出会い
雪が降りしきる夜の世界――ニヴルヘイム。
その中に存在する拠点地、"氷雪の街"は、 中世ヨーロッパを思わせる街並みにランタンの灯が揺れ、星空の光が幻想的な風景を描き出す、ロマンチックな都市として知られていた。
このような三大都市と呼ばれる大拠点地には、宙に浮かぶ巨大な白石――"テレポート石"がいくつも点在しており、 別世界から転移してきたプレイヤーは、どこに飛ばされるか分からない"ランダム転移"のシステムになっていた。
そのうちの一つ、テレポート石のある広場に一人の少女が現れた。
華奢でしなやかな体躯、青みがかった白銀の髪に、星のような青い瞳。
長耳にはイヤリングとピアスが揺れ、 その美しさは見る者すべてを引き込むほどに際立っていた。
だが、少女は忌々しげに周囲を見回すと、たまらず舌打ちを一つこぼす。
よりによって歓楽エリア――娯楽施設が密集する喧騒の中心だったからだ。
そして彼女の予想は当たった。
近くにいた人間種の男女たちが、好奇心を剥き出しにして近寄ってきたのだ。
「"ユエ"じゃねぇか!? 有名人様がこんなとこで何してんの。せっかくだし、俺らと組まない? 戦力には困らないと思うぜ」
「ねえねえ、ウチのクランに入りなよ。野良で苦労するより、ずっと楽だよ~?」
少女は希少種であるエルフ――『ユエ』という名の通ったプレイヤーだった。
このユーワールドに存在するプレイヤー種族は、大きく三つに分類されている。
そのうちの一つが、亜人種だ。
ユエは亜人種の中でも希少性の高いエルフ族だった。
クランに一人いるだけで、"レア種が所属するクラン"というステータスになる。
さらにユエは絶世の美少女だった。
歓楽エリアのような場所では絡まれることが多いのだ。
いつものようにユエは無視して足早に撒こうとした。
次第に諦めた様子を見せた男女たちだったが、無視され続けた腹いせなのか、去っていくユエの背中に向かって女のひとりが吐き捨てた。
「チッ、なによ。気取ってんじゃねぇよ、ブスが!」
その言葉に続いて、隣にいた男も鼻で笑いながら口を開く。
「お高くとまり過ぎだろーが。レア種だから声をかけただけだっつーの。だからいつも1人だって自覚しろよな」
ユエにはもう一つ、有名な話があった。
それは、彼女が常にソロで活動しているということだった。
関わりがあると言えるプレイヤーは、せいぜいレイド討伐で一時的に組む仲間程度。
しかも、その多くは顔見知り程度の関係にすぎなかった。
ユエはまるで何も聞こえなかったかのように歩き去っていく。
だが、本当は手に持っている杖で、相手の口元を突き刺したい衝動を必死にこらえていた。
その行動が抑えられていたのは、画面に表示された注意喚起メッセージのせいだ。
拠点地で戦闘に該当するアクションを取れば、脳波を読み取られ、システムによって即座に制限されてしまう仕組みになっている。
「くそが……」
ユエは小さくつぶやき、苛立ちを押し殺すように、足早にその場を立ち去った。
――氷壁の迷宮。
ユエは先ほどの苛立ちをぶつけるが如く、得意の魔法スキルでパーティーモンスターたちを一瞬で蹴散らしていた。
炎魔法を得意とするユエにとって、この狩場は相性が良い。
プレイヤーもこの日は少ないようで、狩り放題だった。
しばらくして、ユエはリミット切れになる前に一度セーフティエリアへ向かった。
途中、配置されているはずのモンスターが全くいないことに違和感を持つ。
そしてすぐに対プレイヤー対策スキルを使い始めた。
もしかしたらMPKが潜んでいるのかもしれない――そう思い、遮断で自身の位置情報を遮断。
次に透明と索敵を使用し、目の前の図面を見ては、プレイヤーの数と位置を確認した。
「――4人……MPKか。それとも単に危うくなってセーフティエリアに逃げ込んだのか……?」
ゲームオーバーになると、モンスター同様、持ち物がランダムでドロップされる。
装備だと、強化されたものがドロップされれば手痛い損失の為、セーフティエリアに逃げ込んでゲームオーバーを回避したがるプレイヤーも少なくはない。
ユエは慎重に向かって進み出した。
目的地に着くと、視界にはモンスターの群れがセーフティエリア前に密集している。
近づいてみても透明を使っているおかげでモンスターは襲ってこない――いや、敵意が別のプレイヤーに向かれているからだ。
そのターゲットとなっているのは、人間種と亜人種の四人の男たちだった。
どうやらモンスターの処理について話し合っている最中だった。
――こんなに引き連れて逃げるくらいなら死ねばいいだろうに……。
ユエは率直にそう思っていると、いつの間にか彼らの話はゲットした食材で盛り上がり始めていた。
その笑い声に、ユエはだんだんと苛立ちを募らせていく。
ただ、何でもないような仲間同士の笑い声が、あまりにも"あの頃"に似ていた。
昔、彼女が失ったしまった仲間との日々を――。
「……早く消えろよ」
低く、冷たい言葉が自然とこぼれる。
いつの間にかユエは手に持っている杖を振りかざすと――憎々しげにスキル名を発した。
「<業火の炎>!」
どおおおおおぉぉぉぉん!!
