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扉を開けると、ぶわっと風がエリカを撫でて家の中へと入ってきました。
突然の風に顔を顰めたエリカでしたが、目の前に広がる光景をみると、みるみるうちに、まるで花が開くように笑顔になっていったのです。
「わーっ!」
青い空は高く、白い雲はどこまでも遠くまで泳いでいます。
花々は風に揺られて踊っています。
草原や木々は歌っています。
川のせせらぎは優しい伴奏を奏でています。
見慣れたはずの景色はとても美しく彩られ、青や緑では収まりきらない色彩たっぷりの景色が、エリカの目の前に広がっていました。
エリカの視界いっぱいに広がるそれは、紛れもない美しい本物の大自然だったのです。
今までとは形は同じでもまるで違っているどうぶつ村の光景。
でも間違いなくそこは、エリカの大好きなどうぶつ村なのです。
「あっは! なにこれー!」
あはははっと笑いながら、エリカは丘を駆け下りてゆきます。
赤いリボンが跳ねます。それはそれは踊るように跳ねます。いいえ、リボンだけではありません。エリカの心も体もとにかく跳ね回っています。
スキップ、側転、でんぐり返し。
エリカが自身の体で表現できることは全部やりました。
跳んで駆ければヒュンヒュンと涼しい風の感触が、転がり回ればカサカサと肌に心地よい草原の感触が、全身で感じられました。
エリカは今感じているなにもかも全部が嬉しくて、とにかくはしゃぎまわっているのです。
──
「おまえらー!」
エリカはそう叫びながら村の中央にある広場に駆けてゆきました。そこにはクマさんも含めて3人の住民が集まっていました。
「あっエリカ」
広場に着いたエリカは駆けていた勢いを緩めずに、いちばん近くにいたクマさんのお腹に飛びつきました。
「うぐっ!」
もふっ
「おわっ! なによこれ!」
クマさんのお腹はもふもふとしていました。エリカは気持ちよさそうに、擦り付けるようにしてクマさんのお腹に顔を埋めます。
「んっー!」
「心配したよエリカ、突然いなくなるから」
「ぷはっ…….こっちも心配したわよ! それより! なんだかすごいことになっているわ!」
エリカはクマさんのお腹から顔を上げて言いました。
「うん。エリカもなんかすごいね」
「でしょうね!」
エリカは「これが本当のわたしよ!」と自分の体を見せつけるように、えっへんと胸を張って言いました。
「ちょっとエリカ! どうなってんのよこれ!」
次に近づいて来たのは、全身が白く細い体毛に覆われ、耳が桃色で目が真っ赤なウサギさんでした。
エリカは迷わずウサギさんに抱きつきました。
「おっと……! ちゃんと説明してもらえる? エリカ」
ウサギさんはそう言いながらエリカの頭を撫でてやります。
「知らん!」
「知らん?!」
エリカはあっけらかんとして言いました。ウサギさんは呆れたように「はぁ~」とため息を付きました。
「なんかねー、お手紙が来たのよ。クマさんに読んでもらってたらーこうなったの」
「なるほど、全然わからないわ……クマさん? 説明してもらえる?」
「さぁ、エリカの言った通りなんだよ」
「その手紙とはいったいどんな手紙だったのでしょう?」
そばでみんなの話を聞いていたネコさんが話に入ってきました。ネコさんは、チクチクとする青とグレーの体毛に鋭い剣のある目、そして、丸い眼鏡をつけたネコさんでした。
エリカは手紙をみせようとポシェットに手を入れましたが、すぐに自分は持っていないことに気づきます。
「クマさん持ってる?」
「うん、持ってきたよ」
そう言ってクマさんはモフモフとした体毛の中から手紙を取り出して、ネコさんに渡しました。
「──ふむっ。招待状……つまり、ワタシたちはSTELLAというところに来てしまったということなのでしょうか?」
ネコさんは手紙を読み終えると、みんなに問いかけました。
「ここはどうぶつ村よ?」
エリカは「当たり前でしょ」といったふうに言いました。
「そうですが、ついさっきまでのどうぶつ村はこんなではなかったですよ?」
「そうね、こんなではなかったわ。でもとっても素敵よ」
「そうですね、とても素敵ですね」
「それに、ちょっとすごいことになってるけど……」
そう言ってエリカは辺りを見渡すと、ネコさんに向き直って言いました。
「やっぱりどうぶつ村よ」
エリカに言われてネコさんも辺りを見渡します。
「そうですね……ちょっとすごいことになっていますけど、形はそのまま、どうぶつ村ですね」
