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「ピーピーとやかましい人たちだったわ！」

エリカはうんざりといった様子で悪態《あくたい》をつきました。

BAR《バー》シーサウンドの騒《さわ》がしい店内に我慢《がまん》ならなくなったエリカは、堪《たま》らず店を飛び出してきたのです。

そして今は、リベリーストリート(にぎやか通り)を南に向かって自転車を走らせています。

「ガタガタ道だしーっ」

エリカは石畳《いしだたみ》の道を、自転車をガタガタと揺《ゆ》らしながら一生懸命《いっしょうけんめい》に漕《こ》いでいました。

「碌《ろく》でもない街《まち》だわ！」

エリカがそんな様にとやかくと文句《もんく》を言いながら自転車を走らせていると、やがてリベリーストリート(にぎやか通り)を抜《ぬ》けて街を出ました。すると、目の前に緑が生《お》い茂《しげ》る森が現れました。

「自転車では通れなさそう」

森の前で自転車を停《と》めたエリカは、森の生い茂る草木《くさき》やでこぼことした地面を眺《なが》めて言いました。

エリカは自転車を降《お》りて、自転車のサドルに手を触れました。エリカが「花になれー」と心の中で思うと、自転車は一輪《いちりん》の花になり、エリカは地面に落ちたそれを拾《ひろ》い上げてポシェットの中にしまいます。続いて、エリカは頭に被《かぶ》っていたヘルメットを外して、ポシェットの口へと持っていきました。すると、ポシェットの口よりよっぽど大きいヘルメットが、吸《す》い込《こ》まれるようにして、するするとポシェットの中へと入っていきました。

「よし！」

そうしてエリカは、おもむろに森の中へと入っていくのでした。

森の中は湿《しめ》った空気が漂《ただよ》っていました。霧《きり》は晴れておりましたが、ジメジメとした湿気《しっけ》が肌《はだ》に纏《まと》わりつき、エリカは蒸《む》し暑《あつ》くて堪《たま》りませんでした。

「あづーい……」

しばらく森の中を歩き続けたエリカは、すでに全身汗(あせ)だくになっていました。額《ひたい》に滲《にじ》む汗を拭《ぬぐ》いながら、暑い暑いと不満《ふまん》を漏《も》らします。

「本当にお城なんてあるのかしら？」

歩いても歩いても、見えてくるのは木、木、木。木ばかりです。こんなところに本当にお城があるのか、エリカは疑問《ぎもん》に思いました。

エリカは一度立ち止まり、ワンピースドレスの裾《すそ》を摘《つま》んで、ひらひらと揺らして扇《あお》ぎました。誰もいないのをいいことに、下着《したぎ》が見えてしまうのもお構《かま》いなしです。

「ふう、少し休憩《きゅうけい》しましょう」　

エリカはそう言うと扇ぐのを止めて、おもむろにポシェットの中に手を入れます。そうして取り出したのは、木の持ち手に鋭《するど》い刃《は》の付いた小ぶりな斧《おの》でした。

「よーし」

エリカは斧の持ち手をしっかりと両手で握《にぎ》って、近場《ちかば》にある手頃《てごろ》な木をめがけて振《ふ》りかぶりました。

「やー！」

コツンっ

掛《か》け声とは裏腹《うらはら》に、小さな音が森の中に響《ひび》きました。

振り下ろされた斧は木の側面《そくめん》に当たりましたが、刃は1ミリも木に刺《さ》さっていません。

しかし、木は刃が当たったところから真っ二つに切れ込《こ》みが入り、ガサガサどすん、と音を立てて倒《たお》れました。

エリカの取り出した小ぶりな斧、その斧は、小さな子どもでも簡単《かんたん》に木を切ることができる不思議《ふしぎ》な斧だったのです。

そうして残った切り株《かぶ》の上に、エリカはちょこんと座《すわ》ってひと休みするのでした。

エリカが切り株に座って休んでいると、森の奥から奇妙《きみょう》なものが現れました。

「なによあんた、気持ち悪いわね」

エリカの目の前に現れたのは、側面にギョロギョロと動くふたつの目玉をつけて、その目と目の間には木の枝《えだ》の鼻《はな》を生やし、根をうねうねと動かして這《は》うように歩く、不気味《ぶきみ》な切り株でした。

それは、プラントと呼ばれる【STELLA《ステラ》】に生息《せいそく》しているモンスターでした。

ポヨンっ

「あいた！」

エリカが切り株から立ち上がってプラントと目を合わせていると、プラントは突然《とつぜん》、なんの前触《まえぶ》れもなくたいあたりをしてきました。

「なによ！」

エリカがそう声をかけてもプラントは聞く耳を持ちません。

その後も、ポヨンポヨンと何度もぶつかってきました。

エリカはプラントにたいあたりをされても痛くもかゆくもありませんでしたが、とても不愉快《ふゆかい》な気持ちになりました。

「わたしあんたが嫌いだわ」

エリカは腕《うで》を組んで見下《みくだ》すように、プラントに辛辣《しんらつ》に言いました。

「あら？　あんた枯《か》れているのね」

プラントの年輪《ねんりん》からはいくつかの芽《め》が出ていましたが、どれも頭を垂《た》らしており、元気がない様子でした。

エリカはポシェットに手を入れて、ジョウロを取り出します。

しかし、そんなことをしている間にも、プラントは何度も何度もポヨンポヨンとぶつかってくるのです。

「じっとしてなさい！」

エリカが大きな声で叫《さけ》びましたが、プラントはポヨンポヨンと一向《いっこう》にたいあたりをやめません。

「おらくそー！　やめろー！」

エリカはヤケクソのように半《なか》ば強引《ごういん》にジョウロを振《ふ》り回して、プラントに水をかけました。

すると、プラントはピタッとたいあたりをやめて、ぷるぷると震《ふる》えだしました。

そして次の瞬間《しゅんかん》、年輪から生えるいくつもの芽が空に向かってニュルニュルと伸《の》びて、みるみるうちに立派《りっぱ》な幹《みき》になりました。そして、伸びた幹からいくつもの枝を伸ばし、伸びた枝からたくさんの葉を生やしました。

プラントはあっという間に成長して、大きく立派な木になったのです。

「あーあ」

エリカはポカーンと口を開けて、呆然《ぼうぜん》と大きくなったプラントを見上げます。

エリカとしては、枯れた芽に花を咲かせてやるくらいの考えだったのですが予想外《よそうがい》の結果になってしまいました。

大きくなったプラントは、他《ほか》の木々と枝同士(どうし)が引っかかり身動きが取れなくなっています。

「あらら」

エリカは自分の引き起こした結果に対して、やれやれといったように両《りょう》の手の平《ひら》を空に向けて首を振りました。

「行きましょう」

エリカはプラントを放って置いて、再び森の中を歩き始めました。