7.やられたらやり返します!
私はインク壺を掴み取り、アンナさんの足元めがけて投げつけました。
派手な音を立てて、瓶が砕け散ります。
「まぁ大変! なんてことかしら。インク壺を移動させようとしただけなのに……」
私は両手を頬に添えて狼狽えました。
「ダイナ! なんて事してくれたの!」
アンナさんはヒステリックに叫びます。
美しいサテン地のドレスに黒インク製ドット模様が数えきれないほど散りばめられているではありませんか。
ナイス、黒インク。
「ラファイエットの特注品なのよ。なかなか手に入らない貴重なドレスなのに、あんた、どうしてくれるのよ!」
アンナさんが着ているデイドレスは確かに素敵です。
さらりとしたサテンと大胆にカットされたデザインがとても上品。
さすが最近富裕層に大人気のお店『ラファイエット衣料店』の最新デザインです。
うん。その事は、もちろん知っています。
耳にタコができるほど聞かされていましたもの。
ちなみに侍女の給金で賄いきれる価格ではありません。裕福なご実家からのプレゼントなのだそうです(アンナさんがイヤミったらしく自慢していたのでよく覚えています)。
この目玉が飛び出るほどお高いドレスは、イーディス様に随行して王宮を訪問する時用に作らせたと言うことも、たびたび耳にしています。
王宮には血統の良い貴公子達が山ほどいますもんね。
だからといって、私の大切なドレスをぐちゃぐちゃにして良いものではありません。
爪の先に火を灯すようにして節約して貯めたお金で買ったドレス。
ラファイエットの物には到底敵いませんが、でも私にとっては唯一無二のものだったのです。
ちょっといい気味!
アンナさんは私の顔を見て、さらに逆上しました。
「下民のくせに生意気な事して!!」
「アンナさん、私の実家は一応男爵家なので下民ではありません。身分だけで言えば、アンナさんのご実家よりも上なのですが。それに民を卑しめるだなんて、お里が知れますよ?」
ちょっと煽ってみます。
アンナさんのこめかみがビクつきました。
「ダイナ!!」
釣れた!
喚き散らしながらアンナさんは私に飛びかかってきました。
「アンナお嬢様、なりません!!」
お付きの人達が(自分が侍女といえど、行儀見習いの方は自分の世話を自分ですることはしません。わざわざ実家から自分専属の侍女を連れてきているのです!私にはいないですけどね)、大慌てで取り囲みます。
こんな姿、イーディス様やイーディス様のお父上レアード侯爵にでも見られたら、アンナさんもアンナさんのご実家の評判も落としかねません。
イーディスお嬢様にお仕えるする侍女アンナさんに使える侍女さん達は、必死に暴挙を止めようとしました。
でも、もう遅かったりします。
私はゆっくりと振り返ります。
そこには衝撃のあまり立ち尽くしたイーディスお嬢様が……。
「アンナ、乱暴はいけないわ。弱いものいじめなんて、とてもはしたなくてよ」
アンナはハッとして、急いでイーディス様の足元に跪きます。
「申し訳ございません。このようなつもりは一切ありませんで……」
「言い訳はいらないわ。アンナ。私は騒がしいのが好きではないのよ。前々から言っておいたはずだけど? 明日の王宮への参内には侍女は全員連れて行くつもりだったけれど、それでは無理ね。アンナへは明日1日、暇を言い渡します」
イーディス様は躊躇する様子もありませんでした。
基本はおっとりですが、侯爵家の娘です。決断するのはとても早いのです。
こうなると分かっていて仕掛けた私も褒められませんが、いじめはダメだと思うんです。
目には目を、なんて言ったのはどなただったでしょうか。
やり返される覚悟がないなら、意地悪なんてするもんじゃありません。
『ごめんなさい』の一言でもあれば、汚されたドレスの弁償だけで済ませるつもりでした。
こんなことをするつもりはなかったのですけどね。
人に親切に、が平穏無事に過ごす秘訣ですもの。
しかしさっきは最高に良いフォームでした。
ものすごく素晴らしい腕の振りに自分自身惚れ惚れします。最高のフォームだと褒めていただきたいくらいです。
クリケットが好きな男性陣からは大賞賛の拍手がいただけたと思います。
もっともインク壺投げなんて淑女の技ではありませんけどね。
読んでいただきありがとうございます!
今までのヒロインと違ってダイナは強いですね。
雑草魂ってところでしょうか。
ブックマークありがとうございます!
次回も読みに来てくださいね!




