俺に任せろ!
討伐は順調に進んでいた。
ボスの"スワンプイール"は、全長15メートルほどの巨大なうなぎのような姿をしている。
魔法攻撃に弱く、ブレイバーズの構成員は支援系や魔法スキルを得意とするプレイヤーが多いため、相性は良かった。
ただし、魔法攻撃はMPを消費するため、MPが尽きれば一気に攻撃手段が減ってしまうため、前線で火力を維持できる近接アタッカーの存在は不可欠だった。
ところが今回、主力だった近接アタッカーが急遽参加できなくなり、代役として呼ばれたのがサクライだった。
しかもペアという少人数に加え、回復スキルを持たないという、かなり厳しい構成だった。
開始前、ペアの相方であるユエは淡々と説明した。
『私は魔法スキルによる遠距離型アタッカーなので、敵のターゲットが移りやすい。あなたは庇護がありますし、万が一、タゲが私に移ったら使ってください。適材適所です』
『分かった。じゃあ、回復はお願いしていいか?』
『私は、他プレイヤーを回復するスキルは習得していません』
『……!』
サクライは言葉を失った。
てっきりペアを組む以上、最低限の回復くらいは担ってくれるものだと思っていたのだ。
ユーワールドでは回復系アイテムは高価品だ。
理由は、プレイヤーの"価値"を重視する方針から、アイテムによる代用は避けていると、公式サイトにも明記されている。
本当に切羽詰まった状況でなければ、滅多に使用しないのが一般的だ。
もちろんサクライも回復アイテムは携帯していたが、どれも低ランクで、使える場面は限られていた。
そんな不安げなサクライに、ユエは冷たく言い放った。
『準備不足で死ぬなら自業自得です。あなたの役目は果たしてください』
守るべき相手から"当然"とでも言うように突き放されれば、気持ちが萎えてもおかしくない。
だがサクライは、"勇者らしく振る舞う"ことで力を得る男だった。
その言葉をあえて受け止め、不敵に笑って答える。
『任せろ!』
しかし――
いざ討伐が開始されると、危惧していた事態にはならなかった。
高い防御力を誇り、スキルで敵の注意を引きつけるスペシャリスト、"盾役"がいたからだ。
今回の主催者であるクレイナイトがそうだ。
高火力のプレイヤーにターゲットが移らないよう、ボスの攻撃を一身に受けている。
そんな彼に回復しているのは3人のうちの1人が、ニクコだった。
彼女が回復用で使用している、見た目が"猫じゃらし"の武器で、クレイナイトのHPを回復させている。
ユーワールドではなぜか練度の高い回復役が少ないため、練度が高いニクコはプレイヤーたちから引っ張りだこの存在だった。
現に今も、ブレイバーズの何人かが口々に賞賛の声を上げている。
「さすがだぜ!ニクコ姉さん」
「やっぱニクコ様々だ」
ニクコも調子を合わせてか「おほほほほ。もっと褒めてもよくってよ~」と、おちゃらけている様子だった。
そのやり取りにサクライの隣で攻撃を繰り出している、近未来的な服の装備をした、モヒカン頭のトカゲ風の男――"シックスパンカー"が、
「あの猫じゃらしで回復されるってぇのは腹立つけどな」
と、ぼそっと言うのが聞こえた。
スワンプイールのHPは、着実に削られていった。
だが――予想していたよりも、ダメージの通りが鈍い。
銃で攻撃していたラフマニスは言った。
「これは長期戦になるか……。やっぱ"オウジ"がいないのは痛かったな」
『オウジ』――それはブレイバーズの盟主であり、圧倒的な火力を持つアタッカーだ。
今回、その代役としてサクライが呼ばれたのだが、ラフマニスたちの言葉からして、彼がいかに規格外の存在かがうかがえる。
「……鬱陶しい奴だが、実力は本物だからな」
隣でシックスパンカーが、憎まれ口のようにぼやく。
「問題ない。このままターゲットが移らなければ、何とか無事に終わるだろう」
クレイナイトはそう言ったものの、表情にはわずかな不安がにじんでいた。
プレイヤーたちのMPの減りは想定より早く、誰もが心のどこかで、ギリギリの戦いになることを悟り始めていた。
そして、その"もしも"は、唐突に現実となった。
