ニヴルヘイム
ユーワールドの世界は、"始まりの地"を除き六つの世界がある。
各世界へ移動するには、拠点地〔町のこと〕にあるテレポート石を使って転移しなければならないが、転移するのに15分ほどのロード時間を要するため、しばらくその世界に留まるプレイヤーが大半であった。
そんなサクライが"始まりの村"から出てから二週間――。
"ニヴルヘイム"という、夜が明けることのない、年中雪と氷に閉ざされた世界を拠点に活動し、そして現在――"氷壁の迷宮"と呼ばれる狩場に来ていた。
通路は人が数人並べるほどの幅で、鏡のように滑らかな壁と床がプレイヤーたちを映し出し、それが圧迫感を与え、プレイヤーたちの方向感覚を狂わせる。
モンスターたちも手強いことから、難易度の高い狩場であった。
現に今も――
「「どわあああああああああああ!!」」
死にもの狂いで走るサクライ――と、他三名の仲間たち。
追って来ているのは、この氷壁の迷宮にいる厄介なパーティーモンスターである、"氷結の天使"と"黒氷の槍"だ。
見た目は小さいクリオネとイカだが、強力な冷気魔法と打撃が強いモンスターたちで、範囲攻撃がないサクライたちにとって相性が最悪だった。
そのうえ、"リンク"〔戦闘中、近くに同種族のモンスターがいると加勢にくること〕させてしまい、大量のモンスターに襲われている状況である。
サクライと一緒に逃げている白い体毛に覆われた犬顔の男が、その隣に走っている赤ら顔の猿風の男に向かって怒鳴る。
「なんであんな大量のモンスターひっかけてんだよ!サルキチ!!」
サルキチと呼ばれた猿の亜人種は、犬の亜人種男に反論する。
「リンクモンスターだって忘れてたっス!それにイヌコイが攻撃したから余計多くなったっスよ!」
「喧嘩するなよ!キジマル、次はどっちに進めばいい?!」
サクライはキジマルという、先頭を走っている鳥男に道を訊ねた。
「次は左に曲がって……あとは直線していけば、"セーフティエリア"だ!それまで持ち堪えるんだ!!」
セーフティエリアとは狩場で唯一安全な場所であった。
セーフティエリア内に入ればあらゆる攻撃を無効化し、ログアウトしてもその場でログインできる、旧RPGゲームのセーブ場所のようなものである。
「今日はプレイヤーが少なくて助かったっス!あやうくMPK 〔モンスターを他プレイヤーに擦りつけて殺す悪質な行為〕になるところだったっス!」
サルキチ――薄茶色の毛並みと尻尾を持つ、猿と人との亜人種。
いつも語尾に「っス」とつける癖があるのは、本人曰くキャラ設定らしい。
たまに一言余計なことを言う陽気な青年だ。
「全くだ!これで通りがかりのプレイヤーを死なせちまったら俺ら干されるところだったぜ!はははは!」
続いて、快活な笑い声を上げたのは"桃色団"という三人組のクランの盟主をやっている――イヌコイ。
大らかな青年で、こちらも犬と人との亜人種である。
「僕のスキルに感謝してほしいね。ほら、もう少しだ!踏ん張れ!」
最後に鳥と人との亜人種である――キジマル。
緑色の翼に、トレードマークは眼鏡。
よく眼鏡を触る仕草をする、自称頭脳派の理屈好きな青年である。
サクライとこの三人組との出会いは、ごくありきたりなものだった。
イヌコイたちがモンスターに襲われピンチになっているところ、たまたま通りかかったサクライが勇者のように助けたのがきっかけである。
それ以降、なぜかサクライをアニキと慕い、一緒に行動することに――。
聞けば彼らはサクライ――桜子がユーワールドをやるきっかけとなった桃咲ハルカの熱烈のファンらしく、彼女もこのゲームをやっていると知って始めたそうだ。
ユーワールドの宣伝会場で桃咲ハルカはこう言っていたそうだ。
『ユーワールドのあたしはクールで強いアバターだよ♪もしあたしを見つけだしたら"特別なプレゼント"をあげるわ!みんな頑張って見つけてね♡』――と。
こうして桃色団の三人は、桃咲ハルカを見つけるべく当てのない冒険を始めたのであった。
彼女のトレードマークである"桃のマーク"をつけた陣羽織と、額のはちまきの装備に思いを込めて――。
「よし、見えたぞ!」
キジマルが声を上げた。
直進していった先は、だだっ広い空間だった。
その一部の氷の床から光が溢れだしている部分がある。
セーフティエリアだ。
ラストスパートのダッシュを決めこみ、四人は雄叫びのような声を上げ、滑り込むようにセーフティエリア内に入った。
「セーーーーフ!!」
イヌコイは叫びながら倒れ込んだ。
「何とか間に合ったな」
サクライがほっとしたように言うと、サルキチも頷く。
「ほんとっスよ。一時はもうだめかと思ったっス」
「アニキの庇護のおかげで助かった。ありがとう」
キジマルは眼鏡に触れながらお礼を言うと、他の二人も感謝の言葉を口にした。
このゲームのスキルは、通貨とモンスターから出るアイテムを使用して"習得"し"練度"を上げていくが、プレイヤーによって通貨とアイテム数が異なった。
サクライの場合、一番安上がりに習得と練度を上げられたのが庇護スキルで、この庇護はMPを消費して仲間のダメージの一部を貰い受けるスキルであった。
キジマルたちがお礼を言ったのは、サクライが今まで彼らのダメージの一部を肩代わりしていたからだ。
