答する。
「仕事は順調か」
雇い主だった。嫌な声だ。少なくとも、朝っぱらから聞きたくはない。
「どうだ。家事代行の仕事は?」
どうやら、あの契約書は俺に合わせて作られていたらしい。
「それは仕事のルールでもある。その期間中に、家事代行として家に泊まり、親しくなれ。そして引き入れろ。最悪、殺せ」
任務内容を確認するように、ゆっくりと言う。
「貴様に失敗はないだろうが、せいぜい気をつけろ。そいつは、思っている以上の相手だ」
言うだけ言って電話を切られる。思っている以上の相手か。正直あれにそんな価値があるとは思えないが。
「おーい。早くしてよ。お腹減ったんだけど」
尚更、この家事代行の仕事を失敗できなくなってしまった。俺は大急ぎでキッチンに向かった。