突如、スワンプイールがうねるように体を翻し、後方のプレイヤーたちへと向かって進み始めたのだ。
ざわりと、全体に動揺が広がる。
「憎悪!」
すかさずクレイナイトが、敵対心を引きつけるスキルを使うが、効かなかった。
地を這うように、真っ直ぐ向かった先には――ユエがいた。
後方プレイヤーたちが散り散りに逃げるなか、ユエだけはその場から逃げることなく、淡々と魔法を放ち続けている。
「クソが!このうなぎ野郎、ユエさんに近づくんじゃねぇ!」
シックスパンカーは足止めしようと、目にも留まらぬ攻撃スキルを繰り出すが、ボスの勢いは止まらない。
サクライを含む近接アタッカーたちも立ちはだかったが、次々と跳ね返され――スワンプイールはついに、ユエの目前へと迫った。
だが、ユエは逃げない。
ターゲットが自分に向いた時点で、もう覚悟は決まっていたのだろう。
ただ黙々と、魔法を撃ち続けていた。
「復活持っているやつは?!」
誰かが大声で訊ねた。
ニクコや数名のプレイヤーたちが「使い切った!」と口々に答える。
このユーワールドでは、事前に復活というスキルを使っておかなければ、戦闘不能から回復できない。
習得しているプレイヤーは少なく、すでにクレイナイトや他のプレイヤーに使用して切らしていた。
スワンプイールが頭を振り下ろすと、ユエの身体が大きく吹き飛んだ。
直後――ユエが受けた衝撃の大半が、サクライのHPを削る。
――うわっ!すごい減った!
サクライはユエの物理攻撃に対する防御力の低さに驚いた。
初期装備の自分のパンチ一発で倒せるほどの脆さである。
何人かが壁となり、クレイナイトもタゲを引き戻そうとするが、ボスは止まらない。
このままでは、次の一撃でユエは確実にやられる。
――こうなったら一か八か!
サクライは勝負に出た。
万が一倒しきれず、自分がゲームオーバーになろうとも構わない。
装備がドロップしてしまっても、誰かが拾ってくれるだろう。
サクライは背後からスワンプイールに飛びかかり、叫ぶ。
「<諸刃の剣>!」
煌めく一閃が、黒光りするボスの背をまっすぐ斬り裂いた――が、倒しきれなかった。
MPを使いすぎて、火力が足りなかったのだ。
振り返ったスワンプイールの、細くすぼんだ瞳孔と目が合う。
――あ……死ぬ。
諸刃の剣を使用すれば、24時間全ての基本ステータス値が"0"になる。
サクライはゲームオーバーを覚悟して、固く目をつぶった。
その瞬間――
凄まじい雷の轟音が響いた。
目を見開いたサクライの視界に映ったのは、塵のように崩れ消えていくスワンプイールの姿だった。
一体誰が?と、思っていると、ざわめく歓声のなかにユエの名前があった。
「さっすがユエさん!」
「しびれる~」
どうやら先程の轟音は、ユエがスキルを使ってとどめを刺したようだ。
どうやらMPが尽きて手詰まりになったパーティーの中で、ユエは高価なMP回復薬を使い、決定打を放ったらしい。
その様子を知ったサクライは、ようやく緊張から解き放たれ、地面にへたり込んだ。
そこにラフマニスがやってきた。
「お疲れ、サクライ君。あの場面でまさか捨て身のスキルを使うなんてね。まさに勇者の心意気だったよ。これは新たな勇者誕生かもね」
ウィンクするラフマニスに次いで、クレイナイトも賞賛した。
「本当にサクライ君がいてくれて助かったよ。今回参加できなかった我々の盟主がいれば、ここより難易度が高いレイド討伐も可能だろう。また来てもらえると嬉しい」
止めはユエが刺したのだが、サクライの行動にクレイナイトらが評価してくれたのだ。
他のプレイヤーたちも口々に歓迎すると言ってくれた。
――やった!これからもレイドボス討伐に誘ってもらえる。……今度はペアじゃなければいいけど……。
などと、心の中で思っているサクライをよそに、ラフマニスは『はっ!』と閃く。
「これはもしや……行けるんじゃないか?"ヘルクレス"討伐」
彼の一言に、歓喜に包まれていた場がぴたりと静まった。
風になびかれた枯れ葉の音が囁くなか、
「……その可能性はある」
と、クレイナイトの低音の声が妙に響いた。
