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風呂にてターゲットを確認

 プルルルル!と電話の着信音がうるさく鳴り響く。俺はそれにもしもし、と応答する。

「仕事の依頼だ。とあるターゲットを殺すか、仲間に引き入れろ」

 気怠げな声が鳴る。仕事を受理するか検討する。報酬について聞くと、それは相当な額で、一年は何もしなくて良いくらいのものだった。

 その仕事を受けようと言おうとしたところで、一つ引っかかる。『仲間に引き入れろ』だと。珍しい話だ。一応、俺は殺し屋だと確認しておくが、間違いないらしい。

 この報酬を逃すわけにはいかない。受ける、と伝えた。

「では、頼んだぞ」

 と言ってすぐに電話を切られた。

 

 俺は住所を教えてもらい、そのアパートの前にいた。まあ普通のアパートだ。だが、油断してはいけないとわかっている。何せあれだけの報酬がかかっているのだから、一般人なはずがない。ナイフを携帯し、窓から侵入した。

 部屋は散らかっていた。逃げられてしまったかと警戒したが、その様子はない。ピクリ、と俺の耳が反応した。その方向には脱衣所らしい扉があった。チャポン、と小さな音が聞こえる。確実にそこにターゲットがいる。

 慎重に、足跡を立てずに歩く。眠る熊の前を通るくらいの緊張感がある。そうして、扉の前にたどり着き、その扉をゆっくりと開ける。中を確認しながら、少しずつ。あるのは脱ぎ捨てられた服、下着類で、まだ入浴中だとわかる。

 このまま突撃して脅すのも良いが、待ち伏せするのも手だ。

 そう考えて、結論を出す。さっさと終わらせよう、と。扉に手をかけ、勢いよく開く。それと同時にターゲットを見つけ、ナイフを取り出し、突きつけようとした。その時だった。足裏にねっとりとした感触、小さな板のようなものがあった。ツルン、と滑って、前に向かって転んでしまった。それは石鹸だった。痛みを覚悟したが、痛みはなく、柔らかな感触を感じた。この床は何か不思議な物質で作られているのか、と考えたが、いまの状況に気付き、手放したナイフに手を伸ばす。

「ねえ」

 と、声がした。その声は明らかに俺のものではなかった。伸ばした手で素早くナイフを確保して立ち上がる。床を見ると、そこには、ターゲットと思わしき女性がいた。つまり、さっきまで乗っていた柔らかな床は、彼女のものだったというわけだ。

「はぁ。誰?」

 誰かと聞かれるが、正直に話すわけにもいかない。よく考えたらナイフを持っての侵入を正当化することのできる言い訳などあるはずもない。どうしたものか。

「!?まさか」

 驚いたような顔で彼女は呟いた。驚くポイントは他にあるだろう、と思ったが、これはピンチだ。仲間にしたいと思われるほどの人物だ。俺の正体に気づく可能性は高い。まずいと思い構える。

「家事代行の人?」

 と予想外の回答が飛んできた。家事代行。確かにあの部屋なら必要だろう。

「そっか。それなら良いや。ねぇ、りんご食べさせて」

 子供がおもちゃをねだるように言った。りんごとは何だ?りんごはわかるが、何故りんご?

「何故りんご?」

つい言葉にしていたようだ。

「家事代行でしょ。それに、果物ナイフ持ってたし」

 確かにナイフを果物ナイフと思ってもおかしいことはないが、この状況でその発想にいたることがあるのだろうか。それに、俺は家事代行ではない。

「早くして、クビにするよ?」

 子供のような顔から、大人の、冷たい表情に変わった。せっかくの近づくチャンスを逃すわけにはいかない、とりんごを探しに行く。


 早急にりんごを切り分け、風呂場に戻ってきた。

「あーん」

 と口を開け、りんごを待っているようだ。俺は爪楊枝をりんごに刺し、それを彼女の口に運ぶ。

「むしゃむしゃ」

 彼女は幸せそうにりんごを噛み砕いている。

「美味しい。ありがと」

 感謝をされるとむず痒い。少し恥ずかしさで悶えているとまた要望される。

「いまお風呂上がるからさ。リビング掃除しておいて」


 リビングの掃除だ。あの散らかりようを見て掃除をしたいとは思っていたが、改めて見るとやる気が失せる。ゴミの量が桁違いだ。

 カップラーメンの容器、惣菜のパック、ティッシュ、レジ袋。とにかく散らかっている。服も散乱していて、洗濯機があるのに使っていないようだった。


 それから掃除に集中して、部屋が綺麗なったのを見て達成感を感じていると、彼女は風呂から上がったようで、タオルを巻いて歩いてくる。

「すご。あの汚部屋が綺麗になってる」

 自覚があるなら掃除しろ。そう思う。ふと時計を見るともう夜中の12時だった。そろそろ帰ろうか。そう思って、それでは今日は帰ります。と言って出ていこうとすると、まだ働かせたいようで、待って、と呼び止められた。

「寝かしつけて、朝起こしてから帰って」

 何を言っているのだろうか。俺は家事代行で、お嬢様に仕えるメイドや執事ではないのだ。それは業務にはいらない。と主張するも、契約書らしい紙を突きつけられ、そこには『寝かしつけて起こすまで働きます!』と書かれていた。この契約書をかいたのはどんな馬鹿だ。

「早くして」

 そう急かされて、俺はどうにでもなれ、という気持ちで寝室への案内についていく。

 ふと思い出した。何故ここにいるのか。俺は彼女をスカウトし、失敗したら殺す。そういう仕事を受けていたのだ。

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