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どうぶつ村のエリカと妖艶なデーモン  作者: あめ野コッキー
2.平穏な村のプロローグ
11/26

4

「こんにちわ」


エリカは広場ひろばからさらにくだって、村の南端なんたんまでやってきました。


「こんにちは、エリカさん」


エリカが声をかけたのはイヌの門番もんばんさんです。門番さんは犬種けんしゅでいうところのブルドックのような姿すがたをしておりました。


「あなたは相変あいかわらずね」


門番さんは村がこんなことになっているのにもかかわらず、門の前からまったく動いていません。


「私は門番ですから」


門番さんはとても真面目まじめ性格せいかくをしておりました。


「ふーん」


エリカは気のない返事へんじをしました。


「ここから見ていましたけど、みなさん何処どこかに行ってしまいましたね」


「ええ」


「エリカさんは行かなくていいのですか?」


「わたしは隊長たいちょうだからいいのよ」


エリカは門番さんにそう返事をしながら、おもむろにポシェットから花を一輪いちりん取り出しました。


「隊長?」と門番さんは首をかしげます。


エリカが花をほうげると、花はポンッと音を立てて木の丸椅子まるいすに変わりました。


「よいしょっ」


エリカは丸椅子を持ち上げて、門番さんのとなりはこんでゆきます。


「そうよ、隊長は動かなくていいのよ。あなたみたいにね、動かないのが仕事しごとなの」


そんなことを言いながら椅子を運びえたエリカは、椅子にちょこんとこしかけました。


「そうですか……」


「それより落とし物はある?」


「今は何もありませんね」


エリカの突然とつぜんいかけに、門番さんはれた調子で答えました。


「そっ」


そっけなく返事をしたエリカは、いていたくつを放るようにてて、足をぶらぶらとさせました。


村に落とし物があって持ちぬしがわからないときは、大方おおかたイヌの門番さんのもととどけられます。自分のものがあったらびっくりしますし、持ち主がわかるものがあったら、エリカは届けてあげることにしていました。なので、エリカは門番さんに会うと、まずはじめに落とし物があるかどうかを聞くのです。


「きれいね」


エリカはすっかりと変わってしまった長閑のどかな村の光景こうけいをしみじみとながめていました。なんせ、ここは村のはしっこなのですから村の景色けしきがよくみえるものです。


「そうですね」


門番さんも、エリカと同じようにしみじみと村を眺めて言いました。


「はぁ」


それは感嘆かんたんのためいきでした。

エリカはこんなにも素敵すてきになった村が自分のものだなんてまだしんじられないでいたのです。

正確せいかくにはこの村の村長さんであるエリちゃんの村なのですが、エリカはエリちゃんのいもうとで、そのエリちゃんはもう村におとずれていないのですから、自分のものと言っても間違まちがいではないのです。少なくともエリカはそう思っていました。


ヒュー


風がいていました。エリカの後ろからです。風はエリカの足首あしくびでて村の中に入ってきています。外開そとびらきの門の下には小さな隙間すきまがあるのですが、そこから風が入ってきているようです。それはとてもおかしなことでした。


「んー、なんだかよく見えないわね」


エリカは椅子からりてつんいになると、地面じめんにベタッと顔をつけて門の下の隙間をのぞみました。


「なにがです?」


門番さんは突拍子とっぴょうしもない行動を取るエリカに、怪訝けげんな顔をして問いかけました。


「お外」


「外?」


門番さんはエリカの返答へんとうに首を傾げました。


どうぶつ村の正門せいもん。この門はお友だちの村に遊びに行ったり、お友だちが遊びに来るときに使われる門で、外に世界が広がっているというわけではないのです。なんといっても、やはりここは箱庭はこにわの世界なのですから。


そして、エリカにとってこの門は特に意味いみのないものでした。今までだって、一度としてこの門が開かれたことはありません。なんせ、エリカには現実げんじつに友だちがいないのですから。


エリカは立ち上がって手のひらやひざについたすなをはらいます。そうして門を見上げたエリカは「あっ!」と何かに気付いたように声を上げました。


門の上部じょうぶさくのような装飾そうしょくほどこされており、エリカはそこからならもっとよく門のこうがわを覗くことができる。そう思ったのです。


「よいっ……しょ」


エリカは靴下くつしたうらについた砂をはらいながら椅子の上に乗ると、すっくと立ち上がりました。それでも少しだけが足らなかったので、エリカは両手を上げて柵をにぎって、ぐっと背伸せのびをするのです。


「んっー!」


椅子の上で靴下姿(すがた)のまま背伸びをするエリカに、門番さんはあわてた様子で声をかけます。


あぶないですよ!」


そうしてエリカにそそくさとかけって、わきつかんでささえてあげました。


「なにか見えるのですか!」


門番さんがエリカに問いかけます。しかし、返事はありません。エリカはただじっと、柵の隙間から夢中むちゅうで外を覗き込んでいました。


しばらくの間外を覗いていたエリカは、突然門番さんの手をりほどいて椅子からび下りました。そうして地面におしりをつけて、せわしない様子で靴を履き始めるのです。


「どうかしましたか?」


門番さんがふたたびエリカに問いかけます。しかし、またまた返事はありません。


エリカはまだ最後さいごまで靴を履けていないのにもかかわらず、つんのめりそうになりながら門の正面しょうめんに立ちました。


エリカの目も、耳も、そして心も、すでに門の外へと向いてしまっていました。今のエリカにはもう、だれの声もとどかないのです。


一度きちんと靴を履き直したエリカは、ゆっくりと門を開いてゆきます。


エリカは一人分の隙間を開けると、ひょっこりと顔だけを出して、こっそりといった様子で外を覗き込みました。


門の外には森が広がっていました。

あたりには白いきりがかかり、不自然ふしぜんに左右にわかれた木々が、ゆるやかにくだる道をつくっていました。道はどこまでも続いているようで先に何があるのかうかがいしれません。

しっとりと湿しめった風がヒュルヒュルといて、森はまるでさそうようにざわめいていました。

森の中には、もよだつような陰鬱いんうつ雰囲気ふんいきが立ち込めていたのです。


「お出かけできるようになったんだわ……」


エリカは森の雰囲気なんて気にもとめませんでした。

村の外へお出かけできる。村があんなふうなったときもエリカはこんなにも素敵なことはほかにないと思ったものですが、村の外にお出かけだなんて、今度こそ、こんなにも素敵なことは他にない、そんなふうに思ったのです。


「やったわ!」


エリカは赤いリボンをぴょんぴょんとはずませながら、村の外へとかけてゆくのでした。

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