「そうよ」
エリカは自信たっぷりに言いました。そして「ちょっとこっちに来なさい!」と言って広場から突然と駆けてゆきました。
「ちょっと待ちなさいよ!」
どうぶつさんたちは、駆け出したエリカのあとを焦った様子でついて行きました。
──
「見なさい!」
そうしてたどり着いたのは花壇でした。色とりどりのお花がたくさん咲いています。
「これは今日わたしが水をあげた花よ!」
エリカは一輪の花を指して言いました。
「どうして同じ花だとわかるのですか?」
「これだけ黒い花だからよ! レアなやつよ! エリちゃんが作ったのよ!」
えっへんと、エリカは自分で作ったものでもないのに偉そうにして言いました。
どうぶつ村の花は、交配するとたまに違った色の花を咲かすことがあります。エリカはよく分からなかったので、主にエリちゃんが花の交配をしていました。
「なるほど、花の色ですか……他の花もすべて前と同じ色ですか?」
「そんなこと覚えてるはずがないでしょう」
エリカはあっけらかんとして言いました。
ネコさんは「そうですか……」と諦めたように返します。
「でも、どうやら本当にどうぶつ村のようだね」
クマさんはエリカの主張に納得した様子です。それは、程度の差はあれど他のどうぶつさんたちも同じでした。
「そのようね」
「そうですね……」
ウサギさんもネコさんも頷き返します。
「そうでしょうとも!」
エリカは自信満々に胸を張って言いました。そして……。
「わたしが隊長よ!」
突然、エリカは先程張った胸を更に大きく張ってそう宣言します。
「隊長?」
「みんなで探検するのよ! こんなことになっているんだから色々みてまわりましょう!」
「うーん……ん! そうか! そうだね! 探検しよう!」
クマさんはなにか思いついたように、キラキラと目を光らせてエリカに賛同しました。
「じゃあボクは商店に行ってみるよ!」
そう言ってクマさんは足早に、村の西側にある商店へと駆け出しました。
「ちょっと!」
エリカは慌ててクマさんを呼び止めます。
「なるほど……! アタシも仕立て屋さんに行ってくるわ!」
ウサギさんも、クマさんが駆けて行ったのを見てなにかに気づいたように、村の南西にある仕立て屋さんに駆けてゆきます。
「待ちなさい!」
「ではワタシは博物館へ行ってきますね」
ネコさんはふたりのあとに続くように、そそくさと村の北西にある博物館へと向かいました。
「みんな待ちなさい! なんでバラバラなのよ!」
エリカは思ったのと違ったかたちに物事が進んでしまい、戸惑ったように叫びました。すると、唯一エリカの声が届いていたネコさんが振り返りました。
「今は緊急事態なので効率的に行いましょう! 各員で散り散りに調査して、なにか異変を見つけ次第広場に集まって報告です!」
「何言ってるか全然わかんないわ!」
ネコさんは時々《ときどき》難しい言葉遣いをします。そういうとき、エリカは困ってしまうのでした。なんせ、エリカはまだ6才なのですから。
「とにかくなにか変わったことがあったら広場に集まって報告しますので!」
そう言い残してネコさんは手を振って行ってしまいました。
「もうっ!」
エリカの気まぐれに付き合うのは確かにとても楽しいことです。でも、実はどうぶつさんたちもエリカと同じくらいワクワクしていたのです。
クマさんは模様替えが大好きでした。なので商店に売っている家具たちがどんなに素敵になっているのか気になったのでしょう。
ウサギさんはオシャレが大好きでした。なので仕立て屋さんに並んでいる服たちがどんなに素敵になっているのか気になったのでしょう。
ネコさんは村に生息する虫や魚、そして、村で出土された化石にも興味がありました。博物館に展示されているそれらがどんなことになっているのか、気になったのでしょう。
どうぶつさんたちはそれぞれ、自分の好きなものがどんな素敵なことになっているのか気になって、ワクワクしていたのです。
「あいつらときたら!」
エリカはむくれてしまいました。でも、エリカは隊長なのです。だったら目一杯、楽をしてやろうと考えました。なんたって、小さなエリカにとってどうぶつ村は十分に広いのです。エリカの足で全部を周るのはやはり疲れてしまいます。
なので、どうぶつさんたちが戻ってくるのを椅子にでも座ってひとり優雅に待ってやろう。そうして、みんなの話を聞いたあとにアイツらの背中に飛び乗って、わたしをおんぶさせて案内させてやるのだ。エリカはそう企みました。
「ふんっ! それがいいわ!」