再び出会う
女エルフは射貫くような視線をサクライに向けてきた。
この相手を威圧するような鋭い目つきに、全身が黒ずくめの女エルフ――忘れるはずもない。
かつてサクライが桃色団の3人と訪れた“氷壁の迷宮"で、一触触発になりかけたプレイヤーだ。
――何て名前だったかな……。まさか、さっきの黒い影は……彼女?
サクライは先ほどの黒い影が目の前にいる人物だったのかと思い警戒するが、相手の女エルフから一向に仕掛けてくる様子はない。
――ここでただ突っ立ってても仕方がない、か。
どのみち女エルフがいる場所を通らなければ別の道に行けない、そう思ったサクライは、平静を装ったまま歩き出す。
女エルフとの距離が近づくにつれ、いきなり攻撃してきたらどうしようかとひやひやしたが、思っていた事態にはならなかった。
何事もなく分岐点を通過した。
――何でこんなまずい狩場に来てるんだろう。
そう思ったがすぐに考えを改めた。
それは自分にも言えることだった。
サクライは自嘲しそのまま進もうとしたが、ふと、思って歩みを止めた。
もしかしたらここの攻略方法を知っているかもしれない――。
そう思ったサクライはずっと微動だにせず静かに佇んでいる女エルフを見ては、口を真一文字にすると、藁にも縋る思いで訊ねる。
「あの!すみません!少々伺ってもいいでしょうか?」
離れた距離から大きな声で訊ねるものだから声が反響する。
しかし、確実に聞こえているはずの女エルフからの返事はない。
サクライは気後れはするものの、ゆっくりと近づき再び訊ねる。
「あの、ここのクエスト"眠れる過去の遺物"の攻略を知っていますか?先程から道に迷ってしまって」
「……この道を行った最奥にあります」
女エルフはさっきサクライが戻ってきた道を視線で指しながら言った。
「えーっと、たった今行き止まりで引き返してきたところなんです。もし、隠し通路を知っているのなら教えてほしいのですが……」
サクライは女エルフが立っている円の分岐点まで来ていた。
緊張が走る。
やがて女エルフが口を開くと、
「では案内します」
「えっ?いいんですか?」
予想外な言葉だったので、サクライは意表を突かれた。
「何度もここを通られても迷惑なので。パーティーは組まずに後方で指示を出すだけなら構いません」
パーティーを組むと相手のプレイヤー名やHPバー、MPバーなどの状態が分かる。
サクライとパーティーを組まないのは、己の手の内を明かしたくないという意思表示なのだが……。
――しかし、迷惑って……。
相変わらず歯に衣着せぬ物言いに、サクライは呆れながらも気持ちを切り替えて、ここは"勇者サクライ"らしく、
「OK!それでは案内を頼む。俺はサクライだ、よろしく!」
親指を立て、元気よく挨拶を決めた。
だが、女エルフは冷めた目で「……早く進んで下さい」と、一蹴。
完全にすべった――。
やらなければよかった、とサクライは内心恥をかいたまま、名も知れない女と進み出したのだった。
案内されることしばらく――。
「ここです」
行き止まりの小部屋の前に着いて女エルフは言った。
彼女は入り口横にある壁に手を当てると、手が壁の中へと突き抜けていった。
「!」
「視覚で壁があるように見せた隠し通路です」
手を引っ込めながら淡々と話す女エルフ。
「こんなところに……」
サクライはがっくりと肩を落とし、溜め息をつくように言葉を漏らした。
「どうりでいくら探しても見つからないはずだ」
サクライは残り時間を確認した。
リミットまで残すところ1時間を切っている。
時間を惜しむかのごとく、サクライは壁に向かって歩き出した。
壁をすり抜けると、さらに薄暗いひと一人分の狭い道なりになっていた。
壁伝いに進んでいくことしばらく――。
廃墟となった教会のような場所に出た。
真ん中の通路の両側には空っぽの棺がいくつか並んでおり、部屋の奥には古く破損した大きな聖母像がある。
その真下には、モブ骸骨よりひと回り以上大きいモンスターがいた。
錆びた鎧に頭には王冠を被った骸骨王だ。
サクライが探していたクエスト対象モンスターである。
骸骨王の元へサクライは歩き出すと、王はぴくりと動きだし語り出す。
<我らの眠りを汚す侵略者が!消え失せるがいい!>
骸骨王はサクライ目掛けて縦一直線の一撃を振り下ろすと、その威力を物語るように地面がひび割れた。
反射的に横に飛んで避けていたサクライは、直後に『はっ!』とした。
案内してくれた女エルフが巻き込まれていないだろうか――?
