物を見る目
あれからサクライたちは拠点地に戻り、ボスからドロップしたアイテムの競りが行われた。
身内だけなので、こじんまりとした簡素なオークション会場だった。
ほとんどの品は、ユエがおよそ20万ゴールドで買い占めて終わった。
ブレイバーズの面々には見慣れた光景だったが、サクライはひとり、あんな大金を払えるユエに唖然としてしまった。
その後、集計を終えたクレイナイトが、各パーティーリーダーに人数分の分配金を渡していった。
「では、解散」
クレイナイトはそう言うと、連合パーティーは解散となった。
ユエが戻ってきて、サクライにトレードで分配金を渡す。
「ありがとう」
「……」
相変わらずの塩対応に、ため息を押し殺すサクライ。
――今後、この人に戦い方を教えてもらうのよね……。
不安になるサクライを置いて、ユエは今後の詳細についてクレイナイトら主幹メンバーたちと打ち合わせに行った。
そのタイミングでニクコに手招きされながら呼び掛ける。
「サクラっち。ちょっと、ちょっと」
そう言ってニクコは会場隅までサクライを連れて行くと、2人してその場に座り込んだ。
やや間を置いたニクコが、気まずそうに話しを切り出す。
「……ごめんね。サクラっち。やっとヘルクレス討伐が叶うってなって、わたしも浮かれ過ぎちゃってたわ。ユエっちと2人っきりの特訓だってのがすっぽり頭から抜けちゃってたみたい」
サクライはにこりと笑うと、
「気にしてないよ。それに、レイドにまた参加できるのはありがたかったし、結果オーライってやつさ」
努めて明るく答えたものの、正直、不安で仕方がなかった。
だが、引き受けてしまった以上――やるしかないのだ。
そんなサクライにニクコは一瞬だけ困ったような笑みを浮かべると、すぐにいつもの茶目っ気たっぷりな彼女の口調に戻った。
「これで装備代の件はチャラってことで♡」
「いやいや、返すよ」
「いいってば♡」
返す、いらない、の応戦をしばらく続けた2人だが、最終的にニクコの勝利で終わった。
そんなニクコは項垂れているサクライの耳元にひそっと秘密を打ち明ける。
「実はね、わたし、ユエっちとはリアル知り合いなの。向こうは私だって知らないけどね」
「――!そうだったの?」
サクライは目を見開き、同じく小声で聞き返すと、ニクコは「うん」と頷いた。
「ラフっちが連れてきた時はびっくりしちゃったわ。今はもう疎遠になっちゃったけど、昔はいい奴だった」
――"昔は"って、今はそうじゃないってことか。あの様子なら分かるけど……。
サクライが内心妙に納得しているところに、「おい」と、頭上から無遠慮に声をかけられる。
見上げると、討伐中に隣にいたトカゲ男――シックスパンカーと、その背後には、同じく4人の亜人種が立っていた。
その彼が、不良さながらのふてぶてしい態度で言う。
「よぉー。お前、これからユエさんと"2人っきり"で特訓することになるらしいなぁ?どさくさに紛れて彼女に手ぇ出してみろ、俺ら親衛隊が黙ってねーからなぁ?」
彼の後ろに控えている亜人種たちも「そうだ、そうだ!」と、相槌を打った。
「……いや、別に俺から彼女を指名したわけじゃないんだけど……」
困りながら弁明するサクライとは反対に、ニクコはむっとして飛び上がると、
「ちょっと〜!サクラっちにつまらない因縁つけてこないでよ!親衛隊とか言いつつ、こそこそユエっちの後を付けてるストーカーのくせに〜」
「う、うるせぇ!俺たちは節操のないプレイヤーからユエさんをお守りしているだけだ!外野は黙ってろ、マリモ!」
「んまー!こんなキューティクルなニクコ様に向かってマリモとは失礼ねー!」
背中に羽があるとはいえ、全体的に緑色の丸みを帯びたニクコは、見ようによってはマリモに近い。
マリモという例えに不覚にも感心してしまったサクライだったが、ヒートアップしてきたニクコたちを前にのんびり構えているわけにもいかなくなってきた。
慌てて仲裁に入る。
すると、シックスパンカーは再びサクライに矛先を向けた。
「もし今度の討伐が失敗に終わったらテメーのせいだ!特訓に付き合ってくれたユエさんがもし責められる事になったら、ぜってぇテメーを許さねぇからな!」
「うっ」
改めて責任が重くのしかかった。
たまらずニクコが、
「何が許さねぇ、だわよ!この変態モヒカン!」