大爆発とともに一気に炎が渦巻いた。
ユエの胸の内にあるドス黒い気持ちが溢れ出したかのように。
怒りに焼かれたのはモンスターだけじゃなかった。
思い出の残響までも吹き飛ばすように――。
対プレイヤー用にも有効な超火力スキルだった為、一人、巻き添えにしてしまったようだ。
驚愕の声が響き渡る。
やがて炎が収まってくると、一人、忌まわしい髪色の青年が近づいてきた――。
*
サクライたちは驚愕の声をあげた。
一体誰が――?と、サクライが思考を巡らせるより早く、イヌコイは即座にサクライに回復をかけていた。
サクライは庇護を使用していたので、セーフティエリアから出ていた。
魔法の直撃はなかったものの、サルキチのダメージの一部――半分以上のダメージを受ける。
「ありがとう、イヌコイ」
「いんや、けどサルキチが。――おい、サルキチ!早く戻れ!!」
当のサルキチは未だ炎に包まれたモンスターの中で立ち往生していた。
今もHPバーが徐々に減り、今はもう赤く点滅している。
「急いで!もう赤く点滅しているじゃないか!」
キジマルも同じく呼びかけるが、
「わ、わわ!う、動けないっス!!」
サルキチは地面に足が縫いつけられたように動けずにいたのだ。
サクライとイヌコイは急いで助けに駆け出した。
炎に包まれたモンスターたちに近づくにつれ、微かな煙の匂いと少しの熱さを感じる。
これがリアルならとっくに熱傷して、一酸化炭素中毒を引き起こしているところだろう。
イヌコイが必死にサルキチに回復をかけ、サクライは炎に包まれて動けないサルキチを肩に担いだ。
すると、驚くことに炎がサクライに燃え移ったので、サルキチのダメージと自身のダメージでHPの減りが極端に減り出した。
くそ!っとイヌコイが吐き捨てるように言う。
「何なんだよ!この炎は?!もうMP切れだ。すまねぇ、アニキ」
このユーワールドはプレイヤー個々の価値を高める為、スキルを代用するアイテムが異常に高い。
MPが切れたらアイテムを使わずに、拠点地に戻って回復するのが一般的であった。
「とにかくセーフティエリアに入るぞ」
サクライは動揺など少しも見せずに言った。
こんな時に動揺など見せたら特殊ステータスの恩恵がなくなると、過去に何度もゲームオーバーになって知っている。
二人は炎で倒されていくモンスターたちの中をすり抜け、何とかセーフティエリアに駆け込むと、燃えていた炎も消えた。
その場にへたり込んだサルキチが真っ先にお礼を言う。
「ありがとう、イヌコイ、アニキ。一時はアニキまで死なせるところだったっス」
サクライもよく無事だったと呆れた。
あと少しでゲームオーバーになるところだったのだから。
しかし、サクライは余裕の笑みを浮かべ、
「これくらいどうってことない。当然のことをしたまでだ」
自分でも芝居じみた演技だと思う。
何を思ってか特殊ステータスを得るために参考にしようと思ったのが、今話題の純粋無垢な明るい少年勇者だった。
今更、『ごめん!今までの全部演技だったわ。あははは』――なんて、"アニキ"と慕ってくれている3人に言えるわけがない。
ああ……現に今も尊敬の眼差しが痛い……。
しばらくして落ち着いたイヌコイは「しっかし――」と、炎の海を睨みつけながら吐き捨てるように言った。
「どこのどいつだよ、こんな迷惑なスキルをぶっ放すなんてよ!と言うか、こんなスキル初めて見たぞ」
これにキジマルが重苦しく言った。
