2
それは凄惨な光景であった。
彼女の左腕が宙を舞い、切断面から血が弾けるように噴出する。
壁には血が飛び散り、床には大量の血が滴り落ちた。
「ガハッ……!」
彼女は左肩を抑えて膝をついた。激しい痛みに苦しみ悶えて嗚咽を漏らす。
既に左腕に加えて右翼が切断されており、左目は潰され、彼女の視界は真っ赤に染まっていた。
彼女は歯を食いしばり、耐えられるはずのない痛みに必死に抵抗する。
口からは血紅色の涎が絶え間なく零れ落ちていた。
しかし、敵は彼女に苦しむ時間すら与えてはくれない、忽ち容赦のない追撃が迫る。
素早く反応した彼女は左翼を翻し、右腕をバネにして後方へと跳んだ。
彼女が着地するその瞬間にも、眼前には敵が迫って来ていた。
痛みを感じる暇もなく、彼女は必死に敵の攻撃を避け続ける。
大量の出血、彼女の意識は今にも途絶える寸前であった。
やがて追撃が止むと、敵は疲れた様子で額の汗を拭って得物を構え直していた。
朦朧とする意識の中、彼女は敵の追撃が止まったその瞬間を見逃さなかった。
彼女は満身創痍の自身の身体に鞭をうち、最後の力を振り絞って地面を蹴った。
それは直線的特攻であった。
研ぎ澄ました感覚により彼女の視覚が捉える物体の速度に僅かな遅延が生じる。
──敵は一直線に翔ける私に対し最上段に構えた一閃の企み──。
遅延が生じた視界の中で彼女はそれを視認した。
直後振り下ろされる刃、避けきれぬ高速の斬撃、彼女は左翼を犠牲に僅かに右方へと逃れ、速度を緩めず翔け抜ける。
一瞬毎に食い込む刃の感触、それは左翼が切断されるまで続く苦艱の一瞬。
彼女はそれを置き去るように敵の懐に飛び込んだ──。
「──っ!!」
敵から声にもならない声があがる。
同時に彼女は右腕を槍のようにしならせた。
「──死ね」
彼女は血を吐き出しながら怨嗟を込めてそう呟くと、鋭く尖らせた爪の鋒で敵の胸部を貫いた──。
────────‥‥‥勝った。
意識も飛びそうな苦痛の中、勝利に胸を撫で下ろした彼女の耳元に、悲嘆に満ちた声で呟く声が届いた。
「あーあ、また負けちまったよ」