「んだとぉ?マリモの分際が!」
すると、こちらの様子に気づいたラフマニスが仲裁に入ってきた。
「こらこら。君たち、やめなさいって。これから一緒に難易度MAXのボスに挑む仲間なんだから仲良くしないと。それとシックスパンカー君、これはユエちゃんからの提案なんだから、サクライ君に敵意を向けるのはお門違いだよ」
シックスパンカーは舌打ちすると、びしっとサクライに指差して、
「いいか!忠告はしたからな!」
そう捨て台詞を言い残し、4人の親衛隊を連れてオークション会場から出て行ったのだった。
彼らが消えていった扉を見ながらニクコは憤慨する。
「っほんっっとーに!幻想抱きすぎだってーの!ちょっとはユエっちの事、目ん玉かっぽじって見ろってんだわよ」
「そだね……」
力なく相槌を打つサクライに、やれやれ、とラフマニスが言った。
「ファンの心理ってやつさ。アイドルに幻想を抱くのは当然だし、そんなアイドルはみんなのものってね。嫉妬されるサクライ君はそれだけ魅力的なアバターだってことさ。むしろ光栄に思ったらいい」
そう言って、ラフマニスはウィンクして見せるが、サクライは乾いた笑いしか出てこなかった。
――これって私……。今後ユエのファンたちから確実に恨みを買うことになるんじゃ……。
ユエとの特訓以外にも外的要因の問題が発生したことに、さらに憂鬱になるサクライであった。
しばらくして、打ち合わせが終わったようだ。
ユエがこちらに向かってくるのを見て、その様子にラフマニスが「どうやら、終わったみたいだね」と言う。
「それじゃ僕たちはこの辺で。サクライ君、当日楽しみにしているよ。ユエちゃんとの特訓、頑張ってね♡」
「サクラっち!頑張ってね!……連絡待ってるよ!」
ラフマニスはピッと2本指を揃えてウィンクをし、ニクコは不安が入り混ざった笑顔を浮かべて言った。
そして、ユエと入れ替わるようにその場を後にしていった。
去っていくニクコたちをサクライは名残惜しそうに見送るなか、ユエはさっそく本題に入った。
「今後の日程についてですが――」
まるで"物を見るような目"だ――と、サクライはユエを見て思った。
一難去って、一難か、と小さく苦笑すると、口を真一文字にして気負いしないよう、白銀のエルフを見返したのであった。
*
「はぁ……」
ゲームにログインした途端、サクライは大きなため息をついた。
目の前には、石造りの円柱が支える建物がある。
プレイヤーが対PV戦に慣れるための訓練場だ。
昨夜、ユエから「ログインしたらすぐ訓練場に来てください」と、急かすように言われていた。
視界に"新着メール"の案内がホログラムで表示されている。
差出人を確認するまでもなく、言わずと知れたユエからだった。
記載されている内容は、ユエがすでに使用している部屋番号だった。
サクライは読み終えると、ふぅ、と息を吐き出し、口を真一文字にして覚悟を決めると、訓練場の中へ入って行った。
AIの受付NPCがいるカウンター前には、すでに3列になってプレイヤーが並んでいた。
受付を済ませたプレイヤーたちは、その場で一瞬にして消え、訓練部屋へと移動していく。
そう待たずしてサクライの番になると、先ほどユエが指定した部屋番号を入力した。
<それでは、いってらっしゃいませ>
受付NPCが言った途端、一瞬でユエのいる訓練部屋へ移動したのだった。
そこは晴天の空と学校グラウンドのような土色の地面以外、何もない広い空間だった。
少し離れた場所にユエがサクライに一瞥すると、早速画面操作している姿があった。
サクライはにこやかに片手を上げ、努めて明るく声をかけた。
「やあ。ここが――」
「能力値を同等にしました。これで私たちの差は技量のみです」
話を途中で遮られたサクライは、上げた片手が空中で行き場を失い、何事もなかったかのようにゆっくりと下ろした。
ある程度予想はしていたとはいえ、出鼻を挫かれた感じは拭えなかった。
そんなことお構いなしに、ユエは時間を惜しむよう「始めますよ」と、淡々と告げたのだった。
いつも手に持っている杖ではなく、代わりに剣を携えて――。
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通貨は現実世界のポイント同様、現物化出来ない仕様です_φ( ̄ ̄ )
2025/3/31修正済み