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沈む船の名前

作者: 倉紀ノウ



〝昔から、船には神々の名をつけると沈没するという言い伝えがある。それから、マーメイドという名もつけてはならない。暗黒の水底に棲む者たちが、船を海中深くに引きずり込むからだ〟



 ぼくの名前は赤堀里司。前途有望な中学生、冒険に憧れる13歳だ。夏休みを使って、なにか面白いことをしようと悪友の恵吾と旅に出ることにした。ぼくたちの旅は、心霊スポットの多い××島が目的地だ。そこで起きている怪奇現象に迫る。

 で、目の前に泊まっているのがその島へ渡る船ってわけだ。今日の波は穏やかで、船酔いも大丈夫そうだ。

 これからぼくらは、島へ渡るために船に乗る。キャンプ場もあるから、一泊してから帰る予定になっている。

「知ってるか?」

 また知識のお披露目か。こいつは隙あらば『知ってるか?』とネットで得た知識をまるで自分が最初から知っているような口ぶりで教えてくれる。そういうところは鬱陶しいと思う。でも、こいつの全てが嫌いなわけじゃない。

『知ってるか?』の問いに、ぼくは機械的に、

「なにが」

 と、ぞんざいに返事をした。こう言わないと話が進まない。

「昔から海の漁師は、神の名を船につけることをタブーとしたんだ。それに、マーメイドという名をつけることも」

 どこかから引っ張ってきた知識丸出しの言葉だった。

「船につけるとどうなる? 魚がとれなくなるんか?」

 目的地である遠くの島を眺めながら、適当に返事をした。

「そんな生ぬるいもんじゃない。神の名がついた船は必ず沈没するんだよ。だから漁師はそういった名前を船につけない」

「ふーん、そんなもんか」

「タイタニックはタイタンだろ。神様の名前だ。だから沈没した」

 彼を半分ほど無視して、実際にスマホで調べてみた。ぼくが推測するに、昔は船の建造技術が未発達だったから、沈没はよくあった。たまたま神の名がついていた船が多かったから、そんな迷信が生まれたんだ。そんなとこだろう。

 マーメイド号という船はたしかにあった。しかも、沈没していない。

「そりゃ、調べればそういう船もあるわ。それは乗ってる人の強運だっただけ。でも、かつての漁師たちは マーメイドとか、神々の名を船につけることを禁忌とした。そういう地域があったことは確かなんだ。古い本で読んだ」

 調べても、それは出てこなかった。

 どれだけ屈強な漁師でも、自然には勝てない。単なる験担きだろう。

 ……ふと気になった。

 では、今乗っている船は……まさか神々の名を冠した船なのか。

 船体を確認すると『川手中浜丸』とあった。このあたりの地名からとった、実に地味な名前だ。神々しさは微塵もない。

「なーんだ。普通じゃん」

 と悪態をついた。まあ現実はそんなところだろう。ぼくらは何事もなく、向こうの島へと渡ることになるだろうな。科学の進んだ現代社会では、不可思議なことは起こらないのだ。

 少し安心した。まあ、こんなところで命を落としたくはない。海で死ぬなんで絶対に嫌だ。

 ぼくたちは地味な『川手中浜丸』に乗り込んだ。

 水分でも補給しようと、備え付けの自販機に近づいた。……コーラでも買うか。

 快晴。夏空。のどかなものだ。この船は整備がしっかりされているようで、残念ながら沈没とは無縁の船だ。怪異に遭遇できないことを残念に思う。

「仮に神の名前とか、マーメイドとか名前だったとしたら、その船が沈没する、その原因はなんなんだよ。海の魔物か?」

 ぼくは恵吾に聞いた。

「そうだよ。普段は深海より深いところにいて、船を襲うときだけ姿を現す……。邪悪な古代の海の神々だよ」



 向こうの島までは30分ほどかかるらしい。短い航海だ。空と海の境をカモメが飛んでいく。空には薄く雲が広がっている。ずいぶんと絵になりそうじゃないか。

 ぼくは、これから恵吾と過ごす孤島生活をどう過ごすか考えていた。いや、考えるふりをして、足を組んで恰好つけていた。暇だし、この風景の写真でも撮ろうか……。

 そのときだった。

 視界が大きく揺れた。

突然、ドーンと凄まじい音がして、椅子から落ちそうになるほどの衝撃が走った。船底に何かがぶつかった音だ。

 クジラか…岩にでもぶつかったか?

「おい、なんだよ今の?」

 恵吾はかなりのパニックになっている。表情がそのときの顔だ。恐らくは、海の魔物の存在を信じているんだろう。

「何がぶつかったんだ?」

 恵吾は大きな声で叫んでいる。

  さらにもう一度、強い衝撃が走った。まるで船が攻撃でも受けているかのようだ。さすがにぼくも不安になってきた。

 ……まさか、本当に海に魔物の仕業か?

 この船のツアーのパンフレットが散乱していた。パンフレットに書かれた船の名前が目に入った。

『川手中浜丸』

 その上に小さくローマ字表記で『KAWATENAKAHAMAMARU』。

 ローマ字表記を見て、はっと気づいた。

 KAWA()T()E()N()A()KAHAMA

 ……ATENA

「アテナ?」

 アテナはたしか、古代ギリシャの女神だ。偶然にも、神の名前が、ぼくの乗っている船についている……。

「いや、そんなまさか。こじつけだ」

 恵吾は熱を計るかのように自分の額に手を当てている。精神の限界にきている証拠だ。

「……思い出したんだ。もうひとつ、漁師の掟があったんだ。そう、ひとつは船に神々の名をつけてはいけない。もうひとつは……」

 この状況で嫌なことを言う。ぼくだって、限界に近いのに。

「もうひとつはなんなんだよ、おい、早く言えって!」

 乗務員たちが走り回って慌てている。何が起こっているのか分からず、確認を取り合っているようだ。船が傾いていく。もう、何かに掴まっていないと海に落ちてしまう。

 恵吾は言った。

「船に乗っているときに、その神々の話をしてはならない。神々の話をすると、深海の門が開く……異次元から海の魔物たちが這い出てくる……」

 そんなはずはない。この日本の海に、そんなものいるはずがない。ぼくは頭の中で否定した。

 海水が侵入してきた。船のあちこちに穴が開いたのだ。船が大きく右に傾いて、みんな、海へ放り出された。

 ぼくの体も、気が付けば暗い海の中に沈みつつあった。

 濡れた服とリュックの重さで、ぼくの体は沈んでいく……。

 大量に水を飲んでしまった。海に落ちた瞬間、陸にいるときと同じように呼吸をしようとしてしまったからだ。いきなり海に落ちた人が溺れるのは、これが原因なんだと思い知った。

 暗い水中は、ぼんやりとしていて、とても不気味だった。まるで呪いが充満しているかのような邪悪な、薄緑色の暗さだった。


 そこで……その海中で見た。


 暗い、海の中で、謎の生物が船にとりついているのを。

 船の周りを泳ぐ、何かを。

 そして海の底の方で、うごめく、船よりでかい……とんでもなくでかい……何かを……。

 なにか、大きなものがこちらへ泳いでくるのが見えた。だめだ。逃げなきゃ……。

 

 ぼくの、記憶は、そこま…………、




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