70.会いたい時にあなたは現れる。
15歳の時。
『社交界にデビューする』という貴族の女の子なら誰でも当たり前のように通る道を、私は諦めなければなりませんでした。
実家の経済的事情というどうにもならない理由で、です。
7度目の転生では貴族に生まれ平穏無事な人生を喜んでいたというのに、その時は本当に落胆したものです。緩やかな道にも落とし穴はあるものなのだと身につまされました。
でも伊達に6回も生きていません。
どんな人生であっても、トラブルは付き物。今回の生もそうです。
こういうこともままあるものだと受け入れ、妥協しながらも、これまでやってきました。
その努力は間違ってはいなかったようです。
規模は小さいながらも舞踏会にデビューするチャンスに恵まれたのですから!
とても幸運です。
夢が一つ叶ったのです。
お相手が不在っていうのが、ちょっと惜しかったですけど!
最初から完璧にしちゃうと伸び代がないですし、うん、その方が将来に期待する楽しみがあるじゃないですか! と思うことにします。
貴族の娘として頑張った分、これくらいのご褒美もらっても良いですよね?
そうして舞踏会の当日になりました。
舞踏会はこのリゾート地にある王族の避暑離宮の本館(イーディス様とカイル殿下のご滞在なさっている宮はこの離宮の別館になります)で行われます。
開幕の合図があるまで、私は他の侍女仲間とゲスト用休憩室で待機することになりました。
ペア参加が基本の舞踏会ですので、他の侍女さんたちは婚約者やら身内の男性と和やかに談笑しています。
が、私は一人。
窓際のソファに座り、時間をつぶしていました。
せっかくのデビューなのですが、私はパートナーなしで参加することに決めました。
全員参加の最初のダンスで相手がいないのは気まずいですけど、自分が気にしなければ良いのですから。
開き直ればいいことです。
ダンスの時には壁際に座っておくことにします。
元々目立つ容姿ではありませんし、白いドレスではない私がデビュタントとも誰も思わないでしょうから、きっとダンスが好きじゃないのだなと勝手に勘違いしてくれるでしょう。
(それにこうなったからには、最初のダンスはオーウェン以外の他の誰とも踊りたくない)
周りよりも遅れたデビューなのです。
大事にとっておくことにします。
「ダイナさん、お店で選んだドレスと違いませんか? 確か淡い青色のドレスでしたよね?」
いつの間にか新人侍女さんが私のそばに来ていました。ドレスを見て、首を傾げます。
私は苦笑し、
「ええ。そうなの。ラファイエットで何か手違いがあったのかもしれないわ。でも、交換に行く時間もなかったから着ることにしたの」
つい数時間前のこと。
ラファイエットから届いたばかりの(今日の昼に届いたのです!)ドレスの箱の蓋を開け、私は目を疑いました。
ラファイエットの紋章がエンボスされた油紙に丁寧に包まれたドレスは……。
「ターコイズブルー……」
私は動揺しました。
だって、注文したものは淡い空色のドレスだったのですから。
それなのに目の前にあるのは鮮やかなターコイズブルーに染められた絹地に、濃紺のサテンリボンでパイピングされたエンパイアスタイルの……明らかに最上級クラスのドレス。
さらにパイピングに使われたリボンには黄色いヒヤシンスの刺繍まで施されているのです。
ヒヤシンスは私の大好きな花ですが……。
「黄色いヒヤシンスは一番好きな花。だけど……どうして???」
偶然でしょうか?
社交シーズンでもありますし、ラファイエットも注文が殺到し、どなたかと取り違えたのでしょうか?
でも、もう店に問い合わせる時間もありません。
支度をしないとならない時間です。
仕方ありません。お店に不備があったのかもしれないけれど、私宛に送られてきたのだから、とりあえずこのドレスを着用することにしました。
手違いの割に、私にぴったりのサイズで正直驚きましたけど……。
「でもとっても似合います。すごく綺麗ですよ。淡い青のドレスよりこっちの方が全然良いですよ」
新人さんは「そうよね?」と自分のパートナーにも同意をとります。
素直すぎな子なので、私におべっかは使わないでしょう。
きっと、誰が見ても似合っているのだと思います。
ほんと嬉しいです。
「……ありがとう」
私は礼を言いながら、右手の指輪をそっとなでました。
ドレスは最上でも、アクセサリーはオーウェンから借りている金鎖のネックレスとこの婚約指輪だけです。
他の侍女仲間は実家から持ってきた豪華なティアラやネックレスが照明の光を反射し、とても眩しく感じます。
(目立たない容姿に豪華な装飾品は似合わないわ。滑稽なだけだわ。宝石なんて……)
「自分には宝石が必要ないとか思ってるだろ。ダイナ?」
「え??」
私は聞き覚えのある声に顔を上げます。
低めの、けれど心地のいい声は……。
「……オーウェン!!」
今一番、会いたい人がそこにいるではありませんか!
仕事で来れないはずなのに、なぜ?
正装姿のオーウェンは私の隣に腰掛けると、頬に優しく触れました。
「そろそろ自分を卑下するの止めなよ。ダイナは可愛いんだからね。俺がそう言ってるんだから、自信持ってほしいんだけど?」
いつものようにオーウェンは私を見つめ、目を細めます。
「淡い色よりもターコイズ一択だ。こっちの方が良い」
「……オーウェンの仕業だったのね」
「さぁ、どうだろう」と口元を緩めただけでした。
「さてと。今日は念のために言っておこうかな。……ベネット男爵令嬢ダイナ様、僕をあなたのデビュタントパートナーにしていただく名誉を、お許しいただけますか?」
オーウェンが恭しく私の手を取り、甲にキスをします。
「……はい、許します」
オーウェンがそばにいる。
それだけで、たったそれだけで心が満たされます。
だめだ。
涙が溢れそう。
70話!をお送りします。
あと2話位で、完結予定です。
明日2話いけたらいいなぁ。
最後までお付き合いくださいね。
ブックマーク、たくさんのpvありがとうございます!
頑張ります!
では次回またお会いしましょう!