使用者のHP量と防御力の高さがなければ、使えないスキルである。
落ち着いたところで、イヌコイがぽりぽり頬をかきながら言った。
「……やべ。人来る前に何とかしないとな」
彼の視線の先では、セーフティエリアの外側にいるモンスターたちが、目を爛々と赤く光らせてサクライたちをじっと見つめている。
それを見たキジマルが、眼鏡を押し上げながら言う。
「このモンスター、一度ロックオンされると数十分はターゲットが外れないからね」
茶色い尻尾を揺らしながらサルキチが苦笑まじりに返す。
「見た目可愛いのとは裏腹にめっちゃ執念深いっスからねぇ……やれやれっスよ」
これにサクライたちは小さく苦笑した。
そして冗談も出なくなった四人は口を噤み、静かに思案を巡らせた。
本来配置されていない場所にモンスターを一点集中させ、しかもセーフティエリア付近に密集させているのだから、はっきり言って迷惑行為になっている状態だ。
サクライは覚悟を決め、親指で自分を差しながら言った。
「俺が誘導してくる。人のいないところへ」
「ちょ、待てって!死ぬだろそれ!」
イヌコイが焦る中、サクライはやけに自信満々に笑った。
「装備を預かってもらえれば大したことないさ。ここは俺の出番だろ?――任せとけ」
――うわ、恥ずい……。
内心、自分のカッコつけた台詞に羞恥心が込み上げるサクライ。
イヌコイたちはサクライの捨て身の発言に、「アニキ!」と、尊敬の入り混じった声を上げた。
しかし、ふとサルキチが何かを思い出しては「ま、待ったっス!」と、声を上げた。
「そういえば俺、憎悪と透明のスキル覚えていたっス!」
キジマルは「何?!」と驚きの声を上げる。
「それがあるなら早く言ってくれよ!あとは、どこに移動させるか……」
キジマルは索敵スキルを使用し、この狩場一帯の地形やプレイヤーの位置が表示された、ホログラムの図面を展開させた。
余談だが、スキルを発動させるのに発声や画面のタップは必要ない。
手足を動かすように思い浮かべるだけで発動する。
中にはサクライのように必殺技をあえて叫ぶ者もいるが、これは特殊ステータス上の関係や、連携プレイをするうえでの掛け声、あとは気分やノリだろう。
「よし。今から作戦を言うよ」
キジマルの作戦はこうだった。
憎悪スキルでタゲをサルキチに一点集中させ、ひと気のない場所にモンスターを移動し終えた後、敵のタゲから外れる透明スキルを使って戻ってくる、というものだった。
このセーフティエリアに逃げ込む際、サルキチは使用していなかったが、彼には移動速度を早める瞬足スキルもある。
モンスターたちに追いつかれることは、まずない。
「――以上が作戦だ。よし、今なら近くにプレイヤーもいないから大丈夫だ」
「任せるっスよ。さっさと片付けて拠点地に戻ったらあれを食べるっス!」
サルキチがあれと言った物に、イヌコイが慄くように言う。
「お、お前……まさか?!」
サルキチはニヤリと笑う。
「黒曜イカ収穫できたっス」
「「おおおおおおおお!!」」
サクライたちは興奮して声を上げた。
モンスターから出るドロップアイテムは装備強化やスキル習得に必要なものだが、それとは別に、収穫スキルによってモンスターからゲットできるものがある。
そのうちの一つが"食材"だ。
ユーワールドでは味覚を味わうことができるうえ、どんなに食べても太らないのがミソだ。
それ目当てにプレイしている人間もいるほどである。
サルキチはスキルで、あの危機的状況から食材をゲットしていたのだ。
「あの幻の黒曜イカをゲットできるなんて、何て天才なんだ。サルキチ!」
褒めちぎるサクライ。
何しろ食べると美味なうえ、スキル練度の上昇が期待されるからだ。
サルキチは鼻をかいて「褒めすぎっスよ」と照れるが、すかさずキジマルが鋭く「それであんなにリンクしたんだろうね」と突っ込む。
「何にせよゲットできたんだ、終わり良ければ全て良しだ。ハハハハハ!」
イヌコイが豪快に笑う横で、サクライも今から楽しみ過ぎて笑いが収まらなかった。
あのユーワールドのベスト10に入る幻の食材を、たった一度の狩りで入手できたのだから、今日はとても運がいい!
サルキチは『は!』っと笑いを収めると、
「――の前に、一仕事終えなきゃっス」
そう言って、セーフティエリア前にいる大量のモンスターを見つめた。
「サルキチ、しくじるなよ」
イヌコイが揶揄うようにニヤリと笑う。
「へへ。じゃ、行ってくるっス!」
そう言ったサルキチは、モンスターがあまり密集していない所からセーフティエリアを出ると、憎悪スキルを使ってモンスターの敵意をサルキチに向けさせた。
追ってくるモンスターたちを瞬足で引きつけながら、セーフティエリアの外周をぐるりと走っていく。
その間、イヌコイはサルキチやサクライに回復し、サクライは万が一の為、庇護をサルキチに使い出した。
そしてサルキチは、人けがない場所へと向かう、道の出入り口に向かって走り出した。
あとは無事にモンスターを遠くに撒けるよう祈るのみだ。
皆がそう思った時だった――。
どおおおおおぉぉぉぉん!!
爆発音と共に辺りは炎一帯となった。
お読み頂きありがとうございます!
2025/3/22修正済み