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第2話




 僕は、ベッドの上で目を覚ました。

 体中が熱くて痛いが、どうにか死なずに済んだようだ。



「目が覚めたか」


 意識を失ったときに聞いた声と、同じ声がした。


 近くに置いてある椅子に、女性が座っていた。

 緩やかにカールした銀髪。雪のように白い肌。深い赤色の唇。

 雪の結晶が集まってできたように煌めくドレス。

 雪の妖精にも、氷の女神にも思える風貌。この世のものとは思えない美しさ。


 僕は彼女が、()()()()会いたかった、この城の主であるとすぐに分かった。


 

 彼女は、死にかけた僕を城門の前で見つけ、魔法で城に運んでくれたそうだ。

 献身的に治療をしてくれた跡が、体中に残っていた。

 母が亡くなってから、誰かに親切にされたことがなかった僕は、心が震えていた。


「……傷が治ったら、出て行けよ」


 彼女がふいと指を動かした。すると、ベッドサイドに置いてある水差しから水が浮かび上がる。

 魔法を初めて見た僕は、驚きで口が開いてしまう。

 水はぷくぷくと球体の形を作ると、開いた口に飛び込んできた。僕はそれを飲み込む。


 冷たくて、おいしい。


「あ、ありがとうございます」

「ふん、気にするな」


 口調はぶっきらぼうだったが、それがかえって彼女の優しさを際立たせていた。


 僕は、なんとしてでも彼女の傍にいたいと思った。





 熱が下がっても、数日間はベッドから出られなかった。僕の体は暴力のせいであちこち痛んでいた。それに、僕がベッドから出ることを、彼女が固く禁じたのだ。

 クールな態度に反して、彼女は過保護だった。こんなに人から心配されるのは久しぶりで、とても嬉しかった。


 ベッドの中で、僕はこの城に残るための作戦を練っていた。

 僕はまだ子供だけど、男だ。きっと彼女より背も高くなるし、力も強くなるだろう。

 彼女の代わりに力仕事をしたら、この城に置いてくれるだろうか?


 しかし、すぐ考えを改めた。

 彼女は魔法でなんでもできる。ある日ベッドの下に落ちたものを拾おうとして、彼女は僕ごとベッドを魔法で浮かせてみせたのだ。その涼しげな顔もとても綺麗だったけど。


僕は諦めず、考え続けた。絶対に彼女の傍にいたい。

それなのに、体はどんどん回復してしまい、僕は焦った。実のところもう歩けそうだったが、少しでも長くこの城にいたくて黙っていた。そんな僕に、彼女はいつもの苦い薬の代わりにスープを作ってくれた。


「熱いから、冷まして飲めよ」


 木皿がふわふわと浮かんで、僕の手に着地した。彼女はいつものように、ベッド脇の椅子に座っている。僕は手元にあるスープを見て、はたと止まった。


これは、絶対に飲んだらダメなやつ!


スラムに住んでいたときでも、こんなに様子のおかしいスープにはお目にかかったことがない。いやしかし、魔女が作ったスープだ。何か特別な魔法でもかかっているのかもしれない。僕はそれを一口含んだ。



「ぶっ!!!!」

「大丈夫か!? 熱いと言っただろう。火傷したのか? 見てやろう」

「いや、そうじゃなくて」

「痛むのか?」

「これ、すごくまずいです」

「は」


 スープを噴き出した僕に、彼女は慌てて近寄ってきた。そして僕の言葉を聞くと、カチンと固まった。


「まずい?」

「あ……はい。せっかく作ってくれたのに、失礼なことを言ってごめんなさい」

「構わない。そうか、これは、まずいのか」


 木皿はふわふわと浮かんで、彼女の手元に戻っていった。ショックを受けている様子はなく、ただ何かを考えこんでいる。


「これは、私が毎日飲んでいるものだ」

「ま、毎日!? よく飲めましたね……」

「ああ。これ以外のものを食べたことがないから、まずいと分からなかったようだ」


 彼女は澄ました顔で、とんでもないことを言った。しかし、言い伝えどおりであれば昔々にこの城に閉じ込められた魔女。美味しいものに出会うことがなかったとしても、おかしくない気がした。

 そして、僕はいいことを思いついてしまった。思いついてしまえば、もうこれ以上いいアイデアはない気がした。


 僕は勢いよく布団をめくると、ベッドから降りて立ち上がった。彼女は目を丸くしてこちらを見ている。


「お前、体は大丈夫なのか」

「厨房はどこですか」

「はあ。案内しよう」


 彼女の問いにギクリとするも、僕はこのアイデアを実行する使命に駆られていた。彼女も治っていればそれでいいとでもいうように、特に僕を責めなかった。そして、僕たちは厨房へ連れ立った。



 僕は、厨房にある食材で簡単なスープを作ることにした。

 母が生きていたころ、よく作ってくれたものだ。貧しかった僕の家では、余った野菜と鶏の骨を煮込んで作っていた。

 この城の厨房にも、あまり種類はなかったが、野菜と鶏の肉があった。肉があれば、家で食べていたものよりももっと美味しく作れるだろう。


 僕は、上機嫌で料理を始めた。彼女は厨房の壁にもたれて興味深そうにこちらを見ている。

 すべての材料を切って鍋に入れ、火をつけた。


「これで何時間か煮込んだら、できます」

「ふうん」


 彼女は初めて聞くことのように頷くと、鍋に向かって指を振る。


「これでできたな」

「すごい! 魔法って便利ですね」

「匂いがする。食べよう」


 彼女が鍋に魔法をかけて、煮込む時間を早めてくれたのだろうか。途端に鍋から美味しそうな匂いが立ち上る。彼女はそれに気づくと、僕を急かした。

 僕は厨房のテーブルにスープを2つ並べた。彼女と向かい合って座る。

 彼女はスープの匂いをすんすんと嗅ぐと、皿から直接ごくりと飲んだ。


「……!!」

「熱かったですか」

「うまい」


 彼女は一言そう言うと、ぐびぐびとスープを飲む。僕も試しに飲もうとしたが、熱くて飲めそうにない。冬の魔女は、意外と熱さに強いようだ。


「うまいぞ。お前、名前はなんだ」

「リヒトです」

「そうか。リヒト、この城で私の料理を作れ」

「っ、はい!」


 どうやら作戦は大成功だったようだ。

 僕は、冬の魔女に仕えることを許されたのだ。



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