「あれは業火の炎だよ。爆発を起点に広範囲を焼き尽くす超火力のレアスキル。しかも、ただの炎じゃない。持続ダメージ付きで、敵の動きを封じる効果もあるんだ」
「だから俺、動けなかったわけっスね」
「うん。しかも対プレイヤーにも有効だから、こういった狩場だとプレイヤーを巻き込んでしまう恐れがある。……本来なら使用するのは控えるんだけどな」
一般的な"対モンスター用"の範囲攻撃スキルでは、プレイヤーが攻撃範囲にいてもノーダメージだ。
そうでなければ大型レイドボスの時など多数で狩る場合、味方を巻き込んでしまう。
この場でのこの攻撃は明らかにプレイヤーへの配慮を欠いた行為だった。
キジマルはため息をつく。
「……さっき、この辺りにプレイヤーがいないことは確認済みだったんだけど、相手のスキル練度の方が一枚上手だってことか」
スキル練度はプレイヤー個々によって上限がある。
よってスキルの強さはスキル練度と、ステータス値の総合数値によって優劣が決まる。
「キジマルの索敵は並の奴より練度高いのにな。こりゃ相手のステータス値がよほど高いのかもしれん」
イヌコイが炎の中を見つめながら唸るように言う。
サクライも次々に炎で倒されていくモンスターたちを見つめながら「一体誰が……」とつぶやく。
やがて、モンスターで塞がっていた視界が見え始めると、
「……誰かいるぞ!」
イヌコイが鋭く言った直後、はっきりとその人物の姿が見えた。
年の頃なら16、7歳だろうか、レア種の女エルフだった。
全体的に真っ黒な装備のせいだろうか、それとも彼女の射貫くような視線のせいで冷酷な印象を受ける。
彼女の頭上には"ユエ"、とネームが表示されていた。
通常なら頭上にネームが表示されないが、プレイヤーを攻撃した場合、頭上に白く名前が表示される。
サクライはセーフティエリアから出て、女エルフに訊ねる。
「これをやったのは、君か?どうしてこんな……」
自分たちを狙った訳ではない――と、あれだけのモンスターの群れを一掃するため、仕方なくやった事だと思いたかった。
しかし――
「見れば分かるでしょう」
素っ気なく突き放す言い方に、サクライは次の言葉を失った。
これがもし、
『すみません。人がいたなんて知りませんでした。このスキルしか習得してなかったのでごめんなさい』
『いえいえ!こちらこそ狩り場を荒らしてすみません!一掃してくれてありがとうございます!』
――と、いう会話が成立してたかもしれないが、女エルフは今にも攻撃してきそうな殺気を放っている。
サクライは迂闊にセーフティエリアから出てしまった事を後悔した。
そんな女エルフは、まるで虫ケラでも見るような瞳でぼそっと何か言ったが、サクライは小声で聞き取れず「は?」と聞き返すと、
「邪魔なんですよ。ここは談笑場所じゃない。こんなに狩場を荒らすくらいならさっさと死ねばいいのに」
「…………っ!」
相手の歯に衣着せぬ物言いに、サクライは再び言葉を詰まらせた。
ゲームオーバーになればランダムで所持品がドロップされ、所持金もいくらか失ってしまう、デスペナルティーがある。
デスペナのリスクを恐れ逃げ惑い、狩場を荒らしたのは事実だったので反論する余地はないのだが……。
そして唐突に、女エルフは片手に持っている杖を振りかざそうとするので、サクライは慌てて後ろにいるイヌコイたちを庇うように剣を構えた。
――まさか……この人、PKの常習犯だったの――?!