彼の冷静な分析力を知っているブレイバーズの面々は、結成当初からずっと夢見ていたヘルクレス討伐の可能性が見え、期待と興奮が入り混じった顔になる。
さらに、ラフマニスは言う。
「今日来れなかったオウジが来れば、あの超難易度のヘルクレスも夢じゃないかもね」
「ああ。しかし、それには――」
2人の視線がサクライに止まる。
ラフマニスは指をピストルのように『ばんっ!』とサクライに向けて打ち、ウィンクした。
「サクライ君、全ては君に懸かっている」
「は?」
目が点になるサクライ。
これにクレイナイトが説明しだした。
「本体のボスの他に側近がいるんだ。側近はボスが倒されるまでは死なない5体の人型モンスターだ。ボスをどれだけ早く倒せるかが重要になるのだが、その為、側近に戦力を割くわけにはいかず、5体の相手をする強力な近接アタッカーを欲していた」
クレイナイトは言外の言葉を含ませた視線をサクライに向けた。
5体の側近は剣使いの近接アタッカーで、スキルによる魔法耐性や異常耐性が備わっている。
それらで時間稼ぎをするのは不可能であり、唯一の有効手段は同じ物理攻撃で足止めを行うことであった。
今まで黙って聞いていた他の面々も、たまらず口々に言い出し始める。
「いや、いくらなんでも無理だろう?側近は相当な剣使いだぞ?サクライは攻撃力はあるが……」
「今から特訓すればいけるって」
「じゃあ、誰がそんな高度な戦い方を教えるってんだ?」
白熱する彼らの傍ら、当のサクライはあまりの無謀な作戦に困惑した。
――5体の人型モンスターの足止めをする?しかもボスが倒されるまで死なない相手をしろって?ただでさえ決闘で負け続けている私には無理だよ……。
残念ながらサクライの基礎能力は高いが戦闘技術は高くない。
今から特訓を積むにしても教えを乞う人物がいないのだ。
サクライは穏便に断ろうと口を開きかけた時、
「私が教えます」
いつも皆から離れた場所で無関心を決め込んでいた人物――ユエである。
その場の全員が、一瞬、何が起きたのか理解できず言葉を失った。
やがて、先ほどまでやはり無謀かもしれないと言っていたクレイナイトも「それならいけるか」と、つぶやくと、ラフマニスも合いの手を入れて賛同した。
「勝利の女神が手を貸してくれると言うんだ。僕たちの勝利はこれで確実さ」
「「おおおおお!!」」
この場にいる全員が息巻くように声を上げた。
――なっ?!まさか本当に私が彼女から特訓を受けたらいけるって思ってるの?!
胸中穏やかじゃないサクライだったが、すでに周りのプレイヤーたちは打倒ヘルクレス一色になっていた。
「クレイナイトがそう言うなら確実にいけるぜ!ようやくヘルクレス討伐が叶うってか!?」
「いまだ誰も攻略していないあのレイドだよな?!スッゲー!」
――あ……もうこれ、断れない雰囲気になってる……。
サクライは知っていた。
たった一人の意見など、大多数の意見によって枯れゆく葉のように流されることを――。
そんなサクライに追い打ちをかけるかの如く、
「サクラっち、やろうよ!あのヘルクレスをわたしたちの手で!これはやるっきゃないわよ!」
ニクコの言葉が、とどめのように突き刺さった。
彼女に悪気はない。
そもそも、レイドに出てみたいと何度も口にしていたのは自分自身だ。
ここにいる全員の期待した眼差しがピンク頭の勇者に集まった。
ただ一人、事の発端である女エルフを除いて――。
こんな場面で狼狽えるなど勇者のすることではない、とサクライは腹を括ると、口を真一文字にしてからふっ、と不敵な笑みを浮かべた。
そして親指を自身に向け、高らかに声を上げた。
「俺に任せろ!絶対に成し遂げて見せるさ!」
「「おおおおおおおお!!」」
勇者の頼もしい言葉に、湿地帯には熱気と歓声が響いた。
そんな周りの状況とは裏腹に、サクライこと桜子の心の中は、ああああああと、嘆いていたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
パーティー同様、連合パーティーも各キャラのネーム、HP、MP状態が分かる仕様にしました_φ(・_・
2025/3/29修正済み