そう思い、急いで後ろを振り返ったが余計な心配だった。
女エルフは部屋の隅で壁にもたれかかり、腕を組んで高みの見物を決め込んでいた。
――何か感じ悪いな……。
道案内してくれたとはいえ、あんな態度で見られていると気が散るものがある。
「――ッ案内ありがとう!ここからは1人で大丈夫だ! 」
サクライは早口で礼を言い、ここから退出するよう促すと、再び攻略モンスターに集中し始めた。
サクライはまず看破スキルを使った。
ボスの頭上にステータス値や弱点が浮かび上がる。
――流石にモブとは違ってHPの桁が違うな。
ここの狩場はアンデットモンスターが主なので、目の前の骸骨王も火属性の攻撃が有効であった。
だが、生憎サクライは属性攻撃になるスキルや装備に属性付加はない。
その為、サクライができる戦いと言えば圧倒的な力技で押し切るのみであったが、先ほどから攻撃がうまいこと当たらず、敵の攻撃ばかりを受けていた。
ボスの方が遙かに戦闘技術が上だったのだ。
フェイント技や、足さばきによる緩急をつけて隙を作る技、どれをとっても今のサクライには勝てる相手ではない。
しかし、サクライは勝利を確信していた。
なぜなら“特殊ステータス“のおかげで高い防御力にHP量、防御されても攻撃の余波でダメージを与えられていたから。
多少時間は掛かるが、時間内には倒せそうだと思ったサクライは、ひたすら猛攻撃を仕掛けていく。
やがてボスのHPが3分の1を切り始めた頃だった。
窮地に陥った骸骨王は手下を呼び寄せた。
<我に忠誠を誓う兵どもよ!――我の元に集えーッ!!>
通路を挟むように置かれていた空っぽの棺から、ブラックホールのような黒い穴が出現し、そこからひっきりなしに骸骨たちが湧き出したのだ。
「えええええっっ?!」
予想外の援軍にサクライは驚愕の声を上げた。
骸骨兵は盾のごとく王を守る者と、戦う者とに分かれ、サクライが骸骨兵たちを蹴散らしている間、王を守るモブがボスのHPを全回復させた。
――やばい、これ、ゲームオーバーじゃない?!
じりじりと減るHPにサクライはもう駄目だと諦めかけると、突然全ての棺とモブ骸骨たちが炎に包まれた。
「何?!」
突然の事態にサクライは声を上げ周囲を見渡すと、まだ立ち去っていなかった女エルフだった。
彼女の杖の先端からは炎の残滓が残っている。
――まさか助けてくれたの?
サクライがそう思っていると、女エルフは抑揚のない口調で言う。
「まるで馬鹿の1つ覚えを……。学習能力がないんですか?棺を破壊しない限り永遠にモブが召喚されますよ」
「あ、ありがとう」
サクライはお礼を言うと、再び王に向かって一騎打ちを挑んだ。
おそらくこれが敵の最後の切り札のはず。
どうせこの敵を倒したら拠点地へ帰還するのだ。
サクライは出し惜しみをやめて、縦一直線に振り下ろされた渾身の一撃を放つ。
「<諸刃の剣>!!」
残存するMP量によって大ダメージを与えることができる強力な一撃必殺のスキル。
しかし代償に、使用後はしばらく全てのステータス値が"0"になる。
“この一撃で敵を倒せる“――という見込みがなければ反撃されて確実に死ぬ、まさに諸刃のスキルであった。
ボスが倒されると、目の前にクエスト完了の画面が表示された。
<“眠れる過去の遺物“を攻略しました>
ふぅ、と安堵の息をついたサクライは、休む間もなく女エルフの方へ振り返り、メニュー画面を開いてトレードを申し込んだ。
少しだけ逡巡してから、ぎこちなく笑い、
「あの、さっきはありがとう。おかげでクエストをこなすことができたよ。これ、少ないけど……」
お金はトレードでなければ渡せない。
今回のクエスト報酬額の半分、50ゴールドである。
サクライの所持金全てであった。
しかし彼女は首を軽く振るとトレードをキャンセルし、何も言わずその場で姿を消してしまった。
こんな微々たる金額じゃ受け取らないか、と残されたサクライは苦笑した。
リミットがきて強制ログアウトしたのか、それとも単に拠点地に戻りたかったのか――。
いずれにせよこれだけ広大な世界が6つもあるのだ。
もう二度と会うことはないだろう。
「さて、帰るか」
ようやく一つの踏ん切りがついたサクライは、当初の目標だったSランク決闘士を目指すべく、決闘士たちの舞台、アースガルズへ行くことにしたのだった。
最後までお読み下さりありがとうございます!
この世界の1ゴールドの値は日本円で200円です。お買い物のポイントと同じ値にしてます(笑
2025/3/28修正済み