決闘ルールを無視して他プレイヤーを倒せば、PK――赤ネームになる。
PKになると拠点地に戻れず、"危険人物"として隔離されるが――大半のPKは赤ネームをすぐに消せた。
リアルマネーでの課金があれば、そのペナルティも簡単に帳消しにできるからだ。
裕福な現実世界の住人ほど、ゲーム内で躊躇なく人を狩る。
エルフの彼女もまた、まるで何の迷いもなく、杖の先端をサクライへと向けていた。
ドクン、ドクン……。
サクライの緊張が最高潮に高まっていく――。
サクライはSランク決闘士を目指している――が、実は一度もPvPを経験したことがなかった。
ましてや決闘に則っていないPvP戦だ。
本当の意味での真剣勝負に、先ほどから剣を持っている手が小刻みに震えていた。
しかし、想像していた修羅場な展開にはならなかった。
緊迫した空気を壊すかの如く、イヌコイたちが陽気な口調でサクライたちの間に割って入ってきたのだ。
「いやー。助かりました!モンスターを倒してくれてありがとうございます!」
「お手数おかけしてすみません」
「誰も被害が出なくて良かったっス!」
場違いなテンションの三人組みに女エルフも興が削がれたのか、ゆっくりと杖を下ろすと、サクライたちを視界に入れず横を通り過ぎ、そのままログアウトしたのだった。
「ふう」
危機が去って緊張が解けたサクライはようやく息をついた。
サクライは止めに入ってくれた桃色団たちにお礼を言おうと口を開きかけたが、先にイヌコがつぶやくように言う。
「もしや……彼女か……?」
「は?」
サクライが素っ頓狂な声を出す一方、どうやらキジマルとサルキチも確信を得たように言った。
「僕もそう感じたよ。あのクールな演技といい、彼女の演技力だと言われたら納得せざるおえないね」
「俺も思ったっス。ハルカちゃんの言っていた"クールで強いアバター"の特徴だったっス。間違いなくあれはハルカちゃんっスよ!」
――え?うそでしょ。まさかあのエルフが自分たちの追い求めていたアイドル、桃咲ハルカだと思っているの?!
ここは訂正した方がいいと判断したサクライは、やんわりと桃咲ハルカ説を否定した。
「俺は、違うと思うけど……。あれが演技ならかなりたち悪いだろ?彼女のあの殺気めいた攻撃を見ただろう?」
しかし、イヌコイは人差し指を立てて「チッチッチッ」と振ると、
「分かってないなぁ、アニキ。あーいうのをツンデレって言うんだよ」
「――!!」
――さっきの一連のどこに"デレ"の要素があったのよ!
サクライはイヌコイの理解不能な自己合理化の考えに衝撃を受けるなか、他の二人も同じ考えだったようで、うんうん、と自信ありげに頷く。
「いやぁ、ハルカちゃんを見つけるまで長かったっス!今度会ったら確かめてみるっスよ」
「ああ。それまでにハルカちゃんとパーティー組めるよう、僕たちも強くなっておかなくちゃ」
などと言っているお花畑な三人とは反対に、サクライはセーフティエリアを見ては人知れずため息をついた。
女エルフのあの冷たい瞳に、攻撃的なスキル――。
サクライの中では、二度とお目にかかりたくない人物として記憶に残った。
*
サクライたちは驚愕の声をあげた。
一体誰が――?と、サクライが思考を巡らせるより早く、イヌコイは即座にサクライに回復をかけていた。
サクライは庇護を使用していたので、セーフティエリアから出ていた。
魔法の直撃はなかったものの、サルキチのダメージの一部――半分以上のダメージを受けている。
「ありがとう!イヌコイ」
「いんや。けど、サルキチが……。――おい、サルキチ!早く戻れ!!」
当のサルキチは未だ炎に包まれたモンスターの中で立ち往生していた。
今もHPバーが徐々に減り、今はもう赤く点滅している。
「急いで!もう赤く点滅しているじゃないか!」
キジマルも同じく呼びかけるが、
「わ、わわ!う、動けないっス!!」
サルキチは地面に足が縫いつけられたように動けずにいたのだ。
サクライとイヌコイは急いで助けに駆け出した。
炎に包まれたモンスターたちに近づくにつれ、微かな煙の匂いと少しの熱さを感じる。
これがリアルならとっくに熱傷して、一酸化炭素中毒を引き起こしているところだろう。
イヌコイが必死にサルキチに回復をかけ、サクライは炎に包まれて動けないサルキチを肩に担いだ。
すると、驚くことに炎がサクライに燃え移ったので、サルキチのダメージと自身のダメージでHPの減りが極端に減り出した。
「くそ!」
イヌコイが声を荒げる。
「何なんだよ、この炎は?!もうMP切れだ!すまねぇ、アニキ」
このユーワールドはプレイヤー個々の価値を高める為、スキルを代用するアイテムが異常に高い。
MPが切れたらアイテムを使わずに、拠点地に戻って回復するのが一般的であった。
