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「ふう、やっと森を出られたわ」
エリカがしばらく森の中を歩き続けていると、広く切り開かれた場所に出ました。
森を切り開いて作られた土地は、周りが高い錬鉄製の柵で囲われており、土地の奥には城館が建っていました。
「あれがお城かしら? なんだか大したことなさそうね」
なにぶん広い土地でしたので、エリカには奥に建つ城がずいぶんと小さく見えました。それに、エリカの想像していたのはテーマパークに建っているような城でしたので、奥に建つ城館は、色彩もなくつまらない見た目のただの大きな建物に思えました。
「どこから入るのかしら?」
森を適当なところから入り、また適当に抜けてきたエリカは城の正面からは少し外れた場所に出てしまいました。
エリカは森で拾った枝を順繰りに鉄柵に当てて、カンカンと音を鳴らしながら鉄柵に沿って歩いてゆきます。
やがて城が正面に見えるところまでたどり着くと、そこには大きな錬鉄製の門がありました。
「開かないわ」
大きな門は閉まっていて、エリカは鉄柵を両手で握ってガタガタと揺らしましたが、地面に杭が下ろされており開きません。
「他に入り口はないかしら?」
エリカが辺りをキョロキョロと見渡すと、門の横に鉄柵を切り抜かれて作られたような、くぐり戸を見つけました。
エリカが半開きのくぐり戸に付いた、なにやら悪魔のような顔のモチーフが施された彫刻の取っ手を引くと、鉄柵の戸はキィーと音を立てて開きました。
エリカは「よいしょっ」と鉄柵をくぐり抜けて、敷地の中へと入っていきます。
「一面に花を咲かせたら、少しはマシになるわね」
門の正面には城まで続く一本の大きな道が通っており、道の左右には荒れ果てた庭が広がっておりました。
エリカはそんな庭を横目に、城に向かってまっすぐ歩いてゆきます。
城館はエリカが近づけば近づくほど、どんどんと大きく見えてきました。なので、エリカは一歩、また一歩と歩く度に、首の角度が少しずつ上を向いていくのです。
「まあー」
柵の外から見るとあんなに小さく見えた城館も、正面に立てばそれはもう、とても大きな城館でした。
エリカの通う小学校や、エリカが両親に連れられて、週に一度は買い物に行くショッピングモールくらい大きいのです。
城館の大きさに圧倒されたエリカは、一度立ち止まって、口をポカーンと開いて城館を見上げます。
「立派なものねー」
エリカが見上げた先には立派なポーティコを構えた玄関があり、頭上のペディメントには仰々しいモチーフが彫られていました。
「でも、こんなの誰が掃除するのかしら?」
しばらく城を観察していたエリカは、カビや雨だれで汚れた壁を見て言いました。
「わたしは絶対したくないわね」
エリカはそんなことを言いながら玄関に入っていくと、城の玄関扉を見上げます。
「でかー」
城の玄関扉はとても大きな扉でした。なんせ、エリカの頭の上に扉のノブがあるのです。
「重っ!」
エリカはノブを捻って扉を開けようとしましたが、マホガニーで作られた大きくて分厚い扉はとても重く、6歳の子どもの力で開けるのはとても難しく思えました。
「んっー!」
エリカはノブを捻りながら、扉に体を押し付けて全身の体重をかけました。すると、扉はギシギシと音を立ててゆっくりと開いていきました。
一人分の隙間が開くと、エリカはスルッと体を滑り込ませて、倒れるようにしながら城内に入ります。
エリカが城内に入るのと同時に、扉はバタンと音を立てて閉まりました。
「掃除はしていないみたいね」
エリカは立ち上がって服についた埃を払いながら言いました。
「そりゃそうよね、こんなに広いんだもん」
玄関から城に入ると、そこは大広間でした。正面には大階段があり、大階段を上がった先には大広間を見下ろせる二階の通路があります。そして、通路の真ん中、大階段を上がった正面には、玄関扉と同じくらい大きな扉がありました。大きな扉にはなにやら不気味な彫刻が施されており、怪しげな雰囲気を漂わせていました。
大広間はボロボロでした。床は所々欠けたように穴が空いており、家具は壊れ、カーテンはどれもこれも破れて穴が空いておりました。城内に明かりは灯っておらず薄暗く、カーテンの破れた穴から入る陽の光には、たくさんの埃が舞っているのが見えました。
「あのー」
エリカはか細い声で声をかけます。
しかし、誰もいないのか、はたまたエリカの声がか細くて聞こえなかったのか、返事はありません。
エリカはキョロキョロとくたびれた大広間を見渡しましたが、とてもじゃないけどこんなところにお姫様がいるなんて、エリカには到底思えませんでした。
そして、薄暗く不気味な雰囲気が漂う城内に、エリカは少しこわくなってきてしまいました。
エリカは一度外に出ようと扉の前まで戻ります。
そして、エリカは頭上の取っ手に手を伸ばして扉を開けようとしますが、全身で押すことでなんとか開いた重い扉も、引いて開けることはとても難しく、エリカは扉を開けることができませんでした。
エリカは向き直って一度大きく息を吸うと、大きな声で叫びます。
「だれかあああああああああ!!!!いませんかああああああああああ!!!!」
しかし、やはり誰もいないのか返事はありません。
「ドアを開けてほしいのー!」
エリカは続けざまに叫びます。
「電気をつけてー!」
ですが、やはりいくら叫んでも返事はありません。
いよいよ心底怖くなってきてしまったエリカは、怖さを紛らわすように、その場で大きく脚をあげて行進して、歌い始めました。
「おばけなんてなーいさ! おばけなんてうーそさ!」
エリカがしばらくの間歌っていると、突然、大階段の上から、バンッ!と扉の開く音が聴こえてきました。
驚いたエリカはビクッと体を跳ねさせて歌うのをやめます。
そうして、エリカが音のした大階段を見上げると、大階段の一番上、大きな扉の前で誰かがエリカを見下ろしていました。
それは、鮮やかな色彩の青い肌に、頭の両側から生えた二本の角、鋭い爪のある蝙蝠の翼に、柔軟な槍のようにしなる尻尾。
そして、濡羽色のドレスを身に纏った。
美しいお姫様でした。