ギロチンの刑に処された少女の最後
「これから、罪人·リリアの処刑を実行する」
そんな自分に向けられた言葉にも、リリアは何も動じなかった。雨のように降り注ぐ石にも、自分を締め上げるささくれだった縄も、異臭を放つ服だってへっちゃら。
だって自分は、転生して幸せな未来を送るのだろうから。リリアの好きな話は、前世処刑されてしまった女の子が生まれ変わり、皆に愛される、そんなお話。曰く、彼女たちは首を落とされても痛くなかったらしい。だって首が落された次の瞬間には転生しているのだから。それならば自分だって痛くないはずだ。生まれ変わったら絶対に幸せになれるはずだ。
首を落とされたってそこで生が終わるわけじゃない。自分は生まれ直し、そして現世の記憶を使って成り上がるのだ。懐柔しやすいように商人の娘に転生だなんて良いかもしれない。成り上がりの商人の娘が、王子様と恋に落ちる。うん、とてもいい響きだ。
そう頷くリリアの口元には、微かに笑みが浮かんでいた。そんな彼女には気にも止めず、処刑人はリリアの首を押さえつけて断頭台に載せた。苦しくて、リリアはむせる。だが何処か夢現のリリアには、それには意識を割かなかった。だって、この苦しみは言わば『転生するまでの前座』。当たり前に起こることなのだ。それにいちいち絶望したらキリがない。
執行人が縄に斧を重ねた。こうやって縄を切ると、刃が落ちてくる仕組みなのである。自分の死期を悟ったリリアは喜色満面となった。あぁ、あぁ! 漸くあの地獄が終わるのだ! どんな最上の喜びの舞だって、リリアの今の気持ちには敵うまい!
目をつむり、穏やかな笑みを形作った。皆様、ご機嫌よう。そうして、リリア·フォレスターの人生は終わった。
◇◇◇
――筈だった。
「ぎゃあああぁぁぁぁ! いだいぃぃ!」
大きなリリアの断末魔が木霊した。おかしい、おかしいとリリアは痛みに悲鳴を上げながら思う。なんでこんなに痛いのか。直ぐに意識が途切れるのではなかったのか。
いや、そもそもなんでちゃんと首が切れてないのか。
ギロチンはリリアの首の途中でお行儀良く止まり、彼女の首と胴を分立つさせるには至っていない。パックリと切れた処から火が湧き出たかのように熱い。喉を掻きむしりたい衝動に駆られたが、ささくれだった縄によって手首同士で繋がれていて、とてもじゃないがそんな事できない。それでもと腕を四方八方に動かすと、縄によってできていた傷に縄が食い込んで「ぐぅ………!」と唸った。
「いだいよお"ぉぉ!」
さっきまで余裕そうな表情を浮かべていたリリアが涙を流し、鼻水で顔を汚しながらそう叫ぶ姿に、民衆は沸き立った。
『そうだ、悪女にもっと制裁を』『もっともっと、苦しめ』
そんな民衆の声に、処刑人は応えた。縄を切る時に使っていた斧を、リリアの首の上にひたと焦点を当てる。
そして、ゴリゴリ、ゴリゴリと首を削り出した。
「ひい"あぁ"ぁぁぁ! うあぁぁぁ……………!」
未知の痛みは、リリアにとって今までの苦労など『苦労』という言葉を使うことすら烏滸がましくなるほど、彼女を狂わせた。
早く、早く首を落としてと懇願する。だけどきっとこれは悪女を殺すというパフォーマンス。だから処刑人はわざとすぐ首が落ちないように浅く斧を入れてきた。
充血して真っ赤になった目が映す景色は、阿鼻叫喚だった。民衆がケタケタケタケタとリリアを見て笑っている。ここでは彼女はあくまでパフォーマンスでしか無いのだろう。皆嗤って、愉しんでいる。それが今更ながら酷く恐ろしいと感じ、知らずうちに歯が音を立てた。ガチガチと不揃いになるその音は、リリアの心音を表している様にも聴こえる。
ぼたぼたぼたぼた赤い血が首から顎にかけて伝って、そうして地面に落ちていく感覚がする。
段々意識が遠のいていって、最後は視界が落ちることで、これにて本当にリリアの第一の生が終わった。