サクライは動揺など少しも見せずに「とにかくセーフティエリアに入るぞ」と言い、一直線に駆け出していく。
こんな時に動揺など見せたら特殊ステータスの恩恵がなくなると、過去に何度もゲームオーバーになって知っていたからだ。
二人は炎で倒されていくモンスターたちの中をすり抜け、何とかセーフティエリアに駆け込むと、燃えていた炎も消えた。
その場にへたり込んだサルキチが真っ先にお礼を言う。
「ありがとう、イヌコイ、アニキ。一時はアニキまで死なせるところだったっス」
サクライは余裕の笑みを浮かべ、
「これくらいどうってことない。当然のことをしたまでだ」
――自分でも芝居じみた演技だと思う。
何を思ってか特殊ステータスを得るために参考にしようと思ったのが、今話題の純粋無垢な明るい少年勇者だった。
今更、『ごめん!今までの全部演技だったわ。あははは』――なんて、"アニキ"と慕ってくれている3人に言えるわけがない。
現に今も3人の尊敬の眼差しが痛く、サクライは居たたまれない気持ちでいっぱいだった。
白い毛並みを逆立てたイヌコイが、「しっかし――」と、炎の海を睨みつけながら吐き捨てる。
「どこのどいつだよ、こんな迷惑なスキルをぶっ放すなんてよ!と言うか、こんなスキル初めて見たぞ」
これにキジマルが重苦しく答えた。
「あれは業火の炎だよ。爆発を起点に広範囲を焼き尽くす超火力のレアスキル。しかも、ただの炎じゃない。持続ダメージ付きで、敵の動きを封じる効果もあるんだ」
「だから俺、動けなかったわけっスね」
「うん。しかも対プレイヤーにも有効だから、こういった狩場だとプレイヤーを巻き込んでしまう恐れがある。……本来なら使用するのは控えるんだけどな」
一般的な"対モンスター用"の範囲攻撃スキルでは、プレイヤーが攻撃範囲にいてもノーダメージだ。
そうでなければ大型レイドボスの時など多数で狩る場合、味方を巻き込んでしまう。
この場でのこの攻撃は明らかにプレイヤーへの配慮を欠いた行為だった。
キジマルはため息をつく。
「……さっき、この辺りにプレイヤーがいないことは確認済みだったんだけどな。相手のスキル練度の方が一枚上手だってことか」
スキル練度はプレイヤー個々によって上限がある。
よって、スキルの強さはスキル練度と、ステータス値の総合数値によって優劣が決まった。
「キジマルの索敵は並の奴より練度高いのにな。こりゃ相手のステータス値がよほど高いのかもしれん」
イヌコイが炎の中を見つめながら唸るように言う。
サクライも次々に炎で倒されていくモンスターたちを見つめながら「一体誰が……」とつぶやく。
やがて、モンスターで塞がっていた視界が見え始めると、
「……誰かいるぞ!」
イヌコイが鋭く言った直後、はっきりとその人物の姿が見えた。
年の頃なら16、7歳だろうか、レア種の女エルフだった。
全体的に真っ黒な装備のせいだろうか、それとも彼女の射貫くような視線のせいで冷酷な印象を受ける。
彼女の頭上には"ユエ"、とネームが表示されていた。
通常なら頭上にネームが表示されないが、プレイヤーを攻撃した場合、頭上に白く名前が表示される。
サクライはセーフティエリアから出て女エルフに訊ねた。
「これをやったのは、君か?どうしてこんな……」
自分たちを狙った訳ではない――と、あれだけのモンスターの群れを一掃するため、仕方なくやった事だと思いたかった。
しかし――
「見れば分かるでしょう」
素っ気なく突き放す言い方に、サクライは言葉を失った。
これがもし、
『すみません。人がいたなんて知りませんでした。このスキルしか習得してなかったのでごめんなさい』
『いえいえ!こちらこそ狩り場を荒らしてすみません!一掃してくれてありがとうございます!』
――と、いう会話が成立してたかもしれないが、女エルフは今にも攻撃してきそうな殺気を放っていた。
サクライは迂闊にセーフティエリアから出てしまった事を後悔した。
そんな女エルフは、まるで虫ケラでも見るような瞳でぼそっと何か言った。
だがサクライは小声で聞き取れず「は?」と聞き返すと、
「邪魔なんですよ。ここは談笑場所じゃない。こんなに狩場を荒らすくらいならさっさと死ねばいいのに」
「…………っ!」
相手の歯に衣着せぬ物言いに、サクライは再び言葉を詰まらせた。
ゲームオーバーになればランダムで所持品がドロップされ、所持金もいくらか失ってしまう、デスペナルティーがある。
デスペナのリスクを恐れ逃げ惑い、狩場を荒らしたのは事実だったので反論する余地はないのだが……。
そして唐突に、女エルフは片手に持っている杖を振りかざそうとするので、サクライは慌てて後ろにいるイヌコイたちを庇うように剣を構えた。
――まさか……この人、PKの常習犯だったの――?!
決闘ルールを無視して他プレイヤーを倒せば、PK――赤ネームになる。
PKになると拠点地に戻れず、"危険人物"として隔離されるが――大半のPKは赤ネームをすぐに消せた。
リアルマネーでの課金があれば、そのペナルティも簡単に帳消しにできるからだ。
裕福な現実世界の住人ほど、ゲーム内で躊躇なく人を狩る。
エルフの彼女もまた、まるで何の迷いもなく、杖の先端をサクライへと向けていた。
ドクン、ドクン……。
サクライの緊張が最高潮に高まっていく――。
サクライはSランク決闘士を目指している――が、実は一度もPvPを経験したことがなかった。
ましてや決闘に則っていないPvP戦だ。
本当の意味での真剣勝負に、先ほどから剣を持っている手が小刻みに震えていた。
しかし、想像していた修羅場な展開にはならなかった。
緊迫した空気を壊すかの如く、イヌコイたちが陽気な口調でサクライたちの間に割って入ってきたのだ。
「いやー。助かりました!モンスターを倒してくれてありがとうございます!」
「お手数おかけしてすみません」
「誰も被害が出なくて良かったっス!」
場違いなテンションの三人組みに女エルフも興が削がれたのか、ゆっくりと杖を下ろした。
そしてそのままサクライたちを視界に入れず横を通り過ぎ、セーフティエリアに入るとログアウトしたのだった。
呆気にとらわれる四人の男たち。
やがて先に緊張が解けたのはサクライだった。
一息つくと、止めに入ってくれた桃色団たちにお礼を言おうと口を開きかける。
しかし、サクライより先にイヌコがつぶやくように言った。
「もしや……彼女か……?」
「は?」
サクライが素っ頓狂な声を出す一方、どうやらキジマルとサルキチも確信を得たように言った。
「僕もそう感じたよ。あのクールな演技といい、彼女の演技力だと言われたら納得せざるを得ないね」
「俺も思ったっス。ハルカちゃんの言っていた"クールで強いアバター"の特徴だったっス。間違いなくあれはハルカちゃんっスよ!」
――え?うそでしょ。まさかあのエルフが自分たちの追い求めていたアイドル、桃咲ハルカだと思っているの?!
ここは訂正した方がいいと判断したサクライは、やんわりと桃咲ハルカ説を否定した。
「俺は、違うと思うけど……。あれが演技ならかなりたち悪いだろ?彼女のあの殺気めいた攻撃を見ただろう?」
しかし、イヌコイは人差し指を立てて「チッチッチッ」と振ると、
「分かってないなぁ、アニキ。あーいうのをツンデレって言うんだよ」
「――!!」
――さっきの一連のどこに"デレ"の要素があったのよ!
サクライはイヌコイの理解不能な自己合理化の考えに衝撃を受けるなか、他の二人も同意見だったようだ。
うんうん、と自信ありげに頷く。
「いやぁ、ハルカちゃんを見つけるまで長かったっス!今度会ったら確かめてみるっスよ」
「ああ。それまでにハルカちゃんとパーティー組めるよう、僕たちも強くなっておかなくちゃ」
などと言っているお花畑な三人とは反対に、サクライはセーフティエリアを見ては人知れずため息をついた。
女エルフのあの冷たい瞳に、攻撃的なスキル――。
サクライの中では、二度とお目にかかりたくない人物として記憶に残った。
最後までお読み下さりありがとうございます!
修正済み2025/3/27